第40話 探される人物2

 

「ご挨拶に行った相手の新郎新婦にケンカ売ってくるとか、世界中を探してもありえませんからね!」


「そ、それは……」


 それを初めて耳にした時のカルディエの驚愕たるや、かつてないものだった。


「……でもカルディエ、どうしてもアラービス様の応対が許せなかったのです。あなたもあそこにいたとしたら、きっと同じように感じたと思いますよ」


「私は相当惚れにくいたちなので大丈夫ですわ」


 おまけにどこかの王女様のように感情豊かではありませんので、とカルディエが大きな胸の下で腕を組み、付け加えた。


 サクヤという人物を探すにあたり、まず思いつく手がかりは勇者アラービスと聖女ミエルであった。

 サクヤが襤褸を着たまま挨拶に行こうとしたことからも、ふたりの知り合いに間違いないからである。


 アラービスやミエルに直接訊ねられたら良かったのだが、あんなことをしてしまった以上、フィネスはもはや二人に顔など合わせられない。


 そこで 王族護衛特殊兵ロイヤルガードカルディエを含む王国裏特殊部隊スペシャルフォースの数名を拝借し、その詮索にあたらせた。


 長年見つからずにいた第二王女の婿候補とあらば、王国も助力を惜しむはずがなかった。


 しかしここで問題が起きた。


 手がかりのひとりたる聖女ミエルが、婚姻を結んだばかりの夫たるアラービスを置いて、リンダーホーフ王国・王宮から忽然と姿を消したというのである。


 かの王宮はあの手この手でその不在を隠そうと躍起になっているが、抜け殻のようになったアラービスを見れば、それは誰の目にも明らかだった。


 もちろん脱け殻アラービスから情報を取れるはずもなかったので、王国裏特殊部隊スペシャルフォースたちはしかたなく、聖女ミエルを捜索する傍ら、独自網でサクヤという名の独身男性を洗い出したのである。


 そんなふうに探し始めて約5ヶ月が過ぎていた。


「カルディエ、早くサクヤ様のことを」


「わかりました。こほん。えー、あー、えー」


 付き合いが長いだけに、カルディエも無駄に咳払いをするとか、相当に意地悪である。

 フィネスが軽く口を尖らせたのを見て、やり過ぎたと思ったのか、カルディエがやっと口を開いた。


「お一人目は36歳。恰幅の良い商人の男ですわ。名はサクヤ・エブランテル・リピッド二世。爵位を持っており、かの街で塩の取引を専門にやっています」


「36には見えなかったのですが……お顔立ちは?」


「太っていますが、あごひげを蓄えられ、それなりにイケメンかと」


「あごひげ………?」


「そちらには年月かけてらっしゃる印象です。ちなみに体格もまるまるとして――」


「――次」


「あ、ハイ」


 フィネスは早々に切り捨てた。

 カルディエはミニスカートのポケットから、そそくさと次のメモを開く。


「お二人目は、リンダーホーフ王国『赤の槍騎士団』に属する騎士ですわ。年齢は33歳。サクヤ・リーヴァッハ・ルーブル。槍使いですが、先日の北の蛮族との戦いで戦闘が怖くなり、今年には衛生上等兵に降格する見込みだとか」


「……一応、お顔立ちを聞いても?」


「痩せこけた顔立ちで、左頬に親指ほどのやけどの跡があります」


「次」


 失望を隠すように、フィネスは伏し目のまま紅茶のカップを口元に運んだ。


「あ、ハイ」


 カルディエは最後のメモを取り出し、フィネスの顔をちらりと見て、にやりとした。


「なにを笑っているのですか」


「くふふ……最後は、22歳!」


「………!」


 フィネスがはっとした。

 そこで彼女も、前の二者がただの盛り上げ役だったことを悟る。


 カルディエはこの3人目が最初から当たりだとわかっていたのだ。

 ほんと意地悪ね、とフィネスは思う反面、胸の高鳴りを抑えられなくなる。


「たぶんこの方だと思いますよ……若くしてすでに『導師級魔術師』です」


「……ど、導師級……!?」


 フィネスの顔がぽっと赤く染まる。

 彼女の記憶では、確かにサクヤはローブのような布服を身にまとっていた。

 なにかの戦いの後だったのか、ボロボロで衣服と呼べる状態ではなかったが。


『導師級魔術師』とは第三位階までの古代語魔術をすべて修めた者を指し、魔術指導者としての資格を持つ希少な存在である。


 魔術師を志す者たちの憧れの的であり、冒険者のあいだでは取り合いになる存在でもある。


「どうしましょう……あんなに気さくでありながら、そんな優秀なお方だったら……もう私……」


「どうします? どうしちゃいますの?」


 カルディエがニヤニヤする。


「……さ、最後まで教えて、カルディエ」


 フィネスは黒髪に指を通し、染まった頬をごまかしながら、カルディエを見る。


「はい。名前はサクヤ・ゲハバネル・サントン。土系古代語魔術師です。冒険者として稼ぐ傍ら、西の商店街近くの魔術師養成塾で働いています」


「お顔立ちは」


「黒髪のイケメンですよ」


 カルディエが間違いないでしょう、と言いながら微笑んだ。


「く、黒髪! ……今すぐ王宮に招聘して」


 フィネスは頬を赤らめたまま、即座に言う。


「そうおっしゃると思って、招聘済みでございますわ」


 カルディエが立ち上がりながら、ニヤリとする。


「――う、うそ!? もういらっしゃって?」


 フィネスががたん、と椅子を鳴らしながら立ち上がる。


「はい、客人の間で丁重にお待ち頂いておりますわ」


「………!」


 フィネスはあまりの嬉しさに、軽くふらついた。


「ちょ、ちょっと! こんな格好じゃお会いできません! すぐにメイドたちを呼んで! いえ、その前に湯を! 湯浴みし直します!」


 フィネスが自分を見て、嬉しさの笑みのまま、慌てる。


「そうおっしゃると思って、すでに湯は用意してありますわ。ちょうどよいので、わたくしもご一緒しても? 走り回って疲れてまして」


「もちろんよ。その間にもっと殿方のことを」


「わかっておりますわ」


 二人の少女は早足に、しかし王宮の人間らしく、気品を保ったまま地下の大浴場へと向かう。


「まさか、導師級の魔術師様だなんて……」


 フィネスはサクヤの放つ雰囲気から、もっと庶民的な職業の人間なのだと思っていた。

 勇者アラービスと聖女ミエルとは幼馴染で、挨拶に来たところをちょうどお会いしたのだと考えていたのだ。


 そんな才に溢れた方だったら、私、もう……。


「あ、言い忘れてましたわ。そういえばもうひとり、サクヤという人物が」


 そんな思考を、カルディエが打ち破った。


「……もうひとり?」


 フィネスが驚いて脚を止める。


「ええ。リンダーホーフ王国ではなくて、このリラシスなんですが」


「この国に?」


 フィネスが長い睫毛を揺らして、目をぱちぱちさせる。


「はい。サクヤという者が第三国防学園に通っています」


「第三……フユナのところね。でも学園生徒だと何歳くらいかしら。殿方は4つか5つは年上に見えたのだけど」


「つてから聞いたところによると、12歳で一年生。周りからは『うんちを漏らす男』と呼ばれていると」


「………」


 さすがに沈黙が流れた。


「……お、お腹が弱い方もいますから、そんなことで軽蔑はいけません」


 フィネスはとっさに言った。

 カルディエが失礼いたしました、と小さく頭を下げる。


「確かにこの国に流れていらっしゃっている可能性はあるかもしれませんが、いかんせん年齢が……」


「さすがに12歳はありえませんかしら」


「そうね。その少年はマークから完全に外しましょう。もう見つかったわけですし」


「わかりました」


 カルディエはそのメモ書きを千切ると、通りすがりの世話係に捨てるよう手渡した。


「さぁ、気合い入れて準備するわ。手伝ってくださいね、カルディエ」


 フィネスが笑顔に戻る。


「もちろんですわ! 一目惚れで落としてみせてくださいませ」


「うふふ。二度目なので二目惚れですけれど……今日が人生最大の勝負になります」


 二人は女の気合を入れ直すと、意気揚々と大浴場へと入っていった。


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