第64話 第二部エピローグ
午後の陽射しが肌にじりじりするほどに差し込んでいる。
空はいつのまにか、雲ひとつない青空となっていた。
表彰式の時点で、なぜ第三学園が優勝なのか皆がわからなくなっていた。
けれど皆の記憶が修飾された後、僕がひとり立っており、残る三人は座っていた。
勝者宣言も証拠として残った。
結局、皆の中ではフユナ先輩の活躍が印象的だったらしく、フユナ先輩がフィネスとカルディエを道連れにして勝ったらしいということになった。
僕はと言えば、相手にされず、ただ立っていた人になった。
いい仕上がりだ。
……ちょっと怪しまれる点がなくもないけど。
次回からはこんな大勢の前とか、なんとか自重したい。
今回はつい熱くなってやってしまったが……。
――パチパチパチパチ!
フユナ先輩が一位の証である金のナイフを両手で受け取ると、すべての観客席から惜しみない拍手が送られた。
ノーサイドってやつだな。
「おめでとう、フユナ」
銀のナイフをもらったフィネス第二王女とカルディエが、フユナ先輩を囲む。
もちろん僕は蚊帳の外だ。
ちなみに、フィネス第二王女はちらりとも僕を見ない。
彼女は確実に忘れている。
僕があの時会った人物だということを。
さっきのはフィネスが急に性格変化したように見えたから、
「ありがとう。優勝は念願だったから嬉しい」
心底幸せそうな顔をするフユナ先輩。
「ところでフユナ、終わったら相談したいと思っていたことがあるのですが」
フィネス第二王女が王女らしい凛とした言い方になった。
隣で微笑んでいたカルディエも、真剣な表情に変わる。
「なんだ、改まって」
大事な話だと気づいたらしいフユナ先輩が、居住まいを正す。
「1つ目は、ヴェネットの件と言えば大体わかりますか」
「ああ、停学になっているという」
フィネスが頷いた。
「彼女はユラル亜流剣術道場を破門にされました」
「え!?」
フユナ先輩が耳を疑う。
「う、嘘だろう、仮にも継承者なのに」
「継承者だからこそ、ですわ。……それにフユナは知らないでしょうけど」
カルディエが静かな口調で言葉を挟んだ。
「ヴェネットは今回が初犯ではありませんの」
「そうだったのか」
フユナ先輩は、まだ驚きから立ち直れないようだ。
近くで聞いていた僕には、破門は至極納得の行く話だったけど。
手合いで互いの承諾なく真剣を用いることは断じて許されない。
一度でもやれば、その人間性を問われても仕方ないのに、そういった事態を繰り返すとか。
一流道場の継承者としては確かに失格だ。
「それで、継承者の枠に空きができました。私とカルディエでその人物を選ぶことになっています」
「え……まさか」
フユナ先輩が、言葉を続けられなくなる。
フィネスが頷き、微笑む。
「フユナ、あなたをユラル亜流剣術・継承者として迎えたいのです。応じてくれますね?」
「……うそ」
「嘘じゃありませんわ」
カルディエがくすっと笑う。
「………」
さすがにこれには、先輩が感極まっていた。
また目を潤ませている。
一緒に練習してきただけあって、継承者になりたかった先輩の気持ちが僕には手に取るようにわかった。
僕は駆け寄り、そっとフユナ先輩の背中をさする。
「先輩、良かっ――」
ガスっ!
僕は膝から崩れ落ちる。
ま、また裏拳……。
なぜ……。
「……私でいいのか」
先輩がフィネスとカルディエに目を向ける。
「フユナ、あなたしかいないのです」
「フユナが適任ですわ」
フィネスとカルディエの二人がフユナ先輩の手を握る。
「そんな……」
先輩が堪えきれずにまた涙しそうになっている。
「受けてくれますね」
フユナ先輩がうなずく。
「こんな嬉しいことはない」
「良かった」
フィネスが破顔した。
その無垢な笑顔を見て、僕はアラービスとミエルの前に立った頃を思い出した。
「で、もう一つ、相談いいかしら」
カルディエが少し間をおいて切り出した。
そして、フィネスの背をそっと押す。
フィネスがそうですね、と言いながら口を開く。
「フユナ、カルディエとともに私の
「ろ、
フユナ先輩が目を見開いた。
「卒業後とかではなく、今からですわよ」
カルディエがくすっと笑う。
「………」
フユナ先輩が固まっている。
類まれなる剣技を修めていても、その資格を手にできる者は、まさに万に一つ。
「嫌ですか」
「と、とんでもない! 身に余る光栄です、王女」
フユナが片膝をついてかしこまった。
それを見たフィネスが、くすくすと笑った。
「やめてフユナ。カルディエだっていつもの口調のまま接してくれているのです。あなたにもそうして欲しい」
そう言ってフィネスは右手を差し伸べ、フユナを立たせた。
「……できるかは自信がないぞ」
「できてもらわねば困ります。これは王女命令です」
フィネス王女がぱちん、とウィンクした。
「…………」
先輩が言葉に窮すると、フィネスとカルディエが口元を押さえて笑い出した。
「承諾ということでよろしいのね」
「快諾だ」
フユナ先輩が言い直す。
「ではもしよければ、すぐに職務に入ってもらえると助かりますわ。このお姫様の相手は一人では大変ですの」
カルディエが冗談めかして笑うと、フィネス王女が唇をつん、とする。
愛らしい人だ。
この人のこういった王女らしくないところも、魅力なのかな、と思う。
「第一学園に移ってもらう手続きは、早急にこちらでしておきますわ」
「………」
しかしフユナ先輩は突然、押し黙る。
「フユナ?」
「どうかしました、フユナ」
フユナ先輩が済まない、と前置きし、口を開く。
「……こんな光栄な誘いを受けておいてなんなのだが、転校は少し待ってもらえないだろうか」
フィネス王女とカルディエがキョトンとする。
「なにかありまして?」
「………」
「フユナ?」
フユナ先輩は意を決したように言う。
「どうしても礼を言わねばならない人が第三学園にいる。その人とはなかなか会えなくてな」
「……礼?」
「私に前を向かせてくれた人だ。名前くらいしか知らないのだが」
その人にきちんと会って礼を言いたい、そういうわけでもう少し第三学園に居たいのだ、とフユナ先輩は告げた。
そんな期待に反した答えであっても、フィネスは笑顔で頷いた。
「わかりました。あなたの性格はよくわかっていますし」
「ありがたい」
「で、その方はフユナの彼氏かしら」
カルディエが半眼になりながら、ニヤッとする。
「――ち、違う!」
フユナ先輩が真っ赤になった。
そうやってしばらく三人は談笑していた。
フユナ先輩はその後、ずっと聞きたかったことを聞けたようだ。
フィネス第二王女と抱き合って喜んでいたしな。
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