第59話 連合学園祭14

 


「本当に勝ち抜いてきましたね」


「さすがはフユナ。いい驚きでしたわ」


 フィネスとカルディエが、第一学園のエントランスに並んで立っている。

 その視線の先には、ブロンドの髪の少女がいた。


「フユナ……あの剛剣を真っ向から打ち破るなど、相当腕を磨いたということでしょうね……」


 フィネスが無意識に木刀を握りしめる。

 自分たちには決してできない芸当であった。


「フィネス様のお相手としては、不足なしでしょう……あぁそうですわ。さっき近くを通ったので、あの少年を【評価】できました」


「そう。どうでしたか」


 フィネスは口では訊ねたが、その目にはもはやフユナしか映っていない。


「ゴブリンより低いものでした」


「そうですか。わかりました」


 フィネスの言い方は実に軽かった。


「では作戦通りでよろしいですね、フィネス様」


 フユナに相対するのがフィネス。

 そして黒髪の少年に対するのがカルディエである。


「そうですね。できればあまり早く加勢にやって来ないでほしいのですが」


 フィネスはさらさらとした黒髪を後ろに払いながら言った。


 この言葉は暗に示している。

 四人の中で一番最初に倒れる者を。


「その言葉、誰かさんに聞かれたら大変ですわ」


 言いながら、カルディエがちらりと後ろを振り返った。

 そこには第一学園の教師イジンが鬼のような形相で立っていた。


「あら、失礼しました」


「でも正直、二人の戦いとなれば、わたくしも介入せずに観戦したいですわ。互いに望んでのことでしょうし」


「ありがとうカルディエ。その気持ちだけで嬉しいです」


 フィネスは少し悲しげな表情になりながらも微笑んだ。


 ヒュゥゥン、と静かな風が二人の間を抜け、二人は片手を上げてそっと髪の乱れを押さえる。

 その風は客席の最前列に陳列された、秋桜の花びらを連れてきていた。


 自然と、カルディエの視線は舞った花びらの行く先を追いかけ、振り返るようにして第一学園の観客席へと注がれる。


(……でも無理ですわね。ここは闘技場。道場ではありませんもの)


 第一学園観客席の最上段にいる人物に気づき、カルディエは心の中で呟いた。

 そんな彼女の思考を、始まっていた大歓声が打ち破った。


「フ・ユ・ナ、フ・ユ・ナ!」


「それを倒せば一位だぞおぉ――!」


 大きく聞こえてくるのはいずれも、第三学園を応援する声ばかりだった。

 第三学園の観客席はフユナに魅せられて総立ちしていることに、カルディエは今気づいた。


「すごいですわね」


「えぇ、ホントに」


 闘技場に接する第三学園の待機スペースでも、応援はとどまることを知らない。


「フユナちゃん頑張ってぇぇぇ!」


「フユナァァ! お前ならできる!」


「優勝決めてくれえぇ!」


 第三学園の教師たちの絶叫ぶりは、他の学園からも注目を浴びている。


「今さらですけど、第三学園の待機スペースには、あんなにたくさんの先生方が詰めかけていらっしゃっるのですね」


「あら、フィネス様は気づきませんでした?」


「気づきたくなかったのかもしれないですね……私、今すごく羨ましく感じていますから」


「奇遇ですね、フィネス様。わたくしも同感ですわ」


 二人が視線を通わせて、くすっと笑う。

 その時。


「……おい、お前ら、わかっているな。ほまれ高い第一学園が、万が一でも第三に負けるなど」


 イジンが二人の後ろからドスの利いた声を発していた。

 カルディエは背を向けたまま顔をしかめ、鳥肌のたった二の腕をさする。


「わかっていますわ」


「いいか、去年同様二人がかりで先にフユナを倒しちまえ! どんな手を使ってもいいから勝て!」


「………」


「時間です。中へ入り、戦闘を開始してください」


 エントランスを管理している教師が大将のフィネスとカルディエに告げる。

 イジンはまだ喋っていたが、二人は無視することにした。


「参りましょうか、フィネス様」


「頼みますよ、カルディエ」


 二人は頷き合って闘技場内へと歩き出す。

 カルディエはフィネスより一歩遅れて歩きながら、闘技場の中央で自分たちを待つブロンドの髪の少女に目を向けていた。


 ――フユナ、ごめんなさいね。フィネス様とは今年も戦わせてあげられませんわ。


 カルディエは心の中で謝罪した。

 カルディエは最初から、黒髪の少年など相手にするつもりはなかった。


 少年と相対すると見せかけて、フユナの背後を急襲する。

 少年は追いかけてくるだろうが、あの動きでは、自分には追いつけないだろう。


 実は昨年も似たような手でフユナを倒し、勝利を手にした。

 それゆえにフユナはさらに闘志を燃やし、ここに舞い戻ってくる結果となったのだが。


(フィネス様もごめんなさい)


 カルディエは続けて、フィネスのすらりとした背に目を向け、心の中で呟いた。


 フユナ同様、フィネス王女もこの一年間、今日という日をどれほどに心待ちにしていたか、そばに居た自分がわからぬはずがなかった。


 さっきカルディエがフィネス王女に言った、「正直、二人の戦いとなれば、わたくしも介入せずに観戦したい」というのも、決して嘘ではない。


 カルディエの、心からの言葉である。


 だが、自分はこれからこの手でふたりの気持ちを台無しにする。

 決して負けられない理由があるのだ。


 カルディエはフィネスのパートナーでありながら、王宮の管理下にある王族護衛特殊兵ロイヤルガードでもある。

 ゆえに、どんなに不服であってもイザイを経由した王宮の命令には従わねばならないのである。


(覚悟を決めなさい、カルディエ)


 自分に言い聞かせながら、カルディエが木刀を握りしめた。

 そして、誓う。


 ――卑怯と呼ばれても、二人の友の気持ちを水泡に帰したとしても、我らが第一学園には揺るがぬ勝利を。




 ◇◇◇




 大歓声と、今までにない熱気が闘技場を包んでいる。

 最後の戦い、第一学園対第三学園。


 この戦いは決勝扱いとなり、七分という制限時間が撤廃される。


 乙女3人と黒髪の少年ひとりが、距離をおいて向き合う。

 四人の手には偶然か、同じ武器が握られていた。


「第一、第一!」


「第三、第三!」


 各学園の観客席から、連呼の声が響き渡る。


 観客達の目にはこう映っていることだろう。

【ユラル亜流剣術】の継承者三名、その他一名、と。


 第一学園の二人が、闘技場の中央までゆっくりと歩いてやってくる。

 すでに戦闘開始となっているが、彼らは木刀を下ろしたまま、静かに向き合った。


「フィネス。会いたかった」


「私もよ、フユナ」


 ブロンドの髪の少女と黒髪の少女が、風に髪をなびかせながら互いに微笑み合う。


「フィネス。いつぞやのように、私と手合わせしてもらいたい」


「喜んで。でも……」


 フィネスが少し硬い表情になって言葉に詰まる。

 そんなフィネスの言葉を引き継ぐように、カルディエがずい、と一歩前に出た。


「一年ぶりですわね、フユナ。さて、申し訳ないけどこれは手合ではなく学園祭の『バトル・アトランダム』ですの。フィネス様と1対1になりたいなら、まずこのわたくしを倒すことね」


 その言葉に、黒髪の少年が唇を噛んだ。

 カルディエは言外に、その少年では相手にならないと告げていたのだ。


「久しいなカルディエ。お前の相手はこいつがしてくれるはずだ」


 フユナがちらりと黒髪の少年を見て、言った。


「こんな子では、お話になりませんけれど?」


 カルディエは肩をすくめ、少年はまた、唇を噛む。


「フィネス、語り合いたいことは山ほどある。だがまずはこれで語ろう」


 フユナはそんなカルディエを無視すると、木刀を真一文字にして、フィネスに見せる。


「フユナ。変わっていませんね」


 そして向き合った二人は、音もなく『ユラル亜流剣術』の構えに入る。


 フユナは上段、フィネスは半身になった中段の構え。

 互いに何度も視認した構えであった。


 それを見たカルディエが、眉をひそめながら口を挟む。


「わざとわたくしを無視しているのかしら。ねぇフユナ、今年はわたくしが横槍を入れないとでも思って?」


「………」


 しかし、やはりフユナはカルディエを見ない。


「フィネス、悪いが今年は勝たせてもらう。皆と約束しているのだ」


「いいわ。来て、フユナ」


「――では」


 次の瞬間、フユナが跳んだ。


「ヤァァァ――!」


 低い姿勢からの横薙ぎ。

 瞬きしていると見えないほどの鋭利な一閃。


 ――カァァン。


 フィネスは表情ひとつ変えず、流れるような動きでそれを受け払う。


「………」


 始まってしまった戦いに、カルディエは小さく唇を噛んだ。


 ――わたくしを先に倒してくれれば、二人はゆっくりと手合わせできるというのに。


 カルディエからの最後の優しさは、届かずじまいだったのだ。


(仕方ありませんわ)


 意を決したカルディエが音もなく動き、向き合っていた少年の前から姿を消す。

 風のように流れ、フユナの背後にまわると、両手で木刀を持ち直して振りかぶる。


「――戦わせてあげたいのは山々ですけれど!」


 叫べど、フユナは変わらず、フィネスへと意識を集中している。

 それも当然だとカルディエは理解していた。


 フィネス第二王女は、最強の剣の使い手。

 他を気にしながら打ち合えるほど、甘い相手ではないのだ。


「諦めなさい――!」


 カルディエがフユナの背後から襲いかかる。


「こんにちはー」


 間の抜けた声。


 ――カァァン。


「なにっ」


 木刀はフユナに届かなかった。

 割り込んできた黒髪の少年に遮られていたのだ。


「はうっ」


 しかし黒髪の少年はその一撃で体を泳がせ、とっとっと、べちゃ、と倒れ込む。


「……防いだ、ですって?」


 予想外の事態に、カルディエは軽く立ち尽くしていた。

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