第30話 ちょっと修羅場?

 

「サクヤはいるか」


 快活な声とともに、ふいに教室の扉が開いた。

 あ、先生かなとおもいきや、違った。


 なんとそこには、まさに今話題のフユナ先輩がいた。


「サクヤ! ついにやったぞ」


 赤いチェックのスカートをひらひらと揺らし、満面の笑みで教室に侵入してくる。

 ジャケットを脱ぎ、白い半袖の先から晒されるもちもち二の腕も眩しい。


「きゃー! フユナ先輩だ!」


「近くで見ると、やっぱスゲー美人……」


「どうして? どうしてここに!?」


 男子だけではなく、女子からもピンクの声が上がる。

 学園最強とあらば、そりゃ女子からもモテるだろうな。


「あぁサクヤに用があってな。キミたち、ちょっとどいてくれないか」


「あ、ハイ」


 脇に退ける格好になったポエロたちは、引き攣った笑みを浮かべている。


「そこのキミ、少々失礼する」


「あっ……」


 そばかすスシャーナの小さな悲鳴。


 フユナ先輩がちょうど、スシャーナと僕の間に割り込むようにして立ったからだ。


 ふわり、と柑橘のような香りが鼻をくすぐった。


「サクヤ、私達に『パートナー宣言』がおりた。今日から正式にパートナーだ」


 そう言い切ったフユナ先輩は、今まで見たことのないような、満面の笑みを浮かべていた。


「……へ?」


 突然の宣告に、僕のリアクションよりも先に周りで悲鳴が上がった。


「――ええぇぇ!?」


「サクヤくんとフユナ先輩が、パパパ、パートナー!?」


「え? だってこいつ、ただのまぐれヤローじゃ……」


「私はそうは思っていない。私のパートナーはサクヤしかいない」


 そう言って、フユナ先輩が僕の左手を握って持ち上げてみせた。


 いや、ちょっと待って。

 やってることがまるでお付き合い宣言じゃ……。


「ま、待って、おかしいですよ先輩!」


 スシャーナが僕とフユナ先輩の繋いだ手を掴み、引きちぎる。


「新入生とはパートナー宣言ができないはずです。それに上級生がこうやって下級生の教室に来るのって校則違反じゃ……」


 しかしフユナ先輩は動じない。


「私は4万文字のレポートを書いた上に、サクヤとのパートナーシップがいかに重要かを委員会でプレゼンしたよ。審査を経て、その承諾を得るのに丸一ヶ月もかかってしまったが」


「えっ……し、審査?」


 スシャーナが目を見開く。


「そう、学園の委員会の審査だ。幸い、本日付で学園は私達のパートナー形成に賛成してくれた。学園が私たち二人の関係を認めたと言うことだ」


「……え……」


 スシャーナが青ざめた。


「バートナー宣言は校則を上回る効力があるから、ここに来ても何ら問題はない」


 僕の隣で、大きな胸を張ってみせる金髪の乙女。


「そ、そんな……」


 スシャーナがじわりと目を潤ませた。

 僕は視線を目の前のブロンドの人に移す。


「僕、今初めてソレ聞いてるんですけど」


「当たり前だ。今初めて話してるからな」


 そんな大事件に発展していたんですか。

 パートナーになりたいとは思っていたけれど……。


「でもパートナー形成って『連合学園祭』の1ヶ月前くらいからじゃないんですか」


 僕はフユナ先輩に訊ねる。

『連合学園祭』は10月の初旬だから、まだ4ヶ月も先だ。


「お前の育成のために一日でも早くと願い出た結果だ。他の皆は予定通り1ヶ月前からになる」


「マジでございますか」


「そ、そんなフライングずるいわ。あたしもお願いしようと思ってたのに……」


 スシャーナが潤んだ瞳で、フユナ先輩を睨んでいる。


「悪いが事情があって、私も譲れないのだ。学園の勝利のためでもある。済まないがサクヤは譲って欲しい」


 フユナ先輩が真摯な表情でスシャーナに向き合う。


「が、学園の……?」


「そうだ。第三学園は負けっぱなしだからな。なんとかしたいのだ」


「………」


 さすがにスシャーナも、これには頷くしかなかったらしい。


「という訳だ。今まで以上に仲良くしてもらおうか、サクヤ」


 なんかその言い方、不良に絡まれているみたいで背筋が冷えるんですが。


「みんな期待していてくれ。今年の『連合学園祭』は絶対に一位になってみせるからな」


 フユナ先輩がぐっとガッツポーズをしてみせると、わぁぁ、と歓声が上がった。


 その歓声に応えたところで、フユナ先輩が「じゃあ行こう」とまた手をつないで僕を引っ張っていく。


「いや、行こうって、どこへ」


「体育館だ。今日からさっそくみっちり叩き込む」


 うは、ホントに?




 ◇◇◇




「……し、四六時中!? そんなルールでしたっけ」


「そう。パートナーになればお咎め無しなのだ」


「ピュアな新入生を騙そうとしてません?」


「そう言うお前は、私を何度騙そうとしたかな」


 思い出したのだろう。

 ヒュン、とフユナ先輩の木刀が勢いを増した。


 沈みゆく夕日をバックに、フユナ先輩のかつてない一撃で僕も沈む。

 しかし、パートナー同士になると、ずっと一緒にいてもいいとは……。


「そ……そんな馬鹿な……」


 そんなことが許されていいのか。

 それなら夜中にあんなことやこんなこともできちゃうじゃないか。


 清廉なるこの学園内で!


 にやり。


「今、いやらしいことを考えたな」


「――なんでわか――ぶぇ!?」


 顔を上げただけで、僕は再び倒れ伏した。




 ◆◆◆




 そうやって3日間、授業が終わった後の鍛錬が続いた。

 学園内には魔法の灯りが随所に焚かれて、日が暮れても不自由なく見渡すことができるのがウラメシイ。


「あと4ヶ月間、毎日ずっとこのペースでやるんですか」


「そうしたいところだが、私はいつも学園にいるとは限らない」


 聞けばフユナ先輩は日を跨いでのクエスト攻略やダンジョン実習があって、不在にすることも多いとか。

 3年生はスキルポイント稼ぎが主体になるので、座学は減って実技ばかりになるのだそうだ。


「――やぁぁ!」


 フユナ先輩が右の脇腹に打ち込んでくる。

 これは少々速いので、躱せずに身に受け、悶絶する。


「みろ、こんなのも躱せないのでは話にならない。不満を言いたいのなら、せめて私の攻撃を全て受けきれるくらいになってからにしろ」


「僕の器をご存知ないようで」


「知っているつもりだぞ。これくらいだろう」


 フユナ先輩が加減した一撃を打ち込んでくる。

 僕はそれを、体表ではじく。


 確かにそれは、僕が躱すことに決めている一線ぎりぎりの速さだった。


「でもたった3日で成長したじゃないか」


 受けられるようになっている、とフユナ先輩が褒めてくれる。


「しかし気のせいかな。お前と打ち合っていると私も調子が良いような……」


「フッ」


「――お前が鼻で笑うな!」


「びゅっ!?」


 殴り倒された僕は、ぷるぷるしながらも立ち上がる。


「よーし、明日から朝晩で、私の修行に付き合ってもらう」


「………!」


 僕の顔が一気に蒼白になる。

 一方で、フユナ先輩のきらきらした笑顔が眩しい。


(でも……)


 考えずにはいられない。

 どうしてフユナ先輩はこんな早くから強いパートナーを探し、脅迫的なまでに『連合学園祭』の勝利を追い求めているんだろう。


 勝利を目指している話は幾度となく聞いているけど、それがなぜなのかは一度も触れられていない。



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