第74話 イザイの依頼3
「忙しいところ、呼び出して済まんな」
慌ただしい様子で入ってきた50代くらいの男が、向き合うように置かれた長ソファーの中央に腰掛けると、取り繕うように目尻にしわを寄せて微笑んだ。
面長で、真ん中から分けられた髪は白髪と黒髪が混在している。
第一学園学園長、イザイ・リドニルーズである。
「こんにちは。学園長先生」
立ったままのフィネスとカルディエがスカートを持ち、淑女の礼をする。
それを見たフユナが、少し遅れて、最近習った淑女の礼をする。
その隣に立つ黒髪の少年が最後に気づいて、真似を仕掛けて、ぺこりと頭を下げた。
「こたびはどのようなお話でございましょう」
「よく来てくれた。まず話の前に……あー君、何て言ったかな」
イザイが黒髪の少年を指差しながら、名前を思い出そうとする。
「サクヤです」
少年の隣でフユナが答える。
「ああそうだ。サクヤくん」
「はい」
「呼んどいて、しかも待たしておいてなんだが、君は席を外してほしい。君以外の三人に大事な話があってな」
三人の女子が、え? という顔をする。
三人が三人とも、さすがにそれはひどいのでは、と言わんばかりの表情になっていた。
「わかりました。では廊下で待っていれば?」
しかしこういった扱いに慣れているのか、少年はやけに従順に応じた。
「いや、もう用はないので帰ってくれていい。帰り方は出たところにいる秘書のモーガンに聞きなさい」
イザイはもはや少年を見ていない。
サクヤが頭をぽりぽりとかく。
「フユナ先輩に帰り道で、王都の武器鍛冶屋に連れていってもらう約束をしてまして」
フユナが頷き、イザイに嘘ではありませんと告げる。
「なら出たところで待っていなさい。行ってよし」
そう言って、サクヤは退室を命じられた。
言われた通りに退室していくサクヤの目が、一瞬怪しく輝く。
だが、誰も気づかない。
ギギギ、と音をたてて重い鉄の扉が閉められた後、イザイが足を組んで座った姿勢から三人の生徒を見上げた。
「さて、三人ともミザリィでの学年末試験は受けるな?」
「はい」
フィネスたち三人が頷く。
「君たちの腕を買って、折り入って頼みがある」
イザイがまあかけたまえと、向かいにある長ソファーを手で指す。
フィネスを真ん中にした三人がスカートに気遣いながら腰かけると、イザイがゆっくりと口を開いた。
「同盟しているレイシーヴァ王国から再三の要請があり、今年、とうとう我々で亡国ミザリィの『アリザベール湿地』を浄化することになった」
「………」
フィネスたちの顔が険しくなった。
その一言で、三人はすべてを理解したようである。
アリザベール湿地。
古代王国期に大戦の舞台となったミザリィ国内、アリザベール平野の中でも、当時の大規模な水魔法の影響で大地の根が腐り、毒湿地となった荒廃エリアを指す。
水魔法は強い引力をもって敵勢を集め、そのすべてを死に至らしめたとされ、それほど大きくない効果範囲でありながら、数千の死者を出したとされる。
アリザベール湿地は当然、数多くの亡骸が埋もれた場所となり、現在、亡国ミザリィ有数の
最近、そこから湧き出た
「……では、聖女様のどなたかが来てくださるのですね?」
フィネスが訊ねる。
アリザベール湿地ほどの呪われた湿地帯を浄化するとなれば、〈大地浄化レベル3〉が必要であり、可能なのは「大地母神エリエル」の高司祭か、聖女というわけである。
「その通り。手伝ってくれるのは『光の聖女』ミエル……」
イザイが言いかけると、カルディエがあちゃー、とわずかに顔をしかめる一方で、フィネスの顔が急に真剣なそれに変わる。
(……イザイ様は、ミエルの行方を知っている?)
フィネスがイザイに鋭い視線を送る。
「……ではなくて、『大地の聖女』レジーナ様が儀式をする。うってつけだろう」
言うや、フィネスの表情の変化を目ざとく見つけ、イザイが首を傾げた。
「おや、どうしたかねフィネス。なにか落胆したような」
「あ、いえ、なんでもありません」
フィネスは黒髪に指を通し、視線を合わせないようにしながら、それとなく取り繕う。
「では私たちの役目は?」
代わりに口を開いたフユナに、イザイが頷いて言葉を続けた。
「学年末試験の後、現地に残ってレジーナ様たちと合流、【第三相浄化】までレジーナ様の安全を確保し続ける仕事だ」
「それは手に余りますわね」
カルディエが、ぴしゃりと言った。
穢れが進行しているアリザベール湿地を浄化するには【第一相浄化】、【第二相浄化】、【第三相浄化】と三度の浄化を要するが、各浄化を行うたびに大地から魔物が溢れ出ることが知られている。
とくに【第三相浄化】まで行った例は、過去に数えるほどしかなく、現れる魔物も極端に強くなり、20数回の施行のうち、成功例は二度しかない。
その他のほとんどは
「……手に余る?」
「第三相で現れる魔物はご存知ですわよね? 学園長殿」
「ふむ」
イザイが紙の束を懐から取り出すと、めくって行く。
「過去の文献では、
いずれも討伐ランクが【准尉】より上の魔物である。
イザイは述べなかったが、実はこれら以外にも、普段出会わぬような強大な魔物も出現する。
「我々だけでは到底無理ですわ。なぜ慣れた『
カルディエは肩をすくめる。
「
当然、彼らはミザリィの地理や魔物の生態に詳しく、
「ちょうど騎獣の仕入れ時期らしい」
「なら時期をずらしたほうが賢明ではないでしょうか」
フィネスもカルディエに追随した。
「こちらにも難しい事情があってな……」
「事情?」
顎に手をやって苦い表情を浮かべるイザイに、三人の少女たちが訊き返す。
「今なら、勇者アラービス様が参戦してくださるのだ」
「……学園長、今なんて言われましたの」
カルディエが、眉をひそめて問い返す。
「勇者アラービス様が、大地の浄化に協力を申し出てくれている」
剣の国リラシスが行う国防学園生徒たちによる奉仕活動は有名である。
軍を伴って亡国に入り、奉仕活動の傍ら、生徒たちに実地を学ばせるというのは前例がなかったが、ミザリィの生き残りの民はもちろん、他国からも大きな称賛を得てきた。
アラービスはそれを耳にし『感動したので、ささやかながら勇者として協力する』との旨を王国に伝えてきたという。
「願ってもない話だけに、ここで思いきってアリザベールを浄化することにしたわけだ」
「なぜアラービス様が急に……?」
「さっぱりですわ」
フィネスたちが小声で疑問を呈した。
それはイザイにも聞こえていたらしい。
「繰り返しになるが、奉仕活動に感銘を受けてくださったのだろう」
イザイはソファーから立ち上がり、フィネスたちに背を向けると、そのまま窓のそばに寄って、しんしんと雪の降り始めた外を眺めた。
視線をそらした理由は他でもない。
自分で言いながらも、イザイはそうは思っていなかったからである。
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