第50話 連合学園祭5

 

 茶色の髪をボーイッシュに刈り上げた吊り目の女が、余裕に満ちた笑みを浮かべながら、二人の会話に割り込んできた。

 今話題に登った、4年生のミーヤだった。


 彼女は十年に一度の天才と言われる『ユラル源流剣術』の使い手であった。


 ユラル源流剣術を修め、超上級者に至ると『師範代』、『免許皆伝』、『指南者』の3つの位のいずれかが与えられるが、彼女はこの若さですでに『免許皆伝』を授けられている。


 いずれも『ユラル源流剣術』の道場を開く権利を有することから、相当な上段者と考えて良い。


「第三にいるから輝いて見えるだけで、うちに来たらただの三下よね」


「……そうかしら」


「いや、間違いなくそうだから」


 ミーヤは声音を変えた。


「第一と第三では生徒の質が全く違う。きっとスリンダクやあたしがあそこに行ったら、いきなりトップになっちゃうし」


 第一学園の層の厚さは、説明を待つまでもない。

 この若さで道場主の資格を得たミーヤですら、手合では3本指に入れないのである。


 しかし、それを聞いた脇のカルディエは視線を逸らし、人知れず鼻を鳴らした。


「それは昨年フユナに負けたひがみかしら」


「なにか言った? カルディエ」


「いいえ、なんでも」


 カルディエがおほほ、と上品ぶって笑う。


「そもそもリンゲルの魔法からは逃れられるのかな。亜流のあなたたちは逃げるのがお上手だから、大丈夫かとは思うけど」


「………」


 フィネスとカルディエは嫌味の混じったミーヤの言葉を軽く受け流した。

 ミーヤの言う通り、第三学園は先程から〈眠りの闇雲スリープクラウド〉に抵抗できず、屈している。


 先鋒の古代語魔術師リンゲルはまだ成長しきっていないものの、【抵抗減弱】のユニークスキルを持ち、相手の抵抗レジスト確率を実に30%も下げてしまうのである。


 加えて、そのペアたるニュウは2年生でありながら『反響師』というバッファー系希少レア職業の持ち主であり、パーティメンバーの魔法の威力や成功確率を常時向上させるスキル【成功率上昇】を持っている。


「しかもあの金髪女のペア見た? 右も左も知らない一年生だっていうじゃん。もう第三には組みたがる相手自体がいないのよ」


 アッハッハ、と大口を開けて笑うミーヤ。


「そうなのですか」


 フィネスは言葉を控えた。

 これ以上何を言っても、無駄と感じていた。


 ミーヤはひたすら、フィネスやカルディエに言い返したいだけなのだ。

 二人に負けて大将になれなかった自分の実力を認められずにいるのだと、フィネスは理解している。


「………」


 フィネスは耳の前に落ちた黒髪を背に送りながら、視線をミーヤから少し上にずらし、あの凛とした顔を思い出す。


(フユナ……)


 審判の説明を聞いていた時、フユナと目が合った。

 絡んだ視線の中で彼女が語りかけてきたのは、ただひとつ――。


「……来ますわフィネス様」


 その言葉と同時に、わぁぁ、と歓声が上がった。

 第三学園のエントランスから、フユナとそのペアの少年が飛び出してきたのだ。


 しかし、多くの観戦者が予想していただろう。

 第三学園のエントランス前に灰色の雲が展開されるのが見えた。


 再三に渡る〈眠りの闇雲スリープクラウド〉である。


 フユナとそのペアの少年は、どうしてもそのもやに突っ込む形にされてしまう。

 シンプルだが、これが第一学園が想定していた勝利の方程式であり、ハメ技であった。


【抵抗減弱】と【成功率上昇】のかかった眠りの魔法からは、第一学園の教師たちとて逃れられなかったくらいである。


 その威力を証明したと言えるだろう。

 靄の中で、髪を揺らしながら大将の一人が崩れ落ちるシルエットが見えた。


 気づいたリンゲルとニュウが、にやりとする。


「――ふ、フユナ!?」


「やられましたわ!」


 その動きが女性に見えて、フィネスとカルディエが険しい表情になる。


「はい終了。笑止だわ、第三学園」


 見て取ったミーヤが、口元に手をやって笑い出す。


「……くっ、終わりですわ」


「待ってカルディエ。まだあの少年が」


「フユナがやられましたわ。間違いなくあの少年も」


「いえ、まだです」


 あきらめきれないフィネスは、靄を見透かさんと必死に目を凝らす。


 その時。


 第三学園の観客席から、わぁぁ、と大歓声が上がった。


「……え?」


 ミーヤの笑いが凍りつく。


 なんと黒髪の少年が、靄から飛び出してきたのだ。

 スキップで。


「す、スキップ!?」


 フィネスとカルディエも驚愕する。


「……れ、抵抗レジストしただと!?」


 勝利を確信していたイジンも、現れた少年に目を瞠った。


 しかし少年は戦う気すら見せず、晴天の中、ほがらかにスキップしている。

 気づいたリンゲルとニュウが動転しながらも、そんな少年に向け、次の詠唱をと構える。


 その瞬間。


「イァァァ――!」


 闘技場に、凛とした居合の声が響き渡る。

 灰色の霧の中から、ブロンドの少女が飛び出してきた。


 倒れたはずのフユナである。


「――ふごっ!?」


 少年に気を取られ、靄に背を向けていたリンゲルは不意をつかれた。

 振り返った瞬間、胸を突かれて「く」の字で吹き飛ぶ。


「……まさか」


「囮……?」


 フィネスとカルディエがここで初めて、少年のスキップの意味を知った。


 突きの姿勢から戻ったフユナはすぐさま地を蹴り、ぐん、と方向転換。

 返す刀で、もうひとりの第一学園の『反響師』ニュウを打つ。


「ぐあっ!?」


 袈裟で打たれたニュウは、やられた左肩を押さえ、ふらつきながら一歩、二歩と後退る。

 苦悶の表情で膝をガクガク震わせながらも、ニュウはなんとか立っていた。


 わずかとはいえ、後ろに飛び退いていたのが功を奏し、ダメージを軽減させていたのだ。


 しかし。


 そんなニュウの背後に、いつの間にか黒髪の少年が立っていた。

 少年は、膝カックンを入れた。


「――うぎゃぁぁ!?」


 見かけとは裏腹の、予想だにしない、ニュウの壮絶な悲鳴。


 ニュウは呻きながら、七転八倒する。

 打たれた左肩ではなく、カックンを入れられた右膝を押さえて。

 

 しかし苦悶していたはずのニュウは、何がどうなったのか、突然眠ってしまった。


「ど、どういうこと?」


 フィネスとカルディエの驚きが止まらない。

 ただの膝カックンからの変化が、二人には全く理解できなかったのである。


 よもやそこに、未知の上位元素適性【混沌】が関わっていようなどとは。


 審判と司祭も怪訝な顔をしながらも、駆け寄ってくる。


「1、2、3……」


 カウントが始まると、観客席がどよめき始めた。

 たった数秒で第一学園の2人が倒されてしまった事実を、観客達はここにきてやっと理解していた。


「おおぉー!」


「フユナ最高だぁぁ!」


「フ・ユ・ナ! フ・ユ・ナ!」


 一気にボルテージが上がった第三学園の観客席から、大歓声が上がった。


「8、9、10!」


 ダウンカウントが終了し、第一学園先鋒の退場が確定した。


「――よっしゃぁああ! 最高だ!」


「ぃやったぜぇぇ!」


「さすがフユナだ!」


 第三学園待機スペースでは、教師ゴクドゥーがウォルやビスケら戦い終えた者たちとハイタッチを交わしていく。


「きゃぁあやっつけたぁぁ!」


 最後に教師マチコが涙で濡れ濡れのまま、ゴクドゥーに抱きついた。


「お、おおぅ」


 さすがの教師ゴクドゥーも戸惑う。


「あいつら、やってくれるじゃねぇか!」


 そんな横で【斧使い】ヘノッホが、歓喜のあまり吼えている。


 闘技場内では、黒髪の少年が最高の笑顔で観客に手を振っている。

 そんな後頭部を、ポカッと殴られる。


「あだっ」


「こんな所まで来て遊ぶなバカ! ちゃんと戦え!」


「あ、ハイ」


 フユナがそこで少し間を置くと、声のトーンを落として言葉を続けた。


「……だが、感謝する。よく起こしてくれた。ここまできて大恥を晒すところだったぞ」


 小声になったフユナの言葉は、少年だけに届いていた。


「いえいえ、これが本業ですんで」


「本業?」


「こっちの話ですよ。それに先輩なら起こさずとも、カウント前に起きたと思います」


 少年が小さく笑った。




 ◇◇◇




「こんな所まで来て遊ぶなバカ! ちゃんと戦え!」


 フユナの怒鳴り声が、第一学園の待機スペースまで聞こえてきた。

 それで、あの少年のスキップが作戦にないものであったことをフィネスたちは理解する。


「………」


 呆然と立ち尽くしたしたまま、言葉が発せられない、第一学園待機スペース。


「あの少年、よくわからないのですが……」


「わ、わたくしもです」


 フィネスとカルディエがやっと、それだけを言う。


「あの少年、少なくとも眠らなかったですわ」


「そうですね……木刀を持っていても、魔法抵抗の高い後衛職なのでしょうか……」


 一般に前衛職、もしくは近接職と呼ばれる職業は物理防御に長け、魔法防御は低い。

 逆に後衛職は魔法防御が高く、物理防御を上げることが出来ないものが多い。


「第二学園が入って来ますわ」


 第二学園のエントランスに、副将の二人が立っていた。

 第二学園も残すところあと2つのペアとなっている。


 こちらは魔物を使役する職業「調教師」がふたりで、エントランスから現れるや、獣を目の前に呼び出した。

 闘技場の周りに配置され、手持ち無沙汰そうにしていた兵士たちがとたんに武器を構え始める。


「ガルルル……」


 現れたのは口に収まりきらない牙を持つ巨大虎サーベルタイガー、もう一体は丸太のような腕をもつ巨大熊グリズリーであった。


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