第77話 学年末実技試験1

 


 はたして、そこに立っていたのは。


「伍長ゲ=リ、見参」


 一丁前に皮鎧を着たそれがいた。


「………」


 皆が言葉を失う。


 いや、見参じゃねぇよ。

 なんで居るんだよ。


「……おやおや、みんな不思議そうな顔をしているね」


「先輩、ご卒業なさったんじゃ……」


「卒業証書、受け取ってましたよね……」


 僕とスシャーナの声がかすれる。


「いや、実はね」


 ゲ=リ先輩は笑顔で髪を掻き上げた。


「俺の卒論がたいそう気に入ってもらえてね。先生方が続きを読みたいっていうんだ」


「………」


 しーん、と静まり返る。


「……続き?」


「そう、続きさ。それで、卒業証書を返納してもう一年かけて書くことになってさ。喜んでもう一年、四年生をやることになったんだ」


「………」


 僕らは致し方なく頷く。


 いや、途中から意味わかりませんから。


「というわけでよろしく。このチームならと志願させてもらった」


「……し、志願……」


 いや、むしろ他でやってくれよという言葉が、みんな喉元まで出かかったに違いない。


「みんなとはやりやすくて助かるよ」


 フッと笑う伍長ゲ=リ。


 それゲ=リ先輩だけですから。

 チカラモチャーしづらいから、こっちは嫌なんだって!


「よろしく。ピョコたん」


 謎の呼び方をされたピョコが、一番早く心的外傷から回復した。


「や、ややや、やったぁ」


「う、嬉しい! 今日もゲ=リ先輩だわ!」


「よ、よろしくおねがいします!」


 感激してみせる僕たちを見て、伍長ゲ=リがたまらないと言わんばかりの笑顔になる。


「いやぁそんなに喜んでくれるなら、また来ちゃうよ」


「………」


 ダメだとわかっていながらも、軽く沈黙が流れた。




 ◇◇◇




「よーし出発せよ!」


 曇り空の中、ひとりテンションの高いゲ=リ先輩。


 というわけで、幸か不幸かいつものパーティになった。

 まあ気心知れていて、楽でいいのは認めるのだけど。


(はぁ~)


 心の中でため息をつきながら、後ろでまとめていた髪を縛り直し、スシャーナは歩き始めた。


(まあいいか、サクヤンがいてくれれば)


 宿泊研修の時もすごく頼れたし。


 スシャーナはそれとなくサクヤの隣に並んで歩き出すと、ちらりとその横顔を覗き見て、笑みを浮かべた。


 この黒髪の少年はたいてい、だらりと力の抜けた横顔をしている。

 が、時に、本当に稀にだが、すごく大人びたそれを見せることがある。


 初めてその横顔を見た時、あまりのギャップにスシャーナは息をするのを忘れた。


 研ぎ澄まされていて、すごく真剣で、クラスの女子の誰もが惚れてしまうのではと思うほどにカッコいいものだった。


 それを見てしまったスシャーナは、事あるごとにサクヤの横顔を覗き見るのが日々の楽しみになってしまっていた。


 だからいつも、近くに居られる時はサクヤの横にいる。


「抜けたね」


「あ、うん」


 そうしている間に、転移先の森を抜けて、視界が開けた。

 青々しい匂いがなくなり、久しぶりの乾いた空気に触れる。


 そこには街道があった。


 5人が横に並んで歩ける程度の幅があり、足元は舗装されておらず、柔らかい土で覆われている。

 最近雨が降ったのか、馬車が通ってできた二本のわだちに、茶色の泥水が溜まっていた。


「うわ、すごい行列ですっ……」


「ほんとだわ~」


 視界が開けて、スシャーナはもうひとつ知ったことがある。

 自分たちが、大きな団塊になって移動しているということだった。


 考えれば当然である。

 一年生はほぼ横並びで開始になったからだ。

 おまけに一学園、第二学園の徒歩組も一緒だから、相当な数になっているのだろう、とスシャーナは理解する。


 振り返り、後ろを見てみるが、前ほどにはいない。

 自分たちのところにくる上級生が来るのが遅かったため、かなりの後方スタートになっているのである。


 はぁ、とため息をつき、スシャーナは目指す先の山を見る。


 比較的近くに見えている4つに連なった山には、灰色の雲が深くかかり、頂きが見えない。


 スシャーナたちが向かう先はたいていの一年生と同じ、『四天の山』と呼ばれる山々の山間に点在する、二百をゆうに超える諸々の村郡アルドニアである。


 簡単には点在諸村アルドニアと呼ばれる。


 一年生ということもあり、スシャーナたちのパーティが割り当てられたのは、幸いそれほど高地ではない。


 しかしミザリィが滅亡して八年の月日が経っても屍喰死体グールが入ってこないだけあって、四天の山は相応に険しく、中には標高2000メートルを越える村もある。


 そんな折、ふと、肩をとんとん、と叩かれて、同じプラチナクラスの女子がスシャーナに話しかけてきた。


「スシャーナたちはどこへ行くの」


「コンドルズ・アイよ」


「じゃあ近いねー、うちらビークくちばしだから」


 アルドニアの村々の点在を地図に描くと、ミザリィの国鳥だった七色猛禽プリズムコンドルに似ていることから、地域を鷹の部位になぞらえて呼ぶ風習がある。


 スシャーナたちは『コンドルズ・アイ』と呼ばれるエリアにある、「キャビラ」という村を割り当てられている。

 事前の計算では、おおよそ村まで2日程度の行程である。


「あー早く終わらないかな」


「あ、やっぱイザベラもそう思う? ……きゃ」


 話していた折、スシャーナはふと足元におぞましいものを感じて、ぴょん、と脇に避けた。

 同じように退いた友人も、顔が青くなる。


 街道の地面には、不死者アンデッドが横切ったらしい汚れが随所に残っていたのだ。

 ちょっと臭ったりして、それがまた二人の恐怖心を煽った。


「どしたの」


 サクヤが訊ねてくる。


「う、ううん、なんでもない……ねぇ?」


「う、うん! ……じゃあまたね」


 友人イザベラが青い顔で愛想笑いを浮かべ、去っていく。

 頼れないところを見せたくなくて、スシャーナはこんなことで慄いているなどとは言えなかった。


「うぅ……」


 しかし、青い顔のピョコと目が合い、自分と同じ気持ちだと知る。


「うぇ……帰りたくなってきた……」


「馬鹿、まだ始まったばかりだろ」


「このままずっと団体で行きたいかも……」


 前を歩く生徒たちもそんなことを呟いているのが聞こえた。

 案外、自分って普通の反応なのかも、とちょっと安心する。 


 スシャーナは胸をさすって、ムカムカしてきた不快さを追い払おうとする。


(やっぱりこんなのに遭いたくない……)


 実は楽しみにしていた反面、今日という日が怖くて仕方なかった。


 下等不死者ゾンビとか屍喰死体グールって、相当気持ち悪いだろうな、とスシャーナは思う。

 せめてスライムみたいに、人の形を残していないでくれればいいのに、と願わずにはいられなかった。


 やがて、街道の両脇に見張りの兵士が立っているのを見て、前を行く生徒たちが神を見つけたか如く歓声を上げ始めた。


「頑張れよ―」


「魔物はトロいから心配ねーぞ。ただ鼻はつまんどけ」


 兵士が余裕の表情で告げるのが、スシャーナは羨ましく思えた。

 兵士たちは街道の魔物の出やすい地域に二人ずつ配置されていると、スシャーナは授業で聞いて知っている。


「頼もしいわ」


「ホントだね」


 スシャーナはサクヤと視線を通わせながら、縛った髪に手をやり、乱れていないかそれとなく確かめた。


「スシャーナさん、ポニーテール似合ってますっ! 可愛いですっ!」


 ピョコがめざとく見つけて、褒めてくれる。

 社交辞令だとわかってはいても、スシャーナはやはり嬉しかった。


 そう、スシャーナは、今日はポニーテールにしている。

 本気で戦うことになるので、邪魔になると嫌だという思いからである。


「……あ、ありがとう」


 言いながら、スシャーナがそれとなく、サクヤに目を向ける。


「うん。可愛いと思うよ」


「な、なんてこと言うのよ」


 視線を合わせていられず、俯いた。


 そんなふうに面と向かって言われたら、ホントみたいに聞こえるじゃない……。


「………」


 斜め前を歩く伍長ゲ=リ先輩が振り返り、無言のまま、にやりと、意味深に笑う。


 いや、何か言ってくださいよ。

 これ、口を挟んでもいい内容ですよね。


「……ん?」


 その時、背後からドドド、と小さな地響きが聞こえてきた。

 なんだろうと思い、スシャーナが振り返る。


 すると後ろから白い大虎がやってきていた。

 陸騎獣の坐皇ざおうである。


 坐皇ざおう巨大虎サーベルタイガーの亜種で、純白の毛並みを持つものを言い、陸騎獣では最高峰とされる。


 2メートルほどと、通常の巨大虎サーベルタイガーより若干小さい体躯をしている。

 調教時に牙は折られており、性格も巨大虎サーベルタイガーでは穏やかな種である。


「おい」


「なによ」


 その背中に乗っているのは、予想通りポエロであった。

 後ろに重なるように連れの坊主の少年、バヤとボヤが乗っている。


 一年生はチームで一体だけ、陸騎獣を出しても良いことになっており、これは違反行為ではなかった。

 もちろん騎獣の管理は自分たちで行い、喪失した場合も学園は責任をとってくれない。


 騎獣は金貨を大枚はたく高価な品であり、一年生の学年末実技試験くらいでは、貴族といえどそうそう出してこないのが普通である。


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