第51話 連合学園祭6

 

「ガルルル……」


 現れたのは口に収まりきらない牙を持つ巨大虎サーベルタイガー、もう一体は丸太のような腕をもつ巨大熊グリズリーであった。


 いずれも体長2.5メートルほどで、人を見つけては襲いかかってくる、獰猛な魔物である。

 討伐ランクは巨大虎サーベルタイガー巨大熊グリズリーともに【軍曹】とされており、同ランク冒険者が6人集まって倒すのが妥当とされる強さである。


 なお【軍曹】は6番目の階級であり【二等兵】、【一等兵】、【上等兵】、【兵長】、【伍長】の次である。


 2体の魔物は黒髪の少年に狙いを定めたようで、ドドド、と大地を揺らし、砂塵を巻き上げながら駆け寄ってくる。


「なんだよあれ……!」


「二体もだぞ」


「……ちょ、まずくね!?」


 今までにない圧倒的な迫力に、第三学園の観客席から悲鳴が上がった。


 調教や召喚といえば、【伍長】クラスのポイズン・スパイダーがいいところで、【軍曹】級の魔物を従えている調教師など、第三学園には居なかったのである。


 牙を剥き、駆ける2体の魔物を遠目で見ているフィネスとカルディエは、しかしため息を漏らしていた。


「相手が悪いですわね」


「ええ」


 一方、闘技場内では。


「僕が狙われたみたいです」


 少年は切迫感なく言った。


「なあに。私に任せろ。さっきの借りを返してやろう」


 フユナが少年をかばうように立つと、腰を落とし、すらりと真剣を抜いた。

 磨き抜かれた銀色の剣は、鋼鉄製『エルガイムの第一剣』。


 なお第一剣とは、製作者の力作を意味している。

 フユナの剣は製作者による製作時に【部分製作大成功】により、剣の各能力値が+2されているものである。


 ドドドドド、と魔物が駆けていくと同時に、第二学園の観客席が否が応でも盛り上がっていく。


「ガァ――!」


「グルル――!」


 近づいてきた二体の獰猛な魔物が、正面で仁王立ちしているフユナに狙いを変える。


 その鋭い爪が、続けて牙がフユナの生身を捉えんとした瞬間、フユナはすり抜けるように上に跳躍した。

 一瞬で魔物たちの頭上に躍り出る。


 フユナの振りかぶった剣が陽光を反射して、閃いた。


「――【蝶舞斬り】――!」


 宙空から繰り出される、縦横無尽の3連剣。

 瞬く間に二体の魔物が血を撒き散らし、ドサドサ、と音を立てて地に這いつくばった。


「お見事」


「相変わらず美しい剣ですわ」


 フィネスとカルディエが感嘆の吐息を漏らす。


 所詮は【軍曹】ランクの魔物。

 3階級上の【少尉】たるフユナの相手ではなかったのである。


「ぼ、僕のグリズリーが!?」


「ひっ……サーベルタイガーが一撃で……」


 第二学園の調教師のひとりが青ざめ、後ずさった。

 それを見た審判が、駆けていって指をさす。


「――君、反則負け!」


「あっ!?」


 そのうちの一人が無意識にエントランスから後ずさってしまい、「場外」による反則負けとなってしまったのだ。


「君も降りたほうがいい」


「あ……?」


 もうひとりは下がらずにいたものの、いつの間にか審判とともに立っていた黒髪の少年にそっと胸を押されていた。

 すたっとエントランスから待機スペース側に降りてしまってから、悪魔のような笑いを浮かべる少年に、調教師の男がはっとする。


「君も場外で反則負け!」


 審判役の教師が容赦なく告げた。


 あっけない幕切れに、一瞬唖然とする観客たち。


「――おおぉぉ!?」


「最後はちょっとアレだけど、勝ったぞ!」


 第三学園の観客席が再び熱狂する。

 一方、第二学園の観客席は水を打ったように静かになっていた。




 ◇◇◇




 ちゃんと木刀で戦え、と怒鳴るフユナの声が、やはりここまで聞こえてきている。


「第二の副将も落ちましたわ……」


 さすがフユナと言ったところですわね、とカルディエが唸る横で、フィネスは腕を組み何かを思案していた。


「フィネス様?」


「……もしかしたらあの2人、案外いいコンビなのかもしれません」


 怒鳴られてしょぼんとしている少年を見ながら、フィネスが白い素脚を組む。


「……え? あれでですか」


 でもフユナ、怒鳴ってばかりですわよ、とカルディエが首を傾げる。


「気づきませんか、カルディエ?」


「気づく? なんでしょう」


 カルディエが赤髪を揺らして、フィネスを振り返る。


「知っていますね? フユナは感情が昂ぶると、力が入りすぎて剣が重くなることが多いのですが」


 カルディエが当然とばかりに、首肯した。


「彼女の決定的な弱点であり、狙うべき急所ですわ。……それがどうかしました?」


「今は全く見られません。フユナが全く乱れていないのです」


「……あ……」


 カルディエが驚きのあまり、口を開けたままになる。


『ユラル亜流剣術』道場で、誰よりも巧みに剣を操っていたのはフユナであることを認めない者はいなかった。


 フィネスなど到底及ばず、幼少の頃は何度やっても勝てなかった。

 フィネスはそれがたゆまぬ努力に裏打ちされた剣であることを知り、フユナという少女を尊敬し、常に魅力を感じていた。


 彼女が今もフユナをライバルと呼び続けるのも、そんな敬意があってのことだ。


 だがある時、フィネスは知る。


 フユナは感情が昂ぶると、それを内面で処理することが出来ず、剣が重くなってしまう癖があったのだ。

 無意識なだけに自分で気づかず、フィネスがいくら指摘してもフユナは認識できていなかった。


 認識できないだけに、直せない。


 やがてフユナは相対する者たちにその癖を見抜かれ、次々と敗れ始める。

 そして第一とも言える腕前を持ちながら、継承者となれずに道場を立ち去ったのだった。


「まさか、あの少年に心の平静をもらって……?」


 フィネスが真顔で頷く。


「もしかしたらこの一年で、フユナ自身があの弱点を克服したのかもしれませんが」


 言いながらも、フィネスはその可能性は低いと考えていた。

 幼少の頃から、いくら言っても変わらなかった癖なのである。


「フユナ自身も気づいていないのかもしれませんが……なんとなく調子が良いことに気づいてあの少年をパートナーにしたのかもしれません」


「なるほど。あー、やっと理解できましたわ。あの少年は見た目通りの、フユナを緩和するだけの存在と言うわけですね」


 だからちょっと変だったりするんですわね、とカルディエが笑みを浮かべる。

 しかしフィネスの表情は固いままだった。


「私もそう思いました。でも」


 フィネスは立ち上がり、自分と同じ黒髪の少年に目を向ける。


「あの少年、なにか気になりませんか」


「……フィネス様?」


 カルディエが瞬きをする。


「さっきからの動き、本当に意図せずやっていると思いますか」


 フィネスがじっと少年を見つめながら言った。

 そんな隣で、カルディエが大きく息を吐いた。


「わたくしもちょっとは疑いましたけれど、恐らくそうだと思いますわ。魔法抵抗はまぐれでも起こりえますし……」


 カルディエの言葉の通り、魔法抵抗には偶然の成功というものがある。


 エルポーリア魔法帝国の魔法学院によると、集団に対して〈眠りの闇雲スリープクラウド〉を放つ実験を行った場合、『絶対抵抗成功』という偶然が2-3%の確率で起こりうるというのだ。


 特に若い世代で顕著に見られやすいという。


「カルディエ、【評価】はできましたか」


 カルディエは首を振った。


「あいにく距離が」


「わかりました。ではさっきの膝攻めからの流れはどう思いますか」


 明らかにニュウの反応がおかしかった。

 後ろからふくらはぎを押されただけに見えたのに、七転八倒して悶絶したのである。


 そして悶絶の末、眠りに落ちたのだ。

 いったいどんな魔法的効果が働いたのかとフィネスは疑問だった。


 しかしカルディエは、あぁ、あれですね、と平然と応じた。


「ニュウの痛めていた膝を狙われたのは、不覚でした。情報が漏れてしまったのでしょう」


 カルディエがその顔に悔しさをにじませる。


「え?」


 フィネスは目をぱちくりさせる。


「私もさっきまで忘れていたのですが」


 カルディエが真顔で語り始めた。


 ニュウは3日前、酪農を営んでいる実家の牛の乳搾りのさいに牛に乗りかかられ、右膝を痛めていたというのである。

 骨折以外にも靭帯の損傷がひどく、治癒魔法を行っても十分に痛みが取れなかったという。


「厳重に布巻きを施しての参加だったのですが、直接その部位をやられては厳しかったみたいですわ」


「では……意識を失ったのは激痛で?」


「ええ。特別変なところはないかと」


「………」


 フィネスが顎にほっそりとした手を添え、思案する。

 そう言われても、フィネスはまだ、あの少年の不審さを拭えなかったのだ。




 ◇◇◇




 交代待ち時間中に第二学園が落ちたのを見て、イジンは舌打ちしていた。

 イジンの頭には、第一学園と第二学園が一緒にフユナを追い込んで始末するシナリオがあったのだ。


「役立たずが。次のペア準備しろ!」


 イジンの怒声に、鞭に打たれたように2人の生徒が立ち上がる。


「慄くな。あいつらはもう最後のペアだ。お前たちは予定通りただ時間を稼げばいい。耐え抜け」


 同じ相手との戦いは7分の時間制限がつくられている。

 その時間内で勝負がつかない場合は判定となるが、判定する教師は各学園からひとりずつ選出されているため、よほど優勢が明らかでない限り、多くは共倒れになる。


 そのルールを念頭に入れ、第一学園の次鋒は『ガンダル―ヴァ盾剣術』の4年生2人になっていた。


 次鋒はガードを固め、いざという時にこの強い駒と共倒れになれるカード。

 先鋒に強者を配置してくる他学園の可能性を考慮してのことであった。


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