第31話 ユラル亜流


 朝5時前。


「起きろ」


「……むにゃ?」


「き、貴様!? しがみつくな!」


 ――バチィィン。


 殴られた。

 寝ぼけたのが、運の尽き。


 まぁそれはさておき、朝は丹念に体の筋を伸ばしてから鍛錬に入る。


「それにしても、サクヤはやけに体が柔らかいな」


 座り、足を伸ばした僕の背中をグイグイと押してくるフユナ先輩。


「これだけが取り柄で」


【柔軟性】10は伊達ではない。

 柔軟な体は剣の威力も増してくれるし、なにより反射的な回避に融通がきくようになった。


「よし、お前は終わりだ」


 次は僕がフユナ先輩を押す番だ。


「押しますよ。オラオラ」


「くっ……」


 僕に比べれば、先輩もちょっとばかり及ばない。


「オラオラオラオラ――!」


「きっ、貴様! 第一関節だけでムニムニするな!」


「――ほぶぅ!?」


 肘打ちが痛烈だ。

 柔軟が終わったところでフユナ先輩が切ってきてくれた林檎を食べて、木刀を持つ。


「昨日の続きからだ」


 そうやって、朝の7時まで鍛錬が続く。

 朝は主に僕が動くにまかせて、フユナ先輩がその問題点を拾う作業になっている。


 それが終わると、起きたての生徒たちとともに寮の地下にある学生食堂で朝食をとるが、ここも隣にフユナ先輩がいる。

 朝の鍛錬で駄目なところを逐一指摘してくれるのだ。


 そして午前、午後の授業が終わると、フユナ先輩が教室に迎えに来る。


 放課後はフユナ先輩が習ってきたであろう剣を、僕に教えてくれる。

 習った感じは、威力よりも速さを追求する連続的な動きが多い気がした。


「先輩、これはどこの流派ですか」


 訊ねても、フユナ先輩は小さく笑うだけで答えなかった。


 でも僕には想像以上に楽しい時間になった。

 剣の道をずっと孤独に追い続けてきた僕にとって、誰かが考え抜いた剣の道というのは実に興味深かったのだ。


 夕食もフユナ先輩と一緒にとりながら、夕練のダメ出しと宿題を頂戴する。


「……ということだ。わかったな」


「はい。ところでフユナ先輩、訊きたかったんですが」


 僕は正面に座るフユナ先輩をまっすぐに見る。


「なんだ」


「どうしてそこまで『連合学園祭』に情熱を傾けているんですか」


「…………」


 フユナ先輩が視線を皿に落とし、静かにフォークを置いた。


「……学園の勝利のためだ」


「本当にそれだけですか」


「それだけだ」


「違うと思います」


 僕はどうしても、それだけだとは思えなかった。

 根深い何かが、そこにあるような気がする。


「昨年は二位でしたよね。先輩のおかげで『かつてないほど健闘できた』ってゴクドゥー先生が言ってましたよ。なのに、先輩だけはまるで大負けした人の顔だ」


「………」


 フユナ先輩が髪に呼吸させるように両手で指を通す。

 それが表情を隠すためのものだったのかは、わからない。


「よければ僕に話してもらえませんか。一年生ですし、こんなですから今は頼りなく映っているとは思いますが、お役に立てると思います」


「………」


 フユナ先輩は視線を合わせようとしない。


「先輩――」


「――先に帰る。また明日だ」


 フユナ先輩が席を立った。




 ◇◇◇



 今日はどんよりとした曇り空。


 今朝はフユナ先輩は来なかった。

 たぶん朝からダンジョン攻略するパーティがあると言っていたから、そっちに合流したのかもしれない。


 午前の授業はつつがなく終了し、昼休みになった。


 昼だけは学園内に設置された食堂で食べるか、購買で売られているお弁当を購入するか選べる。

 なお、学園側の食堂にはクエストを確認しにここの受付にやってくる学園OBの冒険者たちも立ち寄ったりしているので、案外に賑やかだ。


 お酒は出ないけどね。


 午前が実技だったせいでひどく空腹だったので、大盛りを注文できる学園内食堂で食べることにした。


 ……ひそひそ。

 ひそひそひそひそ。


 しかしひとりでいると、周りの視線が僕に集中しているのがわかる。


「あいつじゃね、フユナがパートナーにしたっていう」


「一年のくせに生意気だな……シメるか」


「バカ、シメたらフユナにバレるだろうが……殺されるぞ」


 別な方向から、違う会話が耳に届く。


「あ、あの子じゃない? フユナ先輩が付き合ってるって噂の」


「うそー、あんな年下好きなんだ。でもかわいいかも」


 さらに別な方向から聞こえてきた。


「知ってるか? あいつうんち野郎なんだぜ」


「えー!?」


「テンパると漏らすらしい」


 称号も評判が上々のようだ。


 そうしている間に、僕の隣にやってくる人が居た。

 とん、と軽く肩が触れる。


「さーくやん」


「お」


 馴れた呼び方に振り向くと、そこにはにっこり笑うスシャーナとピョコがいた。


「最近フユナ先輩と鍛錬続きで息が詰まるでしょ? 隣いい?」


「サクヤさん、自分、隣座りたいですっ!」


「あぁどうぞどうぞ」


 あのおつかいクエストの一件から、僕たちはずいぶんと仲良くなっていた。



 ◇◇◇



 席につくなりさっそく、僕の鍛錬の話になった。

 どうやら学園内では、今一番の旬な話題らしい。


「毎日ロビーで待ってくれてるんだってね」


「フユナ先輩、随分意気込んでてさ」


「自分知ってますっ。昨年の『連合学園祭』はフユナ先輩のおかげで、2位に食い込んで……」


 赤い甘辛ソースを頬にくっつけながら、ピョコが言う。

 さっきから、ピョコはちょっとだけ犬食いだ。


 それがなかなかにいじらしい。


「知ってる。それ、あたしのお父様が見に行っていたから」


 スシャーナが、ふいに真剣な表情になった。


「フユナ先輩と同じ流派の剣士が他の学園にいて、その人に最後の最後で負けてしまったって」


 僕の眉がびくりと跳ねる。


 ……同じ流派の剣士?


「同じ流派ってどこなんでふか」


 煮込んだお肉を挟んだパンにかぶりつきながら、ピョコが訊ねる。


「『ユラル亜流剣術』よ」


「ゆ、ユラル亜流剣術でふかっ!? あの【剣姫】の……」


 ピョコが目を丸くする。


「そう。フユナ先輩は第二王女フィネス様と同じ剣術指南役に習っていたらしいわ」


「………」


 なるほど。

 あれが『ユラル亜流剣術』か。


 前にも言ったが、剣には列挙しきれないほどの流派が存在する。

 しかし、多岐にわたる流派といえど、根幹へと辿ればほとんど全てがひとつの流派に行き着く。


 それがユラル源流剣術。


 300年以上前に初代魔王を倒したとされる、勇者ユラルの剣技を伝えたものだ。


 その源流が最強の時代が幾年も続き、それを越える流派は今後も生まれないだろうと言われていた。

 しかしこの半世紀前になって、剣の国リラシスにおいて、ユラル源流剣術を越えたと噂される流派が生まれた。


 それが『ユラル亜流』と名乗る一派であり、ユラルの考えをベースに【連続剣】を剣の流れに混ぜた者たちだった。


「なるほど」


 確かに言われてみれば、フユナ先輩の剣には、所々に【連続剣】の流れがある。

 想像していたよりは平易なものだったけど。


 だが『ユラル亜流剣術』と言えば、誰もが知る鉄の掟がある。


「『ユラル亜流剣術』は弟子をたくさんとって育てるけど、最後まで育てるのは――」


「3人」


 僕たちの声が揃った。

 そう、残る数多の弟子たちは【真髄】を授かることなく放り出される。


 その厳しい選別を受けるからこそ、『ユラル亜流剣術』は磨かれ続けるのだという。

 現在、ユラル亜流剣術を継承しているとされているのは、この国の第二王女フィネスと、とある貴族の娘二人と言われている。


 そのすべてが女性なのは特段驚くべきことではない。

『ユラル亜流剣術』は連続剣の速さを重視するため、女だけをその継承者として選ぶのだ。


 それゆえ、半世紀前からこの世界での剣の最強の使い手は女とされている。


「そうか……ならフユナ先輩は」


「あれほどの腕前ですっ。……絶対に継承者のひとりだと思いますっ」


 ピョコはあれだけ食べていた甘辛ソースのチキンに手を付けるのを忘れたまま、声を張り上げた。


「そうだといいんだが」


「あたしもそう思いたいわ」


 だが、僕とスシャーナは顔を見合わせていた。

 世間で引っ張りだこになるであろう『ユラル亜流剣術』の継承者が、わざわざ第三国防学園になど来るだろうかと。


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