第75話 イザイの依頼4
「なぜアラービス様が急に……?」
「さっぱりですわ」
フィネスたちが小声で疑問を呈した。
それはイザイにも聞こえていたらしい。
「繰り返しになるが、奉仕活動に感銘を受けてくださったのだろう」
イザイはソファーから立ち上がり、フィネスたちに背を向けると、そのまま窓のそばに寄って、しんしんと雪の降り始めた外を眺めた。
視線をそらした理由は他でもない。
自分で言いながらも、イザイはそうは思っていなかったからである。
アラービスが今になって突然、この奉仕活動に参加するというのは、絶対になにか裏があると王宮では騒がれていた。
魔王討伐によって十分に名声を高めたはずなのに、なぜ今、と思われるからである。
「勇者アラービス様がどれほどかはわかりかねますが、わたくしたちだけでは……」
カルディエがいいかけた言葉を、イザイが片手を上げて制した。
「君たちに頼むのは他でもない。最強剣たる『ユラル亜流剣術』を極めた者でありながら……」
イザイが唇を舐める。
「聖剣の加護があるからだ」
「………」
皆の視線が、フィネスに集まる。
イザイが述べた聖剣とは、聖剣アントワネットを指している。
かつて、たった一度だけこの世界に現れた【戦の神の聖女】がその手に握り、魔王と戦ったと言われる、戦の神ヴィネガーの授けた
この聖なる剣には強力な加護が宿り、あらゆる魔物に攻撃力加算の特攻効果が与えられる。
もちろん
だが誰でも彼でも、この剣を扱えるわけではない。
アントワネットは持ち主を選ぶのである。
「レイシーヴァ王国の遣いは、アントワネットに認められた【剣姫】の名を挙げて、浄化を依頼してきたよ。もちろん国王陛下もそれを知っている」
「そうでしたか」
確かにフィネスはアリザベール湿地の浄化が近いことを、王宮内でそれとなく耳にしていた。
今思えば、父は自分に話が行くことをほのめかしていた気さえする。
「でも、なぜこんな少人数で浄化を……」
フユナの言葉に、イザイはわかっている、というふうに頷いて口を開く。
「今回は『聖火』も手配できる」
「……聖火? あぁ、なるほどそれで」
カルディエがふいに納得のいった表情になる。
昔、大地の浄化には3000人規模の兵士を割いて、湧き出る魔物を相手に悪戦苦闘しながら浄化を行っていた。
【第二相浄化】まででも、犠牲者は常に100人から200人を数えていた。
しかし数十年前より、「聖火」を用いて
ほぼ無傷で第三相までの浄化を終えたとするこの報告は、当時は画期的な報告であったが、実行するには少々難しい条件を満たす必要があった。
「では聖木を現地に運べる人材が?」
「もちろん見つかっている」
カルディエの言葉に、イザイは当然とばかりに首肯した。
が、この薪には2つの問題があり、これが過去の画期的な報告を霞ませてしまうのであった。
まず第一に、聖木を伐採し薪とすると、急激に重量を増し、鉄のような重さになることであった。
それゆえ、ひとりが二本も持つと、食糧や水を十分持てなくなるほどに荷を圧迫してしまう。
第二に、『聖木』は穢れを知らぬ乙女以外が触れると、またたく間にその力を失ってしまう。
そのため、聖火として用いるまで、限られた女性しか触れることが許されない。
それゆえ、聖木を薪にして運べる者とは「重量物を扱えて、かつ穢れを知らぬ乙女」という貴重な人材を指す。
「【
「その通り」
フユナが訊ねると、イザイが親指を立てて頷いた。
【
「そんな希有な人材をよく見つけられましたわね」
「まあな」
目を丸くするカルディエに、イザイが笑ってみせた。
「ところで君たちの場合も、魔術師はいないほうがいいだろう?」
イザイは話を変えた。
「行くとすれば、そうですね」
まだ決めかねていることを示しながら、フィネスたちは頷いた。
魔法は便利な上に強大で頼もしいのだが、その分ヘイト稼ぎが著しい。
少数狩りを提唱したパーティは当初、魔術師を加えることを推奨していた。
が、ヘイトを稼いでしまう魔術師を守ることに意識が集中してしまい、戦略が乱れ、崩壊したパーティが少なからずあることが、他の冒険者たちから報告された。
それゆえ現在はヘイトを集めすぎず、近接職だけで敵を分散して受け持ち、排除すべきとしている。
「受けてくれるな? 君たちなら不可能などないだろう?」
イザイは断りづらい言い方をした。
「………」
フィネスたちが顔を見合わせる。
「恐らくアラービス様がヘイトを集めるだろうな」
「さすがにわたくしたちが手助けしなければならないような無謀な戦い方はされないでしょうけれど」
フユナの言葉に、カルディエが小さく肩をすくめる。
「でも第三相までとなると、私たちだけでは無理でしょう。勇者の力量が問われますね……」
フィネスは、内心穏やかならぬものを感じていた。
王宮で飛び交うアラービスの噂に、良い話はひとつもなかったのだ。
「いや、むしろ重要なのは聖火なのではないか? あれが使えるなら、勇者が想像以下でもいけるかもしれないぞ」
「その考えは少々楽観的すぎますわ」
「でも奴らのステータスが半分以下になるんだぞ。スキルポイント稼ぎと考えたら、ありえない効率をたたき出せる」
「フユナは強くなることばっかりですわね」
フユナとカルディエが、フィネスを間に挟んで意見し合う。
「フィネス様は?」
二人が真ん中に座るその人を見る。
フィネスは小さく咳払いして、話し始める。
「私たちはともかく、レジーナ様のお命を危険に晒すわけにはいきません。第二相までで良ければ、できなくもないと思うのですが……」
浄化の効果は当然、第二相までに限定すると弱い。
文献上は、効果にして十分の一程度にとどまるとされている。
「もちろん無理強いはできないが……できれば第三相までこなしてほしいところだ。報酬はレイシーヴァ王国からも出る。望むものを言ってくれれば……」
「望むもの? どのようなものでもよいのですか?」
イザイの言葉に、フィネスが突然、目の色を変えた。
「……フィネス様?」
隣のカルディエが軽く驚いた。
「構わんぞ」
イザイも両手を広げて作り笑いを浮かべ、なんでもどうぞとばかりに応じる。
「珍しいな。あのフィネスに欲しいものが?」
フユナも不思議そうにフィネスを見た。
フユナはフィネスが物欲を見せるのを目にしたことがなかったのである。
「……あの、ふたりとも私の欲しい品を依頼してもいいでしょうか」
フィネスが左右の少女に訊ねる。
「もちろん」
「構いませんわ。フィネス様はいったい何を?」
「それなら」
フィネスの表情が変わる。
「イザイ様。褒美として【退魔のネックレス】を頂戴したいのですが、よろしいでしょうか」
フィネスが告げた。
「かまわんよ。聖女ジェニファー様かレジーナ様のお作りになった【退魔のネックレス】ならすぐに……」
「いえ、ミエル様の品を所望いたします」
「は?」
さすがにイザイが呆けた。
「フィネス?」
「ミエル様のって、フィネス様……」
フユナとカルディエも驚く。
「お、おいおい……ミエル様の逸品は、世界に五つしかないっていう代物だろう?」
想像以上だったのであろう。
イザイが苦笑いしながら、動転した。
「ジェニファー様の品では、なぜいけませんの」
二人がフィネスを見る。
しかし、フィネスは動じない。
「どうしてもです」
「………」
フユナがまるでわからないと言った表情を見せる中、カルディエがふと気づく。
「フィネス様、もしかして先日の壊れたネックレスの件と、なにか関係が?」
フィネスは何も言わずにイザイに向き合ったまま、ただ静かに頷く。
「……しょうがない。俺も男だ。一度口に出したからには守ろう。知り合いが持っていなくもない。なんとかなるといいが……いや、なりますように……」
イザイの声は、尻すぼみに小さくなり、呟きに変わった。
その言葉に、フィネスはよかった、と笑う。
「だがそれは第三相まで終わればの話だ。こちらにも交渉というものがあるのはわかってくれ」
「わかりました」
もちろんフィネスは強引に第三相まで終わらせて、ここでミエルのネックレスを手に入れようとするほどに我を忘れているわけではない。
入学してからというもの、イザイからの難題は少なくなかった。
連合学園祭においては、監督イジンの暴言のせいでバラバラになりかけたチームを、もう一度寄せ集めたのもフィネスたちであった。
それゆえ、今回は第二層までの浄化にとどめ、今後繰り返し依頼を受ける中で重ねてお願いをし、その中で手に入れられればと考えているのである。
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