第41話 近づいてきた出番!

 

 外に出れば空気は澄み、痛いほどに差していた陽射しは秋らしい柔らかなものに変わっている。


 暦は10月。


 今日、僕たちは2年生とともに団体で近くの森に来ている。

『遠隔実技』と『薬草学』の合同実習で、朝からうさぎ狩り班と薬草採集班に分かれて実習しているのだ。


「やったー、当たったわ先生!」


 肩までの茶髪を揺らし、スシャーナがガッツポーズを決める。


「あらすごい、よくやったわね」


 午前、僕たちはエルフの女の先生から『遠隔実技』を習っている。


 なお、『遠隔実技』とは、非魔法物理攻撃による遠距離攻撃を練習する授業だ。

 使うのは主にナイフの投擲や、弓。


 第一スキルツリーにあった弓や投擲は、1/10しか持っていなかったので、僕は全く得意じゃなかった。


「やったー当たらねー」


「アハハハ」


 だが、この授業は好きだ。

 脇役らしさを全力でアピールできて、ちょうどいい。


「サクヤン、一緒にお弁当食べよー」


「あ、自分もご一緒させていただきますっ!」


 昼になると、気の合う仲間で遠足のようにお弁当を広げる。


 ちなみに狩ったウサギは寮の食堂で調理してくれることになっている。


 午後。


「足元に気をつけてね〜。魔物は上級生が対処してくれるけど、気を抜かないように〜」


 ピンク髪のマチコ先生の気が抜けるような、しかしすっかり聞き慣れた声が森に響く。

 僕たちは薬草採集班になって、足元を見ながらうろうろしている。


「ありましたっ!」


「おお、ナイスピョコ」


「よく見つけたねー」


 特に指定されたわけではなかったけど、昼食をともにしたスシャーナとピョコと僕は、そのまま一緒に薬草を探していた。


「おお、これは!?」


 メガネを上げて、驚きながらピョコの差し出した薬草を覗き込んだ人物。


 実習支援で参加してくれている、韓国風四年生。

 伍長ゲ=リ。


「シチリンソウだ。素晴らしい発見だよ」


「……す、すごいんですかっ?」


 ピョコが目をぱちぱちさせる。


「先輩、どんな効果があるの?」


「七種の状態異常をわずかだけど回復させる効果がある。これはこの一本で2銀貨になるという噂だ」


「ひゃ!?」


 ピョコが目を丸くする。


 いや、そんなに高くは売れない。

 どこから聞いたよその噂。


「すごーいピョコ! おめでとう」


「あ、ありがとうございますっ!」


 スシャーナとピョコが両手を取り合ってぴょんぴょん跳ねている。


 盛り上がってしまい、僕からは言えたものではない。


「あとで学園で換金してもらえるよ。良かったね」


 歯を輝かせて、ゲ=リ先輩がにっ、と笑う。

 こんなふうに、ゲ=リ先輩は僕たちにはすごく優しく接してくれる。


 だから、みんなゲ=リ先輩が大好きだ。

 どんな事情があっても。


「ゲ=リ先輩、金額までよく知ってますね」


 僕の言葉に、先輩は、フッと笑う。


「いやだな。こんなの僕のスカラークラスでは常識なんだよ。この薬草を研究しているクラスメートだっている」


「………」


 一瞬間があいて、慌てたように、おおー、と皆が拍手した。


 ご覧の通り、ゲ=リ先輩は自分が漏らし屋イエローであることをひた隠しにしている。


 僕ら全員に気づかれているとも知らずに。


「そういえばゲ=リ先輩、もう卒業論文は終わったんでしたか」


「当たり前じゃないか。とっくに提出したよ」


 伍長ゲ=リが髪を掻き上げる。

 あとは先生方の評価を待つだけだという。


 卒論から解放され、ほぼ自由となったゲ=リ先輩は後輩指導が好きらしく、最近はよく来てくれる。


 さて、ここで一応、卒業について説明しておこう。

 国防学園卒業には二つの方法がある。


 ひとつは卒論で『優』以上をとること。

 もうひとつは卒業試験を受けて、筆記、実技ともに『良』以上を取ることだ。


 しかし、学生の実に9割が卒論での卒業を選ぶ。

 試験とは違った苦労があるが、合格しやすい上に、四年生ならいつでも投稿できて、試験当日に一発勝負をする必要がないからである。


 実際、10月にもなると大半が卒論を書き終えていて、卒業後の進路の準備に取り掛かっているという。


 ちなみに、生徒が書いた論文はどうなるかというと、まず年度末の3月に学園で一次査読を受ける。

『優』以上の評価を受けたものがエルポーリア魔法帝国にある魔法学院に提出され、二次査読を受けることになる。


 その後、魔法学院での繰り返し審査に耐えたものが学術論文として刊行されることになる。


 一応言っておくと、魔法学院のものと比して、国防学園の一次査読とは名ばかりだ。

 論文の9割以上が『優』の評価を受けるわけだし。


 その理由は至極簡単。

 論文を書く作業を、評価する先生自身が当初から手伝っているからだ。


 そういった理由で、バックアップしてくれている先生から提出許可が降りた時点で、卒業が確定すると言っても過言ではない。


「もうすぐ始まる『連合学園祭』も、大手を振って観戦できるよ」


 ゲ=リ先輩が僕の肩を叩いた。


「ありがとうございます。頑張ります」


 そう、あと数日で『連合学園祭』だ。

 僕とフユナ先輩は相変わらず、日々練習を重ねている。


 いや、変わったこともある。

 あれからフユナ先輩は必ず体育館裏を練習場所に指定するようになった。

 ただの好みの問題かもしれないが。


 ともかく、打倒第一国防学園は現実味を帯びつつある。


「小耳に挟んだけど、第一学園ではちょっと事件があって、有望な人材がひとり欠員するそうだよ」


「そうなんですかっ!」


「じゃああたしたちに有利になるのね!」


 ゲ=リ先輩の言葉に、ピョコたちがまた喜んでいる。


 ヴェネットの父たる第一国防学園・学園長、イザイ・リドニルーズは案外に賢明な人物だった。

 現在、ヴェネットは第一学園を長期停学になっている。


 噂によると、ヴェネットが第三学園の元友人に木刀でちょっかいを出したまでは、まぁ許される話だったらしい。


 しかし見知らぬ一般人に『ユラル亜流剣術』を使い、さらに殺意を持って真剣を抜いたことをイザイは問題視した。

 厳正な処分を期すべく第三者に調査を依頼し、その結果、ヴェネットを『一年の停学処分』としたという。


 この世界においても、一方的な他人の殺傷は咎められるべき行為であり、現場を自警団に発見された場合は捕らえられ、処罰対象とされる。


 処罰の程度は連れられる神殿によってまちまちだ。

 大地母神エリエルのように、理由なき殺傷を禁忌とする神殿に連れられれば、当然罪は重くなる。


 一方、戦の神ヴィネガー神殿ならば、再犯しないことと戦場に出ることを条件に軽い罪で終わることもある。


 しかし、もちろんこれは罪が完遂された場合の話だ。

 未遂の罪を咎める法は、僕の知る限りこの世界には存在しない。


 そう考えると、ヴェネットの『一年の停学処分』は重い。

 ヴェネットの真剣は僕にかすりもしなかったからだ。


 娘なだけにてっきりなかったことにするものだと思っていたが、十分すぎる措置にもはや誰も何も言わなくなっているそうだ。


 そんな理由で、今年の『連合学園祭』にヴェネットは参加できない。

 フユナ先輩もどうやらそれを知っているようだった。


「サクヤン。応援しているからね」


「ありがとう」


 スシャーナが僕の背中をとん、と叩く。


 僕とフユナ先輩のコンビは学園内予選なしで本戦参加が決まった。

 それはひとえに昨年のフユナ先輩の活躍ゆえだろう。


 一年生で参加するのは僕だけになったから、少し目立つけど、裏方をしっかりやるつもりだ。

 噂で聞く僕の評価は、実力的には一年生相応だが、フユナ先輩が鍛え上げてそれなりに成長したことになっている。


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