第57話 連合学園祭12

 


「おのれ、どうやってあたしの剛剣を跳ね返した!」


 ミーヤが木刀をフユナに突きつけ、怒りで顔を真赤にする。


「跳ね……返した?」


 しかしフユナはまったくわからないと言った顔だった。


 それもそのはず。

 実際受けようとしていたフユナには、なんの衝撃もやってこなかったのである。


「とぼけるな! あたしの一ノ太刀を、完璧に跳ね除けただろ!」


「……わ、私が?」


 フユナが目をパチクリさせている。


「フユナ! いったいどうやった!?」


「………」


 フユナは完全に、言いがかりをつけられた人になっていた。


 訳がわからず、フユナはあたりを見る。


 古代語魔術師デップは何があったのか、状態異常を解除する赤い薬を飲んでいる。

 サクヤは鼻ちょうちんを作りながら立ち寝している。


 審判たちの立ち位置は変わらないし、無関係な誰かが飛び込んできた様子もない。


 よくよく観察すれば、サクヤの立っている場所が微妙にずれていたことにフユナは気づいたかもしれない。

 だがそれの意味までは、気づくことはなかったであろう。


「ミーヤ、もう一度行くんだ。次は僕が支援する」


「わかったわデップ。――フユナ! ならもう一度跳ね返してみな!」


 愛するデップの言葉に勇気づけられて、ミーヤが再び跳ぶ。


「――これでもくらえ」


 魔法が失敗していた原因に気付いたデップが――なぜそうなったかは不明だが――状態異常【沈黙】を解除し、魔法を詠唱する。


 デップが最後の魔力を使った、勝負の魔法である。


 直後、ドォォン、という音を立てて、フユナの両脇を覆うように石の壁が屹立した。

 〈石の巨壁ストーンウォール〉・【二連】であった。


「くっ」


 遮られたフユナが行き場を失う。


 〈石の巨壁ストーンウォール〉はたった数秒だが、高さ5メートル、横幅5メートル、厚さ30cmほどの石の壁を出現させ、相手の移動を制限する魔法である。

 3-5秒程度で、石壁は跡形もなく霧散する。


 何度も練習を重ねてきた成果だろう。

 〈石の巨壁ストーンウォール〉による支援は、出現位置といい、タイミングといい、見事の一言に尽きた。


「受けろぉぉ――【剛剣一之太刀】――!」


 〈石の巨壁ストーンウォール〉の消失とともに、ミーヤが再び剣撃を見舞う。


「くっ」


 フユナは仕方なく、もう一度それを受けに行く。

 だがフユナは今度は目を閉じなかった。


 一部始終を目に焼き付けるつもりだったのだ。


 迫る、剛の剣。

 恐怖の瞬間。


 ――カァァァン!


 やはり、衝撃も何もないのに、衝突が起こっていた。

 しかし目を開けていても、謎の白煙のせいで、よく見えない。


「くっ」


 白煙の向こう側で木刀を跳ね除けられ、恥ずかしいほどに仰け反っているミーヤが見える。


 しかし今度は違うことが起きていた。


「なっ……なんで!?」


 ミーヤの視線が宙を泳ぐ。

 なんとミーヤの木刀が粉々に粉砕されていたのだった。


「ま、まさか粉砕とは!」


「――す、すごいわフユナ!」


 カルディエとフィネスが目を見開き、立ち上がっていた。


「……ど、どういうことなのだ」


 また衝撃がなかったフユナは、首を傾げながら白煙の晴れたあたりを見渡す。


 古代語魔術師デップは魔力を使い果たしたらしく、短剣型の木刀に持ち直している。


 サクヤは鼻ちょうちんを作って寝ている。

 審判たちの立ち位置も、なにも変わらない。


 よくよく見ると、サクヤの靴に白い粉が付着していることにフユナは気付いたが、それとの関連までは思い至らなかった。

 そんなサクヤが、唐突に目を覚ます。


「――今です、先輩! 見て!」


 今起きたはずのサクヤが指をさし、嘘のように叫んだ。


 驚いたフユナが、ミーヤが武器を持っていないことの意味を認識する。


「わかった、任せろ!」


 フユナが木刀を握り直し、跳んだ。


「――くっ!?」


 ミーヤが予備の武器を取り出そうとするが、彼女は開始と同時に木の斧を投げており、もう何も持っていなかった。


「【蝶舞斬り】――!」


「あぁぁー!?」


 ミーヤが連擊を浴び、昨年と全く同じ形で倒れ伏した。




 ◇◇◇




「やれやれ」


 第一学園指定の観客席の最上段、他とは光輝く魔法の壁で隔絶されたVIP席に座る男は、人知れずため息をついていた。


 今眼前で開催されている『バトル・アトランダム』は自分の学園の圧勝かと思えば、今や期待を大きく裏切る流れになっていたからである。


「困ったことになりそうだな」


 男は白髪の勝った黒髪をかき上げながら、頭を悩ませる。


 当初は生徒のためのものだった『連合学園祭』は、今や完全に違う目的をはらんでいるのである。


「久しいな、イザイ」


 ふいに後ろから声をかけられる。

 イザイと呼ばれた男は、すぐに椅子から立ち上がると、跪いて最上位の礼を為した。


「遅かったですな。我らが国王。もう終盤でございますぞ」


 国王と呼ばれた長身の男は白いひげで覆われた口元を吊り上げると、イザイが座っていた椅子の隣に腰掛けた。


 M字に禿げ上がり、今年で61歳を迎えるこの男こそ、剣の国リラシスを統べているエイドリアン・ブラム・ル=ホンデラス八世その人である。


「昔同様、エイディーと呼ぶがよい」


「それは無理な相談でございますな。今の私は所詮、一介の学園長……あぁ、レジーナ様もおいでか」


 王の鍛え上げられた体に隠れていてちょうど見えなかった。


 すでに国王の隣に座していた女性に、イザイは座りながら軽くお辞儀をする。

 肩甲骨までの桃色の髪を内巻きにカールさせ、背筋をぴんと伸ばした、神官服に身を包んだ女性である。


「お久しぶりね」


 若々しく、30代後半には見えないその顔と肌艶。

 彼女こそ先代の聖女、大地母神エリエルに仕える【大地の聖女】レジーナである。


 本来、聖女は15-20年に一度、一人しか現れない。

 が、時に神の気まぐれで同時代に二人の聖女がこの地に遣わされることがある。


 レジーナがまさにそれであった。

 実力は同時期に居た光の聖女アリスに及ばず、魔王討伐に向かうことはなかったが、アリスが先代勇者と共に魔王と刺し違えたため、存命の聖女として名高い。


 現在、レジーナは剣の国リラシスに招かれ、第二宮廷司祭を務めている。

 子がいるために多忙な第一宮廷司祭は辞したものの、実力はリラシス一と呼び声高い。


 そんなレジーナは今日、学生たちの万が一に備え、『連合学園祭』に駆けつけてくれている。


「【大地の聖女】はいつ何時であってもありがたく、心強い」


「あら、嬉しいですね」


 イザイの言葉に、レジーナは首から下げられたペンダントを弄びながら微笑む。


 遣わす神によって聖女に与えられる力は異なる。

 世の中でどの聖女の生誕が最も喜ばれるかといえば、それは疑いなく「光の神ラーズ」が遣わす【光の聖女】である。


【光の聖女】は単身で魔王に直接拮抗できる力を備えているためである。


 一方、【大地の聖女】は戦闘では回復力と結界に優れ、ともに歩むパーティメンバーを安全にしてくれるものの、魔王の行動を一切封じることができないのが難点とされている。


 もちろんこれは、魔王討伐だけを論点においた話である。

 日常的な視点で見れば、【大地の聖女】も十分に頼もしい存在である。


 その存在があるだけで、大地は育みを増すからである。


 なお、過去には【戦の聖女】というのも、歴史上一度だけ現れたことがあるとされる。


 戦の神ヴィネガーが信徒に伝えたとされる文言書によれば、遣わした【戦の聖女】は自身が強力な双剣の使い手となる上に、鉄壁の防御を誇る能力を持っていたという。


 だがそれ以降、なぜか一度も現れなくなっているらしい。


「でも戦いにおいては、ミエルには敵いませんよ」


 レジーナは一番若い聖女の名を口にした。


「ふむ、そうですかねぇ」


「そうですとも」


 イザイの問いかけに、レジーナは頷いた。


 現在存命中の聖女は三人いる。


 レイシーヴァ王国の人里離れた片田舎で治療院を営んでいる先々代の【光の聖女】ジェニファー、先代の【大地の聖女】レジーナ、そして現在の【光の聖女】ミエル。


 誰が最も高位の司祭かと問うならば、リンダーホーフ王国が抱える聖女ミエルであることは論を待たない。


 聖女ミエルは【聖女の十二試練】と呼ばれる試練のうち、過去最高の10試練を乗り越えて多くのスキルポイントを手にし、まだ十代ながらもレジーナやジェニファーを超えるさまざまな癒しを行使できるからである。


「ふむ、もう終わったかと思ったが、まだやっている」


 国王エイドリアン八世が、目を細めて闘技場を眺めている。


「ええ」


「今年もイザイの学園の圧勝かね」


「いや、それがですね……」


 苦笑いを浮かべるイザイに変わって、宮廷司祭レジーナが口を開いた。


「王よ。今年も第三学園が頑張っているようでございます」


「ほう。あの学園がの」


 国王エイドリアンがふぉっふぉと白いあごひげを揺らして笑った。


 当初、国防学園は第一と第二の2つが用意されたが、人口の多いリラシスにおいてはそれでも枠が足りず、貴族の子しか入学できない実情があった。


 第三学園はその数年後、庶民向けに作られた最も新しい学園である。


「そういえばレジーナ様の息子さんも第三学園でしたか」


「ええ。もちろん観客席ですけれどね」


 レジーナがにっこりと笑い、首からかけているペンダントをぎゅっと握りしめた。

 その魔法のペンダントは、ピンクの花びらとともに、息子の顔が静止で映し出されるという。


「ぬ……あれはフィネスではないか」


 闘技場に登場してきた黒髪と赤髪の少女のペアを見て、国王が顎で指し示す。


「王、これから、第一学園と第三学園の大将同士の戦いだそうです」


 第二学園は早々に姿を消しております、とレジーナが付け加えた。


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