第32話 宿無しの刑!?

 

 フユナ先輩との鍛錬が始まって3週間が過ぎた。

 もはや日課となっている夕練。


 僕は今日与えられた型を覚え、フユナ先輩が出す課題をギリギリでこなす感じで木刀を振るっていた。


 三週間も打ち合っていると、さすがにいろいろと把握できた。


 ユラル亜流剣術の極意。

 その使い手たるフユナ先輩の剣の性格も。


 そんな中で、僕は見抜いていた。


 フユナ先輩には悪い癖があることを。

 それさえなければ、恐ろしく巧みな剣使いであることも。


 欠点を克服できれば、きっと僕が技術を仕込む必要などなく、フィネス第二王女など圧倒してしまうんじゃなかろうか。

 まぁ最強と呼ばれる剣姫の腕前を、僕は知らないんだけど。


 先輩は長年孤独に鍛錬を積んだだけあって、さすがに腕は確かだ。

 これなら……。


「そうだ、そこで連続の突きを混ぜろ」


「こうですね!」


「よし、じゃあ今教えたその3つの流れを駆使して、私を捉えてみろ」


「わかりました」


 僕は教わった通りに剣を振るい、フユナ先輩に迫る。

 木刀とはいえ、気をつけなければならない。


 意図しなければ、なにかを【粉砕】したり、上位属性攻撃の【混沌】を付与してしまうことはないことを確認しているが、気を緩めていると入りかねない。


 以前、「トロルの森」でフォレストキングコンドルを倒した後に近くの魔物を倒して、この上位属性攻撃【混沌】の効果を見たことがある。


 どうやらこれは状態異常【眠り】と魔法詠唱を阻害する【沈黙】を同時に付与する攻撃のようだった。

 MAX10のうち、まだ2ポイントしか入れていないのでほとんど発動しないが、これが常時発動とかになるとやたら強いだろうな。


 殴っただけで寝るとか、呪文を詠唱して、魔力を消費して眠らせる魔術師さんたちが台無しだ。


 もしかして、【闇の掌打】にものっていたのかも。

 ダメージなのか【混沌】なのかは不明だったが、山賊は倒れ伏していた。


「どうした? かすりもしていないぞ」


 フユナ先輩が意地悪な笑みを浮かべている。


「くそぉぉぉ――! ちょこまかと」


 フユナ先輩には極力当てない。


「ふむ」


「どうしました、フユナ先輩」


「気のせいかな」


 フユナ先輩が身軽に躱し、僕から距離をとった。


「どうしました」


「やはりお前と打ち合っていると、調子が良い気がする」


 それは気のせいじゃないんですよ。

 先輩の欠点を克服する方法、もう見つけてますから。


 しかしそんな折。


「……あふぁ」


 まずい、あくびが。

 退屈すぎるようだ。


 それは見た目的にもまずいと噛み殺す。

 さすがに失礼すぎる。


 なんとか我慢できたが、例によって目に涙だけが浮かんだ。

 それを見たフユナ先輩がくすっと笑った。


「それは悔し涙かな。確かに同情してしまうほどに当たらないな」


「ほざけぇぇー!」


 僕は両手を水車のように回してがむしゃらに突進し、ぶざまに叩き伏せられた。

 ここでやっと涙をぬぐい、負け犬らしくフユナ先輩を見上げる。


「サクヤ。戦いの最中には決して涙を見せるな」


「せ、先輩だって泣くことぐらいあるでしょう」


 僕はそれっぽく目元をもう一度拭ったりするが、もう涙はなくて嘘泣き感満載だった。

 幸い、そんな僕には気づかず、フユナ先輩はただ首を横に振った。


「私は泣かない」


「……ほんとに?」


「私は11の時に、もう二度と泣かないと誓いを立てた」


「11の……時?」


 断言したフユナ先輩がくるりと背を向けた。

 肩甲骨までのブロンドの髪がサラサラと風になびいている。


「……先輩?」


「泣くことなどない……断じて……」


 フユナ先輩が、独り言のようにぽつりと言った。


「何かあったんですか」


 僕は立ち上がりながら、問いかける。


「何もないさ」


 振り返ったフユナ先輩は、心なしか唇を震わせているように見えた。

 しかし湧き上がった感情を整理できていないのか、彼女の手は止まったままだった。


「やけに打ち合いたい気分になった。――本気で行くぞ」


 フユナ先輩がかつてない速さで、斬り込んできた。




 ◆◆◆




 そんなある日のことだった。


 フユナ先輩の鬼稽古が終わって帰ってきてみると、寮の大掃除があったようで僕が寝泊まりしているロビーには変わった無色の塗料みたいなものが塗られていた。


 どうやらこの塗料、埃を自浄する魔法がこめられたものらしい。


 通りすがりの先輩に聞いたところ、本来この『寮内塗料塗り』は春休み中に行われるのだが、その際にロビーに避難させた荷物を積んでいたことから、ロビーだけ今になったそうだ。


 僕は張り紙の前で立ち呆ける。


『塗料が固まるまで接触厳禁。本日立入禁止』


 と書かれている。

 掃除の方々は、ここが僕の住処だと知らないのだろう。


「……そうきたか」


 さて、どうするよ。

 ただの掃除ごときで僕、ピンチ。


 まあ今は夜でもそれほど冷え込まないから、外でもいいんだけどさ。


 あ、でも雨降ってきた。

 追い込み漁みたいになってきた。


「しかたない」


 背に腹はかえられぬ。

 玄関で寝よう。


 僕が今まで玄関で休むのを避けてきた理由は簡単だ。

 玄関には下駄箱が並んでいて、生徒たちの外靴がわんさか置かれている。


 とくに男子のそれが特有の臭いを放っているのだった。

 誰のか知らないが、なかには殺人的な威力を持つ靴も混じっているようだ。


 下手をすれば、朝までもたずにやられてしまうかもしれない。

 手洗い場で行水を終えた僕は、上げた【嗅覚】で玄関の様子を嗅ぎ取る。


「わかったぞ……」


 呟いた僕は、危険なエリアから距離をおいた下駄箱の上でごろりと横になった。

 どうやら危険な臭いは重たいらしい。


 いや、自信はないけど、そう信じたいというのもある。


「靴のニオイ、恐るるに足らず!」


「お前はそこで何をやっている」


「………」


【嗅覚】を抑えているのに、なんか、下からすごくいい匂いがした。


 見ると、腰に両手を当てて、僕を見上げている人がいる。

 黒いシャツの胸元で、白い双丘が深い谷間を作っている。


「いや、ここで寝ると、どんな気分かなと」


 フユナ先輩だった。


「降りろ」


「あ、ハイ」


 僕はそそくさと下駄箱から降り、1階から2階への階段のところでフユナ先輩と会話を始める。


 フユナ先輩は黒い丈の長いシャツと膝上の白いフレアースカートを合わせている。

 湯上がりなのか、ブロンドの髪は濡れていて色っぽい上に、黒いヒールを履いただけの素脚。


「……最初からそう言えばいいのに。そういうわけか」


 僕の話を聞いたフユナ先輩が腕を組み、張り紙のされたロビーに目を向ける。

 僕の行動の意味を理解してくれたようだ。


「お前は一応、パートナーだからな。困った時はお互い様だ。だが中を通ると……」


 フユナ先輩が独り言のように言った。


「……先輩?」


 フユナ先輩がくるりと背を向ける。


「土砂降りだろうが、仕方ない。私の部屋からロープを垂らすから、外から登ってこい」


「えっ……いいんですか」


「だから、困った時はお互い様だと言っている。それに、こんなところで寝て風邪でもひかれたら私が困る」


 背を向けて言うから、フユナ先輩がどんな表情で言ってくれているのかはわからなかった。



 ◇◇◇



 一応校則では異性の部屋に入ることは禁止されている。

 しかし前にも言ったように、僕たちはパートナーなので超法規的扱いになり、咎められない。


 ただ、いくら認められていると言っても、噂までは抑えられない。

 なのでフユナ先輩は寮内を通らず、外から上がってこいと言ったのだ。


 というわけで僕は今、土砂降りの中でたくさんの窓を眺めている。

 3階だとはわかっているけど、どの窓が開くかわからないからね。


 強く打ち付ける雨のしずくが、鼻先からぽたり、ぽたりと落ちている。


 でも雨は好都合だ。

 誰も、窓を開けて外を見ようとしないし。


 そうしているうちに奥から3番目の窓がガララ、と開いた。

 そこからロープが垂れたので、間違いないだろう。


 僕はひと目がないことを確認して駆け寄ると、そのロープを掴み、一気に壁を登った。

 いや、ロープ、いらないんだけどね。


「お邪魔します」


 室内に入るなり、すぐにふわっと柑橘の香りがした。

 部屋というものは初めて見たけど、白と黒の清潔感のある部屋だった。


「そこで靴を脱いで」


 フユナ先輩が窓を締めながら、小声で言った。


「はい。失礼します」


 見ると足元には白いバスタオルが二重になって敷かれていた。

 靴と靴下を脱ぎ、雨をたくさん吸って重くなったジャケットを脱いだところでフユナ先輩がコレを使え、とまた別なバスタオルを差し出してくれた。


「ありがとうございます」


「今着ている物も干しておくから出せ」


「あ、別にいいですよ」


「すぐ干さないと衣類は傷むのだぞ」


 フユナ先輩が手を出したまま、待っている。


 女性だな、と思った。


「ありがとうございます」


 僕は好意に甘えることにした。

 あ、もちろん自分の着替えくらいは持ってきたぞ。


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