第53話 連合学園祭8

 

「……フィネス様」


「気づきましたか」


「はい。今のはちょっと」


 フィネスとカルディエは同じことを不審に感じていた。


 あの少年の【 盾の衝撃シールドスタン】からの回復が異様に早かったのだった。


 スタンは確かに抵抗可能な状態異常攻撃ではある。

 抵抗すれば効果時間は半分にできるが、言うは易し、それ自体はなかなかどうして難しい。


 魔法抵抗と違い、体力や筋力、敏捷を含めた各ステータスの値が抵抗に関わり、それらの数値が軒並み高くないと抵抗できないのである。


 それゆえ、八階級目となる【准尉】以上しか入隊できない禁軍に属するような存在であっても、部分抵抗ですら難しいとされているのだ。


【ガンダルーヴァ盾剣術】が盾剣術最強とされているゆえんである。


「まさかあの少年、スタンに抵抗できることを見越して……?」


 フィネスが軽く青ざめて言う。


「そして盾に貼り付いて、ですか?」


「考えられませんか」


 カルディエは眉をひそめた。


「でもフィネス様、スタンに偶然抵抗できる確率は、ご存知ですよね」


「………」


 フィネスはカルディエが言わんとすることが理解されて、視線を逸らした。


「フィネス様」


「部分抵抗でも5%以下です」


「なのに、抵抗できると見越して動いたと?」


「……そうですね。信じがたいです。でも」


 フィネスは引き下がらなかった。


「もし抵抗できる力を持っているとしたらどうでしょう?」


「……抵抗できる力?」


「なにか、特殊なスキルか何かで。だっておかしいです。眠りにもスタンにも偶然抵抗するなんて」


 フィネスの言う通り、もしそれが偶然だとすれば、三十分の一を引き当て、さらに二十分の一も引き当ててみせたということになる。


「でもそんな事が可能だとしたら、かつての勇者たちでもありえなかったような貴重な人材ですわ」


 カルディエが一笑に付そうとする。

 しかしフィネスは真顔で言葉を続けた。


「それ、どこかで聞いたことがあると思いません?」


「……え?」


 カルディエが真顔に戻される。


「本当に貴重な人材なのかもしれませんよ」


「……フィネス様?」


「あり得ないお方が学園の生徒に混ざって……」


 フィネスが闘技場に目を向ける。

 初めて、違う呼び方をしていた。


「フィネス様、あり得ないお方とは……」


 その時だった。


「――うぎゃあぁぁ!」


 闘技場で再び、地獄から響くような悲鳴が上がった。

 二人が立ち上がり、闘技場内に目を向ける。


 残っていた第一学園の次鋒、青髪のイケメン、アントニオがお尻を押さえてうずくまっていた。


「どうしたのですか」


「あの少年に、尻をやられたわ……」


 ミーヤが歯噛みしながら、二人に説明してくれる。

 フユナからの猛攻を防ぎ続けていたアントニオであったが、その背後に回っていた少年が木刀で尻を叩いたのだ。


「ま、また狙われた……?」


 カルディエが呆然となりながら呟いた。


「……また?」


 フィネスが訊ねる。


「アントニオは3日前、実家の手伝いでサイの乳搾りをしている時に別のサイに襲われ、角でお尻を突き刺されて、持ち上げられてしまったのです」


 治癒魔法をもらったが、損傷がひどく激痛が癒えることはなかったという。

 出場も危ぶまれたが、本人の強い希望により痛みをおしての出場であった。


「そ、そんな嘘みたいな話が」


「実話ですわ、フィネス様。ひた隠しにしていたのですが……いや、これはさすがに偶然ですわよね……?」




 ◇◇◇




「第三学園を相手になにをやってる、このバカども! しかもひとりはどうしようもない阿呆だというのに!」


 悪態をついたのは、他でもない、第一学園の教師イジンであった。


 当然と言えるだろう。

 第三学園の大将ペアはあろうことか、第一学園を2組撃破し、今や第二学園の大将と戦い、打ち破らんとしているのである。


「4対2にできるチャンスをふいにしやがって! 第二が不在の間でうまくやられたんだ! 見ろ! お前らクズのせいで、もう第二がいなくなるではないか!」


 イジンの声は怒りのせいか、震えていた。


「はぁ。第二とかどうでもいいでしょ。どうせフユナごときにはやられないし」


 ため息混じりに呟いたのはミーヤだ。

 もちろん、イジンには聞こえないようにしている。


「お前まではいかねぇよ。なぁ先生、俺を他の連中と一緒にしねぇでくれや」


 脂肪が危険なほどについた、でっぷりとした巨体の生徒が丸太のような棍棒を背負いながらイジンを振り返る。


 その自信満々の言葉にイジンが嬉しそうに頷き、スリンダクの耳元でささやいた。


「スリンダク、頼むぞ。好きなように暴れてこい」


 その言葉に、スリンダクがぴくり、と眉を揺らした。


「……好きなように? 部位攻撃しなくていいのかよ」


 棍棒の使い手は少なく、武器変更について学園祭での規定がない。


 スリンダクの場合は普通の棍棒より二回り以上大きく、明らかに危険なため「必ず四肢を狙う」という部位攻撃を暫定的な条件として出場を許可されたのである。


 イジンが厭らしい笑みを浮かべて頷く。


「もうなんでもやってしまえ。第三なんぞ、多少後遺症が残っても、俺の力で有耶無耶にしてやれる」


 スリンダクの丸い顔がにんまりとする。


「そりゃありがてぇ。なら遠慮なくぶちのめしてくるか」


「期待しているぞ」


 イジンがスリンダクの肩を叩きながら、二人だけで忍び笑いを漏らしていた。




 ◇◇◇




「……9、10!」


 大歓声が響き渡る。

 第二学園の大将が、フユナたちのペアに敗れ去ったのである。


 当初、大きく盛り上がっていた第一学園・第二学園の観客席は、いつの間にか声が無くなっていた。

 それとは対照的に第三学園の観客席は、大フィーバーしている。


 それも当然だろう。

 逆境からの連破ほど、観客を盛り上げる余興はないのである。


「いいぞフユナ!」


「サイコーにかっこいいぞー!」


「そのまま全部倒し続けろー!」


 大声援に、黒髪の少年が笑顔を浮かべ、両手を上げて応える。


「いや、お前じゃねぇ―!」


「サクヤちゃんと働けー!」


 応援が罵声に変わる。


 それでも、少年サクヤの顔には、小さくない笑みがたたえられていた。

 まるでこの状況が理想的だとでも言わんばかりに。


「へっへっへ。やっと俺様の出番だぜぇ」


 やがて制限の1分が過ぎて、第一学園の中堅のペアが闘技場に姿を現した。

 第一学園はここで4年生のスリンダクを投入してきていた。


 入学自体が遅く、現在の年齢は21歳。

 生まれつきの巨漢で、身長は2メートル超あり、体重は140kg。


 筋肉質と言うよりは贅肉で固めたような体つきで、鈍重そうである。

 が、実際の重量の半分程度しか体感しないスキル【重量半減】を持っているため、機敏な動きで意表をついてくる男であった。


 なお、昨年はフユナに手数で負けたため、今年は再戦を誓っている。


「よう、また会ったなぁフユナ! 俺のこと覚えているかよ」


 フユナは無言のまま、いつものように木刀を構えた。


 そんなスリンダクのペアとなっているのは、精霊使いの男、ニヒル。

 ニヒルは土の精霊への親和性が高く、相手を転ばせる〈土隆起スネア〉の魔法を連発することができる。


 転倒自体はそれほど恐ろしいものではないが、スリンダクを前にしながら、足元に注意を向けさせるニヒルの存在は大きいと言えよう。


「うわぁぁぁー!」


 そんな二人を前に、ちょうどいいカモがネギを背負ってやってきた。

 先陣を切るのは、例によって黒髪の少年だった。


「あの少年ですわ!」


「またなにか仕掛けるつもりです」


 フィネスとカルディエが目を凝らす。


「ま、待て、サクヤ! いいかげんに――」


 少年はフユナの静止も聞かず、両手をぐるぐる回しながらスリンダクへと突進していく。


 当初はフユナに注目していたスリンダクとニヒルだったが、愚かとも言えるその決死の突撃に、視線を移す。


 そこでフユナがはっと悟った。

 自分が、ノーマークになったことに。


 この『連合学園祭』に参加して、かつて一度もなかった出来事。


「……連なる大地に潜む者、強き力を我に貸し与えよ」


 真っ先にニヒルの口元が動き始める。

 見る者が見れば、それは精霊魔法の詠唱の一つだと知ることができよう。


 そこで黒髪の少年がまた口元だけでニヤリと笑った。

 同時に、駆けていく速度が一瞬、ぐん、と上がる。


 しかしそれは一瞬だけで、すぐに戻った。


「……い、今!」


 目を凝らしていたフィネスが、はっとして指をさす。


「は、速さが、いえ、今……笑いませんでした?」


「え?」


「まさか、見えなかったのですか、カルディエ」


「何がでしょう」


 カルディエは、わかっていなかった。


「――まずてめぇからだ!」


 スリンダクがにやりと笑う。

 そしてふんぞり返るほどに、棍棒を振りかぶった。


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