第二部

第39話 探される人物1

 

 剣の国リラシス。

 紅の王宮二階、第二王女自室内、水の間。


 午後の柔らかな陽射しが、室内に差し込んでいる。

 小鳥たちが、周囲に植えられた木々で楽しげにさえずっている。


 コン、コココン。


 扉を決められた合図でノックする音が響く。

 フィネスは口にしていた紅茶を、誰も見ていないにもかかわらず、作法通り上品にテーブルに戻すと、立ち上がってスカートを直し、自室の扉を開けた。


 そこには、フィネスが予想した通りの人物が立っていた。


 赤毛の髪をボブカットにした、銀色の重金属鎧フルプレートを着た少女。

 『ユラル亜流剣術』の第二の継承者。


「フィネス様、遅くなりました」


「戻りましたか、カルディエ。紅茶でいいかしら」


「お気遣い嬉しゅうございます。ぜひ聞いて頂きたい知らせが」


 背中で聞いたその言葉に、フィネスは期待が先走るのを抑えられなかったが、そうですか、と穏やかに告げて、外面だけは体裁を整えた。


「座って」


「では失礼します」


 カルディエをいつものように、テーブルを挟んだ向かいのソファーに座らせると、フィネスはスカートを小さく持ち上げながら、先程まで座っていた椅子に腰を下ろす。


 そして伏せてあったカップを立てて、ティーポットに入っていた紅茶を注ぐと、白い湯気とともに良い香りが室内に広がった。


 この陶磁器のポットには、やすやすと冷めないよう、古代の付与魔法エンチャントの力が宿っている。


「どうぞ」


「戴きます」


 カルディエが目を閉じ、上品な仕草で、紅茶を味わう。


「………あー美味しいですわ。もう少しお砂糖頂戴しても?」


「相変わらず甘党ですね」


 砂糖を足したカルディエがうぅーん、絶品、と唸る。

 その間、フィネスはその背中までの黒髪に手櫛を入れたり、お気に入りのネックレスに触れたり、爪を整えたりとなんとなく落ち着かない。


「それで……知らせとは、サクヤ様が?」


 カルディエが口にしたカップを下ろすまであと少しだというのに、フィネスは待ちきれずに訊ねた。


「はい。数名、その名の独身男性が見つかっておりますわ」


「………」


 フィネスは、顔がほころぶのを抑えられなかった。

 それを見たカルディエが、にやっとする。


「……どうして笑うのですか」


 フィネスがジト目をする。


「いえ、あのフィネス様がここまで男性に入れ込むとか、初めて見るものですから」


「私だって男性には興味があります」


「でも、すでに三桁の男性をご否定なさってますわ。全部一瞥ですからね、一瞥」


 14歳になってから『政略結婚ではなく、愛し合った結婚をしたい』と公衆の前で宣言したフィネスには、その美貌もあって各方面からの縁談が絶えなかった。


 一躍、時の人となり、この国でも知らぬものなどいない存在になったフィネスだったが、それと同時に有名になったのは、彼女がとてつもない高望みだという噂であった。


 事実、フィネスは300人以上の男性からの申込みを例外なく退けてきた実績がある。


「心から愛せる人と結婚するのが、小さい頃からの私の夢ですから」


 フィネスは口元に手を当て、上品に笑ってみせた。


 第二王女たる彼女は本来、政略的な結婚を余儀なくされる立場にある。

 しかし、国王たる父エイドリアン八世との幼い頃の約束ゆえに、彼女はそれから自由でいられる。


「誉れ高き『ユラル亜流剣術』の継承者となったならば、結婚相手は自由に決めてよいぞ! ハッハッハ」


 国王エイドリアンはある日、剣術を習い始めた4歳のフィネスを見て、そんなことを呟いてしまった。

 幼いながらも、フィネスはそれを聞き逃さなかった。


 彼女はそれから剣術に励み、優れた友から学んでその才能を開花させた。

 そして本当に、『ユラル亜流剣術』の継承者となってしまったのである。


 国王エイドリアンの笑いが凍りついたのは言うまでもない。

 その一方で、決心してそれを実行できてしまう彼女の行動力、およびその才能も素晴らしいと言わざるを得ない。


「でもフィネス様をそこまで虜にする男性なんて、私もすごく興味がありますわ」


「………」


 なにげなく言い放たれたカルディエの言葉に、フィネスの目が研ぎ澄まされる。


「………」


「あらやだ冗談ですわ。異性としての興味ではありません。フィネス様」


 カルディエが笑って取り繕う。


「冗談には聞こえませんでした」


「いえ、どうみても冗談ですわ」


 人格者として知られるフィネスだが、扱うのが苦手な感情がある。


 嫉妬である。

 それはひとえに恋愛したことがなく、ここまで強くなにかを欲した経験が無いからと言って良い。


「ねぇカルディエ。そろそろ焦らさないで教えてください。ずいぶん待ったのですから」


 フィネスが話を戻す。


「でも元はと言えば、話をややこしくしたフィネス様が悪いんですわ。聖女ミエル様が唯一の情報源でしたのに」


「………」


 フィネスはばつが悪そうに、足元に視線を落とす。


「ご挨拶に行った相手の新郎新婦にケンカ売ってくるとか、世界中を探してもありえませんからね!」


「そ、それは……」


 それを初めて耳にした時のカルディエの驚愕たるや、かつてないものだった。

 絵師を呼んで、絵に残しておきたいと思ってしまうほど、まれにみる姿だったと言えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る