第52話 連合学園祭7

 

 第一学園の次鋒は『ガンダルーヴァ盾剣術』の4年生2人になっていた。


 次鋒はガードを固め、いざという時にこの強い駒と共倒れになれるカード。

 先鋒に強者を配置してくる他学園の可能性を考慮してのことであった。


「あのガキは格闘家モンクだ。隙を狙った急襲に注意しておけ」


「はい」


 青い髪を無造作に肩まで伸ばしたイケメン、アントニオと、茶髪を短く刈り込んだケビンが頷く。


「くく、ゴクドゥー。俺様が団体戦の戦い方を教えてやる」


 イジンがエントランスに立つ二人を満足そうに眺めながら言った。


 フユナのペアで登場してきたサクヤという初見の少年については、イジンはすでに分析を終えていた。


 当初は後衛職である可能性が高いとイジンは踏んでいた。

 手に木刀を持ってはいるが、握りが怪しいことと、リンゲルの眠りに抵抗してみせたことからだ。


 しかし後衛職にしては不自然さが目立った。

 特に巨大虎サーベルタイガー巨大熊グリズリーが近接してきた時の反応である。


 あの少年は一瞬だったが、フユナに加勢しようとする動きを見せたのだ。


 若かりし頃のイジンは『西の禁軍』に配属される前にも、数々の修羅場をくぐり抜け、数え切れないほどの後衛職と組み、冒険に明け暮れてきた。


 その磨き抜かれた勘が告げている。


 ――後衛が近接して力添えをしようとするはずがない。


 あの少年は十中八九、格闘家モンクで木刀はダミー。

 若いため、眠りの抵抗はまぐれの成功。


 格闘家モンクであれば、第一学園の選抜者たちは幾度も念頭に置いてきた対戦相手である。

 物理防御系のアントニオとケビンも相性がよく、万に一つでその次鋒を抜かれたとしても、中堅のスリンダクで問題なく排除できるだろう。


 こちらにとって不安要素はない。


「――第三学園、恐るるに足らず!」


 イジンは不敵に笑った。


 制限時間が終わり、アントニオとケビンが闘技場に飛び出す。

 第一学園の観客席から、力強い歓声が上がった。


 登場してきた盾を持つ二人を見て、その作戦に気づいたのだろう。

 フユナが渋面になる。


「さぁ、どうする? くっくっく」


 教師イジンが、したり顔になった。




 ◇◇◇




「フユナ……こんなやり方でごめんなさい……」


 フィネスがどうしようもなく、唇を噛んでいた。

 こんな卑怯とも取れる手ではなく、自身でもっと正々堂々と戦いたかったのである。


 『連合学園祭』の出場者が決まった当日、フィネスは職員室に行き、教師たちの前で自分とカルディエを先鋒にしてくれれば、全てを打ち破ってみせると誓ってみせたが、イジンは鼻で笑うだけで全く聞く耳を持たなかった。


 何度言っても、イジンは思いついていたらしい最強手で完膚なきまでに第三学園を負かすことしか、頭になかったようだった。


「これは持久戦になりますわね」


「同感です」


【ユラル亜流剣術】の使い手たちが苦手とする流派がある。

 それは紛れもない、【ガンダルーヴァ盾剣術】の使い手たちである。


 盾ありきの戦いを展開する彼の使い手達は、まるで2重の鎧に覆われているかのように、鉄壁の防御を誇る。


【ガンダルーヴァ盾剣術】の歴史は非常に古い。

 古文書によるとその原点となる盾剣術は古代王国時代より存在し、『稀代の大召喚』においては 『赤熱の飛龍レッドインパルス』を倒す際に前衛で盾となり続けた者たちがその使い手だったとされている。


 当然盾職としての素質は必要だが、地上最強の名をほしいままにしている飛龍ドラゴンを相手に、タンカーという大役を務められるほどの防御を持つと言われるのが、【ガンダルーヴァ盾剣術】なのである。


「カルディエ」


 フィネスが闘技場に目を向けたまま、隣の赤髪の少女に呼びかける。


「はい」


「もう少し、あの少年を注意して見てみませんか。私はどうしても気になるのです」


「わかりました。もし近くに来たら【評価】してみますわ」


「ありがとう」


 そう言った矢先のこと。


「……えっ」


 ふいにフィネスの口から、声が漏れた。

 視線の先の人物が思わぬ動きをし始めたのである。


 何を思ったのか、黒髪の少年が【ガンダルーヴァ盾剣術】の二人に突っ込んでいったのだ。


 フィネスとカルディエがはっとする。


「待てサクヤ、スタンが来るぞ!」


 フユナが叫ぶ。


 シールドスタン。

 これこそが【ガンダルーヴァ盾剣術】の最大の脅威。


 しかし少年は、そんなことを知らないかのように止まらない。

 短髪のケビンがいち早く気づき、一歩前に出ると盾を前に突き出すようにして身構える。


 ペアを組んでいたフユナがぎょっとしていることから、元々の作戦ではないことはフィネスにもわかった。


「……何かありますか、カルディエ」


「わかりませんわ、これではあまりにも」


 フィネスとカルディエが眉をひそめ、顎に手を当てる。


「――【盾の衝撃シールドスタン】」


 ケビンが盾を力強く突き出した。


 ――ガキッ!


「むにゃー」


 黒髪の少年は突き出された盾にやられ、痺れ上がったらしく、ふにゃふにゃとよろけた。


「やはり……」


「ああ、無能としか言いようが……」


 フィネスとカルディエが苦々しい表情を浮かべる。


 しかしフィネスは視線を逸らさない。

 カルディエも言われた手前、仕方なく少年を注視し続ける。


「ぷっ、ワッハハハ! なんだあのパートナーは! 魔法に耐えたと思ったら、ただのバカではないか!」


 彼女たちの前で仁王立ちしているイジンが、吹き出すように笑う。


 少年はぐったりとして、打たれた盾によりかかり、動かなくなる。

 審判の教師が駆け寄り、カウントを始めようと手を振り上げた。


「1、……むっ」


 審判がカウントを止めた。

 少年は完全に盾にぶら下がっており、意外にも地に他の部位がついていないため、厳密にはダウンにはならなかったのだ。


 ケビンが舌打ちすると、盾を揺らして少年を振り払い、フユナに向き合おうとする。


 しかし。


「ぬぉっ」


 脱力した人形のような少年を、なぜか盾から振り払えずにいる。


「……な、なんだこいつ!」


 ケビンが慌てたように盾を振り回すが、少年はうぅーと呻きながらも、がっしりと掴まり、石のように盾から離れない。

 木刀で叩かれても突かれても、離れない。


「あー」とか「うー」とか呻く少年の口角がわずかに吊り上がっていたが、そんなことまでは誰も気づかなかった。


「――ええい、離れろっ!」


 ケビンが闇雲に盾を振り回す。

 軽そうに見える少年だったが、だらりとぶらさがっていることで盾の重心をいちいちずらし、これ以上ないほどに盾の動きを制限しているのである。


「ヤァァ――!」


 そんな隙を、フユナが逃すはずがなかった。


 ――ガスッ!


「ぐえっ!?」


 ケビンが横からこめかみを突かれ、人形のように飛んだ。


 ズサァァ、と地を擦って倒れ込む。

 ケビンは一撃で意識を刈り取られたようで、立ち上がる様子はない。


「………」


 フィネスとカルディエが、目を見開く。


 ダウンカウントが始まった。


「……な、何をやっている、この阿呆が!」


 イジンが動転した声を張り上げた。

 一方で、第三学園の待機スペースや観客席からは大喝采が始まる。


「起きろ、サクヤ!」


 盾が地に落ち、一緒にダウンカウントが始まったサクヤをポカ、と殴るフユナ。


「ふにゃー?」


「作戦にないことを勝手にするなバカ!」 


「あ、すみません」


「お前まさか、フィネスたちの前だからカッコつけようとしてるんじゃないだろうな!」


「………」


 少年は無言でうつむいた。


「……図星か!」


 少年はポカッと殴られつつも、すっと立ち上がり、盾を構えるアントニオに向き合う。

 それを見たフィネスが目を細めた。


「ともかく、一人目はなんとかできたからいい。急げ。第二が出てくる前に倒すぞ」


「はい」


 フユナと少年が、残ったアントニオを挟みうちにするように位置取りを始める。

 

「……フィネス様」


「気づきましたか」


 その様子の一部始終を見ていた二人が、顔を見合わせた。


「はい。今のはちょっと」


 フィネスとカルディエは同じことを疑問に感じていた。

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