第58話 連合学園祭13
「ぬ……あれはフィネスではないか」
闘技場に登場してきた黒髪と赤髪の少女のペアを見て、国王エイドリアンが顎で指し示す。
「王、これから、第一学園と第三学園の大将同士の戦いだそうです」
第二学園は早々に姿を消しております、とレジーナが付け加えた。
「ほう、よもや第三学園がそこまでやるとはな」
「第一学園が負けてしまわないかと先程からヒヤヒヤしているところです」
イザイが言葉を挟む。
「それがなにかいかんのか」
「――イカンに決まってるでしょう!」
イザイが突然キレて立ち上がった。
「エイディーがお気軽にあんなこと言ったから、私がこんなに困ってるわけですよ」
イザイが青筋を立てて言い放つと、レジーナが吹き出した。
「あんなこと?」
国王がはて、とM字を傾けるように、首をかしげる。
とぼけているわけではなく、本当にわからないようであった。
「『優勝した学園から多くの生徒を禁軍に受け入れる』っていうアレですよ、アレ! 言っちゃったでしょ前に!」
「ああ、あれか。確かに言っちゃった」
「おかげで大変なんですよ! 8:1:1とか割合まで数字で言うから!」
「別にいいではないか」
「いいわけねーだろ、この脳筋クソ野郎!」
だんだん言葉が壊れてくるイザイに、レジーナは腹が捩れんばかりに笑っている。
一応述べておくと、この観戦席は魔法の壁で仕切られ、外部に音は漏れていないはずである。
剣の国リラシスには3つの国防学園があるが、その中でも第一学園は少々特殊である。
別名『禁軍予備校』とも呼ばれ、富裕層の生徒が王直属の禁軍への入隊を望んで入学してくるためである。
禁軍が人気があるのは、もちろんエリートとしての栄誉もあるが、それだけではない。
入隊中は、冒険者ランクの上がり方が他と全く違うのである。
そもそも冒険者ランクを上げるためには、魔物討伐などの依頼クエストを規定数こなし、昇格する必要があるが、第八階級となる【准尉】のあたりまでくると、討伐対象が強くなり、依頼クエストではそうそうランクを上げられなくなってくる。
【准尉】の討伐対象モンスターの例を挙げると、
一方、禁軍は【准尉】以上のランクを持つ者が入隊試験を受けることができるが、入隊後は年に一度、学園と同様に
軍事作法に基づいた筆記・実技試験であり、比較的昇級はたやすいとされている。
うまくいけば、在籍している数年で栄えある【少佐】ランクを拝受することも不可能ではないのである。
さらに禁軍を2年以上勤め上げると、国王より直々に賞を拝受し、生涯ランク固定を手にすることができる。
なお、これも「国王が言っちゃったルール」というものにほかならない。
通常、国防学園が提示する依頼クエストを4ヶ月ひとつもこなさないでいると、ランクがひとつ下がる。
1年間ひとつもこなさないでいると、国防学園卒業時のランク、もしくは最低ランク【二等兵】に一気に落とされることを考えると、破格に良い扱いだ。
さらに、【兵長】以上は国からの給付がある。
当然、ランクが上がれば上がるほどに、給付には色がつく。
そういった理由で『禁軍予備校』たる第一学園には、富裕層や王宮で働く者たちの子が入学してくるわけで、『連合学園祭』で敗北し、トップの座を他に明け渡すことになると、第一学園からの禁軍入隊への道がなんと8分の1になってしまう。
まあそれだけなら、「すいません、王様の口がすべっちゃったせいで」と言い訳すれば済むかもしれない。
しかし、ことはそう簡単ではない。
第一学園は数年前から、王宮や貴族たちから大規模な資金援助を受けて、魔法研究所を建設中なのである。
現在、魔法を究めんとする者は異国であるエルポーリア魔法帝国の魔法学院に行くしかないが、今後は『剣と魔法の国リラシス』を目指すため、イザイが魂を込めてやっている事業なのであった。
そんな最中に禁軍予備校の座を奪われたら、どうなるか。
イザイは責任を問われ、首の皮一枚で繋がっても、彼らからの資金援助を失いかねない。
そういう理由で、イザイは困窮しているのである。
「そもそもフィネス第二王女が政略結婚されないのも、幼い頃に王様が言っちゃったんでございましたね」
笑いすぎて涙目になりながら、レジーナが言う。
「うむ。4歳の子が、まさか一字一句覚えているとはおもわなんだ」
「4歳の子に言うから一字一句覚えてんだろ!」
イザイのツッコミが冴える。
レジーナが笑いすぎて、椅子から落ちた。
「ひぃ、ひぃ……ど、どうかそのくらいにしてあげてくださいませ、イザイ様」
やっと呼吸を整えたレジーナが真っ赤な顔のまま言った。
「……まぁいい。手は打ってありますし、ね」
そう言って、年齢相応の渋い顔に戻ったイザイが闘技場を眺める。
それを聞いた国王エイドリアン八世が、にやりとする。
「ふむ。手か。あん時のあれだな」
「――どの時のどれだよ! それじゃわかんねーんだよ、クソジジイ!」
持ってきたらしいグラスのワインに口をつけていたレジーナが、ぶーと吹き出した。
「も、もうだめ」
レジーナが限界に達したため、ふたりは会話を中断し回復を待つ。
「大丈夫かレジーナ」
言われた当の国王は平然として、あふあふ言っているレジーナの背中を撫でている。
まるで他人事である。
それを見たイザイは処置なし、と天を仰いだ。
そうすること、数分。
「手を打つというと……総監督ですか」
やっと落ち着いたレジーナが、学園長イザイに訊ねる。
「むう? 監督はゴクドゥーではないのか」
国王が再び闘技場へと目を凝らす。
「ゴクドゥーは活火山への研修の事件で責任を取って四年前に辞任してますよ。今は敵方におります」
「ではあの男が?」
国王が、第一学園の待機スペースで仁王立ちする男を見て目を細めた。
「ええ。イジンという男です。私はどうも好きになれませんが」
レジーナが言葉通り、ここで初めて笑んだ顔を失っていた。
イジンは四年前の『連合学園祭』から第一学園の総監督を担当し、勝利に導き続けている。
しかしその栄光に反して、学園上層部や保護者たる貴族たちにはあまり好まれていない。
人間的な問題が多すぎるためである。
国王も今初めてその名を知ったところを見ると、たいした評価を受けていないのは明らかだった。
「あぁ、一応イジンにも言ってありますがね、私が期待しているのはあれではありません」
そう言ったイザイは小さく笑ってみせると、闘技場に立つ、赤髪の少女に目を向けていた。
◇◇◇
「サクヤ、大丈夫だったか」
倒されたミーヤを胸に抱き寄せ、「自分たちの負けだ」と降参したデップを尻目に、フユナ先輩が駆け寄ってくる。
「いやースミマセン、すっかり眠りこけてしまって」
「………」
眠るんじゃない、といつもならポカッと殴ってくるフユナ先輩が、殴ってこなかった。
いや、逆だった。
「……別に、いい」
「……え?」
淑やかに微笑んでいた。
はっとさせられるような、ありえない美少女ぶりで。
ふ、フユナ先輩、こんなに可愛かったっけ……?
「いいと言ったのだ」
「先輩、どうかしました?」
僕は首が落ちんばかりに傾げ、フユナ先輩に一歩近づく。
「………!」
すると突然、フユナ先輩がその色白の頬を紅潮させた。
「そ、それより次だ」
フユナ先輩がさらっとしたブロンドの髪を揺らして、横向きになる。
「次こそ立ち続けてくれ。私一人では絶対に勝てない二人なのだからな」
「いよいよ念願のフィネスさんとカルディエさんですね」
「……ああ」
フユナ先輩がやっと辿り着いた、と呟きながら、その手にある木刀を握りしめた。
そう、とうとう先輩の念願が叶うのだ。
ここまで来ただけでも感慨もひとしおだろう。
「カルディエは任せる。だがどんなに滅多打ちにされても、倒れるなよ。お前が落ちれば、確実に優勝が消える」
フユナ先輩の声が、真剣さを増していた。
「そうですね」
そう、僕が倒れたら、ジョリィさんの時と何も変わらなくなる。
フユナ先輩はカルディエに背後を取られ、終わりを迎えることだろう。
「私の一生のお願いだ。逃げ回ってでもなんでもいい。絶対に倒れるな。私がフィネスを倒すまでな」
フユナ先輩は、僕に凛とした横顔を見せるようにしながら言った。
「わかりました」
「私がこの手で、優勝を掴み取ってやる」
フユナ先輩が、左手をぐっと握った。
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