第79話 学年末実技試験3
「――うわっ!?」
「ひぃ!」
突然、
三人は悲鳴を上げながら前のめりになった。
傾斜のきつい、崖と言ってよい落差を下り始めたのだ。
もちろん、坐皇は命じられた通りにまっすぐ駆けているだけである。
「うわぁぁぁ!」
「………」
三人とも、引き攣った顔になって坐皇にしがみつく。
ちょっとでも手と膝の力を緩めてしまったら、落ちかねないほどの不安定さ。
「お、落ちる!」
「もういやだぁ!」
「いつまで続くんだよ!」
彼らにとっては永劫とも思える拷問だったに違いない。
それからほどなくして、坐皇の姿勢が水平なものに戻った。
「ふぅ……」
「終わったぁ」
坐皇は谷底に降りていた。
それに気づくことができたのは、森を抜け、空が見える場所に出ていたからだった。
しかしポエロたちは、坐皇の動きが止まっていることに気づく。
「なっ、なにしてるこら!」
ポエロが手元の背を叩くと同時くらいに、坐皇は唸り声をあげ始めた。
坐皇の正面には巨大な魔物が立ちはだかっていたのだ。
「グォォ……!」
出遭ったのは、3メートルと通常よりも大きい、
それは両手の鋭い爪を見せ、口元からよだれを垂らし、やってきた愚かな獲物を歓迎しているかのようであった。
「で、でかい!」
「なんでこんなのいるんだよ! 全然『事前掃討』されてねぇじゃん!」
ボヤがその巨体を見上げながら悪態をつく。
確かに兵士たちは生徒たちが歩くであろう道に沿って、3日ほどかけて念入りなチェックと『事前掃討』を行う。
だがそれとて広範囲を行うことはできず、限度があることを教師たちは繰り返し教えている。
ボヤはそれを聞いていなかっただけである。
「――ひ、引き返せ!」
真っ青になったポエロが道を戻ろうとする。
「うわっ」
しかし振り返ったポエロは、さらに青くなった。
背後からは、すでに
「……あ、
その数はもはや、数え切れないほど。
森を駆け抜けてきたせいで、彼らは周囲にいた
「グオォ……!」
うひゃ、と悲鳴を上げて、ポエロたちは坐皇から飛び降りる、というか振り落とされた。
「ガルルル!」
坐皇がその爪で威嚇し、
だが始まってみると、あからさまに坐皇が劣勢であった。
相手は
「――ど、どうするんだよポエロ!」
「こ、これほんとにやばくね!?」
坐皇から落ちたバヤとボヤが、救いを求めるようにポエロを見る。
「うるさい! 今、土の神を召喚してやる」
ポエロは杖を取り出すと、迫り来る
ポエロの胸では、心臓が早鐘のように打っていた。
50を超える
声が震えた。
授業以外での召喚は初めてだった。
「いでよ、土の神!」
杖を突き出すポエロ。
しかし指定した目の前の地面からは、何も現れなかった。
「な、なんでだよ!?」
ポエロはじり、と後ずさりながら、もう一度アースゴーレムを呼び出す詠唱を行う。
「――いでよ、土の神!」
だが二度目の詠唱にも、アースゴーレムは現れない。
実践慣れしていないポエロは緊張のあまり早口になってしまい、重要な音が発せられておらず、詠唱失敗になっていたのである。
「何してんだよ、ポエロ!」
「なんもでねぇじゃん!」
「そ、そんな事言われたって知らねぇよ!」
「やばい、囲まれた!」
「やばい……絶対やばいよこれ!」
三人が混乱を極めた、その時だった。
突然現れた背丈以上もある炎の柵が、四角くポエロたちを取り巻いた。
後方から寄せてきていた
「うわっ!?」
ごう、と燃える炎の熱気が、ポエロたちの顔に迫る。
「ガオォー!」
その時。
「――この馬鹿者どもが!」
上から降ってきた男が斧を一閃、
突如現れたのは、蒼穹の重鎧を身にまとった教師ゴクドゥーだった。
そしてもうひとり、グリフォン亜種「
「……せ、先生方!」
血の気の引いた顔をしていたポエロたちに、やっと笑顔が戻った。
◇◇◇
「お前ら、ミザリィがどんな場所か理解できていないようだな」
アンデッドをほぼ一人で掃討した教師ゴクドゥーが、三人の生徒を振り返って静かな怒声を発する。
「………」
ポエロたちが勢いを失う。
「この混沌の地で道に沿わずに突き進んで、生き残れるとでも思っているらしい。死が近づいてから後悔しても、本来は取り返しなどつかんのだぞ」
「す、すみません……」
「君たちやったこと、一発失格レベル」
教師ヒドゥーがを
「え!? す、すみません、それだけは!」
「し、失格にしないでください!」
「ママに頼んでたくさん寄付してもらいますから!」
「――論点が違う。この愚か者どもが……ぬ?」
そこでゴクドゥーの目が細められた。
「おい、ポエロ」
「は、はい」
「……その傷はどうした。さっき確認した時は怪我していないと言っただろう」
「これは……」
「どうした。まさか
ゴクドゥーの目が鋭くなる。
ポエロは左の頬にできた線状の傷を押さえ、とっさにニヤっと笑ってみせた。
「さっき、坐皇の背で走っている時に、木の枝に引っかかって」
◇◇◇
出発してから1時間くらい、歩いただろうか。
街道のすぐそばまで森の木々が張り出してきている場所を通った時だった。
「――あ、あれ!」
サクヤが森の中を指さす。
スシャーナもすぐに見つけた。
生徒たちが、ざわざわっとする。
指さされた先には、変な生き物がいた。
人なのだが、すこし姿の崩れた存在。
それが3人、こちらを見て、獣のように低く唸っている。
首が変な角度に曲がっていたり、肘から先がなかったり、その手に鋭利な武器が握られている者もいる。
考えるまでもなく、
なお、
なお、黄色の目をしたのは
「――
みんなに警告しながら、スシャーナは杖を構える。
スシャーナが手に持つ品は「魔術師の杖」と呼ばれる、一定ランク以上の魔力増加効果が保証された樫の木の杖である。
樫には70-80本に一本の割合で、魔力増加効果の宿るものが混ざると言われている。
その木を切って杖まで落とし込んだものがこの「魔術師の杖」となるが、もちろん魔力増加効果は様々で、微量なものから倍増させるような値のつけられないものまで存在する。
1.2倍以上に魔力が増加すると判断されたものが世間で一級品扱いを受けるが、スシャーナの品は1.25倍の増加効果を持つ高級品であった。
「ひっ!?
初見の一年生たちの間に緊張が走る。
落ち着け、
「やってやるわ」
スシャーナは深呼吸をすると、杖を前に構え、詠唱を始めた。
〈
(でもあたしの、この杖の魔法はどうかしら)
スシャーナは数十年に一度と言われる神童。
全属性を使いこなす古代語魔術師。
自分の魔法で眠らせれば、サクヤンもきっと驚く。
フユナ先輩じゃなく、もっと自分を見てくれる。
今こそ活躍するチャンス。
「……あっ」
しかし、輝き始めた杖の先の光が、ふいに消失した。
緊張したせいか、詠唱を間違い、失敗してしまったのだった。
その間に三年生の先輩から炎の魔法が飛んで、
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