第60話 連合学園祭15

 

 木刀はフユナに届かなかった。

 割り込んできた黒髪の少年に遮られていたのだ。


「はうっ」


 しかし黒髪の少年はその一撃で体を泳がせ、とっとっと、べちゃ、と倒れ込む。


「……防いだ、ですって?」


 予想外の事態に、カルディエは軽く立ち尽くしていた。


「今の……まさか、わたくしの剣が見えていた?」


 カルディエが目を細め、砂まみれの少年を射抜かんばかりに見つめる。


 誓っていい。

 今の一撃に手抜きはない。

 本当に防いでみせたのだとしたら……。


「………」


 そんなカルディエは、自分の疑問を早くも自分で否定したくなった。

 少年は立ち上がり、木刀を構えるが、すでに膝をぷるぷるさせていたのだ。


「お姉さんの相手はこの僕が!」


 フユナが言っていた通り、少年は自分と相対するつもりらしかった。


「……少年、威勢は良くても剣の持ち方が逆ですわよ」


 ハッとした少年は慌てて剣を持ち直す。

 カルディエがやれやれとため息をつく。


「……今、わたくしを遮ってみせたのは偶然かしらね」


「はい偶然です」


「ぷっ」


 意表を突かれた返答に、カルディエが吹き出した。


(しかも、真顔で)


 普通、自分は自分を擁護するものではないのだろうか。


「し、正直でよろしい。偶然でも受けてみせたご褒美に、少しお相手して差し上げますわ」


 カルディエは軽く動転した自分を取り繕うと、上流貴族らしい優雅な笑みを浮かべた。


 カルディエは八世代続いている王宮貴族の娘である。

 そんな上流階級の少女であったゆえに、剣を好み、似た境遇だったフィネスとは馬が合ったとも言える。


「そりゃどうも」


「どういたしまして」


 カルディエは剣を構えて、小さく息を吐いた。


(礼を言うのはこちらですわ)


 予定とは少し変わってくるが、この状況なら割り込んできた少年を先に排除する流れに変更しても、王宮もおかしいとは思わないだろう。

 これで少しとは言え、王女とフユナを戦わせる時間を作ってあげられる。


(でも、偶然……本当かしら)


 カルディエはここで、黒髪の少年をもう一度【評価】してみた。

 さっきの剣を受けられたことがどうも気にかかったのである。


 カルディエは『神の聖騎士ディヴァインナイト』という、万に一つ出るか出ないかというレベルの希少レア職業を手にしており、他が手にする一般的な『剣士』や『騎士』たちよりもステータス値上昇の度合いが高いパッシブスキルを習得できる。


 もちろん『神の聖騎士ディヴァインナイト』は、それだけでは終わらない。


 その一つとして、アクティブスキル【聖者の評価セイクリッドアイ】というものがある。

 一定範囲にいる相手の強さを、おおまかにだが即座に判断できてしまうスキルである。


『エーゲ』大陸には未だ未知の魔物が各地に潜んでいると言われ、このスキルの値打ちは非常に高いものと言えよう。

 カルディエがフィネスの王族護衛特殊兵ロイヤルガードとなれたひとつの理由に、このスキルの恩恵を買われたというのがある。


「………」


 カルディエの鳶色の瞳が、淡く蒼を帯びて輝く。


聖者の評価セイクリッドアイ】では相手の強さは言葉ひとつで与えられ、今までカルディエが見た中では、【破滅】、【非凡】、【強者】、【格上】、【同等】、【並】、【格下】、【弱者】、【愚鈍】、【論外】というものがあった。

 過去5年で【評価】した相手は例外なくこの中に収まっている。


 例をあげると、彼女たちの師である『ユラル亜流剣術』の伝道者マリッサが今まで見た中で、人として最高峰の【非凡】であった。

 フィネスが【格上】、ヴェネットが【同等】、ミーヤなどは【並】となる。


 一方、魔物ではリラシス沖に棲む、性格の穏やかな水龍エヴァキオンが最強の評価たる【破滅】、東の沼を越えた先にある『岩棚の森』の「絶叫のアルラウネ」は【強者】、トロルは【弱者】、ゴブリンロードは【論外】と評価された。


「やはり変わらないですわ」


 少年を【評価】したカルディエの脳裏には、先ほどと同じ文字が浮かんでいた。


 ――【常識外】。


 軽く500以上を【評価】してきたカルディエである。

 今さら【弱者】と【愚鈍】の間のような階級が追加されるはずもないので、一番上か、一番下のどちらかになろう。

 だがあの少年を見て、100人が100人、その2つで悩むことはないに違いない。


(……あぁ、最高につまらないですの)


 まさか【論外】にまだ下があろうとは。


 カルディエは鼻を鳴らす。

 つまり、さっきの剣を受けた動きは、本当に偶然だったということだ。


「少年、あなた本物の雑魚ですわ」


 胸中を端的に表したものであろう。

 そうそう眼前の他人を卑下しないカルディエが、そんな言葉を吐き捨てていた。


 もしかしたら、と、つい思ってしまったのだった。

 フィネスの手前、何も言わないが、本音を言えばカルディエとて剣を追求した者。


 フユナのような強い相手と戦いたいのである。


「ありがたき幸せ」


 しかし雑魚と言われて、なぜか少年は嬉しそうだった。


「ひとつ聞いていいかしら、少年サクヤ」


 フィネスへの土産話にと思い、カルディエは訊ねた。

 すると少年が少年らしくなく、ぴくり、と眉を揺らした。


「おや、僕の名前を?」


「いろいろあって、以前から知っていますの。でも少年に興味があってのことではなくてよ」


「………」


 少年は首をひねっていた。

 その意味が、少年にわかるはずもない。


「ともかく何を聞きたいと?」


「なぜフユナのパートナーが少年なのか、推測の域を出ないので直接お聞きしたくてよ」


「僕を倒せばわかりますよ」


「わからなそうだから聞いてるんですわ。簡単に倒せちゃいそうですし」


 カルディエは冷たく言い切る。


「………」


 が、少年はとっさにその顔を伏せたのを見て、カルディエの胸が軽く痛んだ。


(言い過ぎたかしら)


 きっと顔を歪め、口惜しそうな、もしかしたら泣きそうな顔をしているのかも。

 想像以上に弱いと知ってしまっただけに、つい少年に当たってしまっているのかもしれない。


「……意地悪な言い方に聞こえたのなら謝りますわ。ごめんなさい、少年」


 だが、今はそんなのに構っている暇はない。


「さて、さっさと終わらせましょうね、少年。そんなに悔しがらなくてもよろしくてよ。一年生のうちは先輩たちに敵わなくてもしかたないんですの」


 カルディエが木刀を突き出すような、フェンサーのような構えになる。


「少年、ところでわたくしのことはフユナから聞いてますの?」


 少年が顔を上げる。

 普通に泣いてなかった。


 いや、なんだろう。

 むしろ、ニヤけた後のような。


「失礼ですが、名前くらいしか知りません」


 どうやら少年は、カルディエが『ユラル亜流剣術』の使い手であることも知らぬようである。


「そう、いいですわ。ご褒美にお姉さんが強い剣を見せて差し上げますわ。もちろんその目で見えたらの話ですけれど」


 カルディエは3人の継承者の中で、最も剣回しに優れた者であった。

 連続剣においてもまさに流れるような曲線の中で放ち、自身の隙を最小にする。


 それが可能なのはもちろん日々の鍛錬の賜物だったが、『神の聖騎士デヴァインナイト』として与えられた、【攻防一体の剣】というスキルのおかげでもあった。

 

 そのスキルゆえに、フィネスやヴェネットの圧倒的な手数にも打ち負けずにいられるのだ。


「参りますわ――!」


「………」


 カルディエが一気に間合いを詰める。

 少年はそれを見つめたまま、ただ石像のように動かない。


 動けないのだ、とカルディエは悟る。


(つまらない)


 この木刀を突き出せば、すぐに終わる。

 そして自分は命令に従い、早々にフユナを後ろから襲わねばならない。


(……いえ、構いませんわ)


 何度も自分に言い聞かせてきた言葉。

 ――それがわたくしの役目ですもの。


 そう思いながら、ちらりと見た餌食の少年は笑っていた。

 ただ、静かに。


 ……なぜ笑えるのかしら?

 絶対的強者であるはずの自分を前に。


(いえ、もはやどうでもいいですわ)


 カルディエが少年に向かって踏み込み、一切の容赦なく、木刀を突き出そうとする。

 しかし、次の瞬間。


「………!」


 カルディエの心臓が飛び上がるように跳ねた。

 一気に驚愕に染まる。


「――ひっ!?」


 無意識に飛び退いていた。

 さらに数歩離れ、思い出したように、剣を構える。


「い、今の……は……」


 心臓がばくん、ばくんと跳ねている。

 全身に鳥肌が立っていた。


 それでも、もう一度確かめんと目を凝らす。

 震えるまま、切っ先を少年の背後・・・に向ける。


 今はもう、見えなくなっている。


「……お、女?」


 確かに見えていた。

 尋常ならざるなにか、が。


 それ・・は少年に絡みつきながらカルディエをじっと見据えており、気づかず跳び込んだカルディエはなんと、それ・・と目が合ったのである。


「な、なんですの、今のは……!」


 たった一瞬のことなのに、カルディエはしどろもどろになっていた。

 視線には圧力があるということを、今ここで初めて知った。


「………」


 顎ががくがくと震え始める。


 ……あの目つき、女だ。


 だが、ただの女ではない。


 心臓を鷲掴みにされたような、恐怖。

 これほどまでの並外れた戦慄など、いつ以来だろうか。


 あの【破滅】たる水龍エヴァキオンと対峙した時も、ここまでの恐怖は感じなかった。


「……じ……」


 あの禍々しさ、間違いなく『人外の女』だ。

 だがなぜそんなものが、この少年に憑いている?


「くっ……」


 戦慄に曝されたカルディエはただ、立ち続けるのがやっとだった。

 歯を鳴らし、全身から汗をダラダラと流したまま。


「なに突っ立ってんだ、カルディエ!」


「カルディエ! さっさとしろぉー!」


 当然、カルディエは踏み込むことは出来ない。


「どうか……しました? 具合悪くなりました?」


 取り乱したカルディエを見てか、その意味を理解していないらしい少年が心配そうに一歩近づく。

 カルディエは血の気が引いた顔のまま、少年から飛び退いた。


「――おい、第三学園にびびってんのかカルディエ! 戦え、この阿呆が!」


 背後から、イジンの恫喝が聞こえてくる。


 ……第三学園?


「………」


 はっとした。

 カルディエは、そこで急に現実に引き戻された。


 そうだ、これは『連合学園祭』。


(手合、これは手合なのですわ……)


 命のやり取りのない、ただの手合い。


 学園の催し物。


 そう繰り返し言い聞かせて、安堵しようとする。


「………」


 ――でも。

 でもただの手合いなら、なぜ?


「………」


 カルディエの背中を、再び冷たい汗が流れ落ちる。


 ――なぜわたくしは今、死までも覚悟させられていた?


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