第76話 やっぱりかよ!
「だがそれは第三相まで終わればの話だ。こちらにも交渉というものがあるのはわかってくれ」
「わかりました」
フィネスは頷いた。
「それでは、参加者はレジーナ様と……」
フィネス様とフユナと、わたくしと、とカルディエが指を折っていく。
「あぁそうだ。レジーナ様のことは知っているな。学年末試験に参加される息子さんも、そのまま同行が決まっている」
イザイが思い出したように付け加えた。
「あっ……」
そこで三人がハッとする。
その顔が、割と青ざめた。
レジーナは【大地の聖女】として高名な存在だが、一方でひとり息子を溺愛していることでも知られている。
「息子さんってどんな方でしたっけ。確か第三……」
フィネスの言葉に、三人が顔を見合わせる。
「そうだ。うちの四年生で、イエロークラスに在籍されている。ま、まぁ悪い人ではないんだが……」
フユナが少し苦しそうに言う。
そう、溺愛された息子は第三学園にいる。
裕福なレジーナの息子ならば、本来は第一学園を選びそうである。
だが、第三学園に通っている。
その理由は簡単なものであった。
家が傍にあるためである。
そしてレジーナの息子だけは特例で、自宅から通うことが許されている。
全寮制の第三学園なのに、である。
学園すらも認めさせるその溺愛具合は、誰もが推して知ることができよう。
「え? でも四年生なら卒業だから学年末試験は参加しないのでは……」
フィネスの言葉に、イザイが指をちっちと横にふる。
「息子さんは留年が決まったそうだ」
留年者は慣例的に学年末実技試験に参加し、合格不合格なしに一年生に同行、支援することを求められる。
「り、りゅ……?」
フィネスとフユナが唖然とする。
「……お名前はなんとおっしゃるんですの」
「『ゲ=』なんとかというはずだ」
カルディエの問いかけに、イザイはあえて末尾を濁した。
「ちなみに職業は」
「噂では【学者】と聞いている」
学者。
一種類の学問に長けており、その学問を追求するためのさまざまなスキルを手にする。
スキルツリーを伸ばしていくことで、考古学者、歴史学者、火炎魔術学者など、様々に派生することが知られている。
派生次第で戦闘に関わる能力を手にすることもあるが、もちろん、戦闘に特化した者たちには到底敵わない。
「学園長、本当にその息子さんも一緒じゃないとだめなんですの? かなり危険だと思われますけれど」
イザイは言われずともわかっている、とばかりに頷いた。
「レジーナ様は愛する者が傍にいることで能力が格段に上がるスキルをお持ちだ。そのため、息子さんは今回の作戦ではどうしても外せない。浄化中はレジーナ様の結界で守ることになっているから大丈夫かと思うが、万が一の際は君たちも守ってやってくれ」
「………」
三人が閉口させられる。
三人の顔には同じことが書いてあった。
「ちなみに
◇◇◇
「ここにサインを」
季節は変わり、今は春。
4年生の涙ながらの卒業式を終え、僕たちは自身の学年終業の準備に入っている。
ここから春休みを経て、僕たちはもうすぐ2年生になる。
だがその前に大きなイベントだ。
僕らは今、冒険者風の装いになって、第三国防学園のグラウンドに整列して集まっている。
これからの活動に思いを馳せてか、生徒たちのざわめきが止まらない。
1、2、3学年が参加するため、生徒だけでも軽く1000人を超え、人数が途方もないのだ。
「じゃあここに拇印を」
ひとりずつ順番に前に出て、言われた通り黒い墨汁で親指を濡らし、印を押す。
僕たちは誓約書へのサインを行っている。
先日、筆記試験を終え、本日からの学年末試験の実技セッションに参加する生徒が、命の危険を伴う試験に同意していることを書面にするものだ。
以前にも話した通り、学年末実技試験は亡国ミザリィへ赴き、ボランティア活動を行う。
サインせずに参加を辞退している生徒や、先生方の推薦がもらえず、受験資格のない生徒も当然いて、おおよそ全体の二割くらい。
このような不参加の生徒は、この場でそのまま帰宅してよいことになっている。
「よし、誓約書が終わった者から馬車の列に並べ。ぐずぐずするな」
晴天の中、隻眼のゴクドゥー先生の指示に従い、サインを終えた生徒たちが今度は馬車への列に並ぶ。
グラウンドには、学園門に繋がる5つの人の列がうねうねと蛇行しながら続いており、先頭のところで馬車が横づけしているのが小さく見えている。
馬車と言ったが、もちろん馬車で亡国ミザリィまでの全行程を踏破するわけではない。
この王都の外れに設置された転移ゲートまでの道だ。
しかも馬車に乗れるのは、追加寄付をした家庭の生徒のみ。
生徒の大半は馬車の後に続いて、ぞろぞろと歩く。
なお、転移ゲートはミザリィ南部の厳重に管理された森に通じており、転移後は各チームごとに移動し、ボランティア活動が開始される。
先に言っておくと、一年生パーティは常に付き添ってくれる3年生ひとりとともに現地で活動する。
慣れた3年生に案内を受け、時には守ってもらいながら、奉仕活動のいろはを学ぶことになるというわけだ。
◇◇◇
転移ゲートをくぐり、ミザリィに降り立った僕たちは、一年生の集合場所に集まり、決められたパーティごとに体育座りをして待つ。
ヘルプで入ってくださる上級生を待つのだ。
僕は空を見上げた。
木々の合間から見える亡国ミザリィの空は、一転してどす黒い雲ばかりだ。
だが気候だけをとれば、リラシスより随分と穏やかで暖かい。
もうすぐ初夏の季節だけど、夜でも外で眠れる暖かさだ。
「どなたが来てくれるのかしら……」
「じ、自分、どなたが来ても精一杯頑張るだけですっ!」
同じパーティのスシャーナとピョコが期待と不安の混ざった表情を浮かべながら、あたりをキョロキョロしている。
それはそうだろう。
先輩次第で、一年生は命運が分けられるからだ。
できれば腕に自身のあるような先輩だと心強いのは言うまでもない。
先日昼の食堂で聞いたけど、去年はウォルさんやビスケさん、ヤスさんたちが大人気だったとか。
ちなみに、付き添ってくれる三年生は安全面でのサポートをしてくれるが、行動に関して一切相談を受けつけず、アドバイスをしない。
評価者としての側面も受け持つからである。
「あーなんか緊張してきた」
スシャーナが杖を何度も握り直している。
スシャーナたちも、冒険者風の装いとなっている。
この学年末試験は、自由に装備を変えて良いことになっているのだ。
スシャーナは貴族の娘らしく、白を基調とし、所々に深緑があしらわれた祝福のローブを身にまとっている。
スカートは裾長で、足首しか見せないものの、上肢は肩を大胆に露出するローブだ。
このローブは魔力持続回復に加算効果があり、攻撃魔法加算効果がない。
本来は
一方、ピョコは学園が貸し出している、皮の鎧を身に着けている。
安物で使い古されているものの、胸の中央にしっかりとした鉄の円があり、通常の品より体幹の防御力が高められている。
ちなみに僕も学園貸出の鉄の胸当てだけをつけて、上には外套を羽織っている。
フィネス王女から買った服も含め、持っている衣服はすべて大きい。
鎧類も着てみたが、どうにも邪魔で、胸当てが限界だった。
それとて、
「他の学園も来てるわ」
スシャーナが少し離れたところにいる集団を指さして言った。
「ああホントだ」
今日は第一、第二学園ともに学年末実技試験が行われている。
同時に行った方が参加者たちの助け合いも発生するし、応援兵士派遣も短くて済むというわけだ。
「……あ、あれっ見てくださいっ!」
そんな折、ピョコが木々の間から見える空を指差した。
目で追うと、連なって空を駆けていく獣の姿が見えた。
「空騎獣だわ!」
「すげぇぇ!」
一年生が目を輝かせて立ち上がり、歓声を上げた。
「騎獣」とは、魔物を手懐けて乗り物としたものを指す。
この世界では古代王国期に盛んに行われた魔物研究のおかげで、さまざまな品種が生まれ、繁殖されており、騎獣となることのできる魔物は多数存在している。
その中で、空を飛ぶことができる騎獣を空騎獣と呼ぶ。
この世界において、高値で取引される品の一つだ。
「あれ、フユナ先輩じゃん!」
「『
例えば
白と茶色のまだらで翼が大きく、手懐けづらいものの、空を駆ける速さが他のグリフォンと違う。
ちなみに空騎獣では、グリフォン亜種がポピュラーで乗りやすいとされている。
なお、グリフォンの亜種がこれほどに多数存在するのは、古代王国期に多くの専門家たちに品種改良された結果だ。
「私も三年生になったら……!」
「俺も乗りてー!」
三年生になると、学年末実技試験において空騎獣使用の許可が下りる。
今飛んでいったのは、一年生を指導しない三年生パーティだろう。
そうやって、感激していた折。
「やぁ遅くなった。みんな、学年末試験
……え?
僕は背筋が冷たくなった。
『も』って言った。
「学年末試験も」って。
「………」
僕たちは、蒼白な顔を見合わせる。
――まさか。
いや、違うはずだ。
あの人は四年生だった。
もう卒業したのだ。
僕たちは恐る恐る振返る。
はたして、そこに立っていたのは。
「伍長ゲ=リ、見参」
一丁前に皮鎧を着たそれがいた。
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