第29話 パートナー宣言
「先生!」
呼ばれて振り向いたゴクドゥーが目にしたのは、顔を上気させ、息を切らして駆けてくる金髪の少女だった。
第三国防学園最強と名高い剣使い、三年生のフユナである。
「聞いたぞ。昨日早速、手合わせしたらしいじゃないか」
ゴクドゥーが笑みを浮かべながら訊ねた。
「か、彼は!」
ゴクドゥーの前で立ち止まり、フユナが弾んだ息を整える。
「……サクヤは、とんでもない腕前かもしれません」
フユナのうわずった声に、ゴクドゥーがニヤリと笑った。
「あぁ、あいつの実力を垣間見たか」
「先生も?」
ゴクドゥーが頷く。
「ほんの少しだがな。よかったら何を見たか教えてくれ」
ゴクドゥーが興味深そうに、フユナの言葉を待つ。
「考えるだけで寒気がします。あの手に真剣があったらと思うと」
フユナは目にしたことをゴクドゥーに話しながら、思い出したように肩をぶるっと震わせ、鳥肌の立った二の腕をさすった。
「そうか……だが全体的にはまだ貧弱だろう? どうだ? 昨年のジョリィのほうが良いか? あいつならお前が良ければいつでも――」
「――と、とんでもありません!」
フユナは金髪を大きく揺らして、すぐさまそれを否定した。
「私は断然サクヤがいいです。まだ未熟なところはありますが……」
「なんだ、もう惚れたってか」
「ば、馬鹿なことを言うな! どうしてあんなのに……」
フユナが顔を真赤にして怒鳴ったところで、はっとする。
自分が教師に向かってどんな暴言を吐いたのか理解したのだ。
「……す、済みません……」
「いいって。あいつもジョリィと同じ【剣士】みたいだしな……ところで、お前はわざわざその感激を伝えにここに来たのか」
「あ、いえ。その、できれば……」
フユナが言い淀む。
いつもハキハキとした彼女がこんなふうに言葉に詰まるなど、そう見られるものではなかった。
「できれば?」
「……その、早めに学園から私たちの『パートナー宣言』を出してもらいたいと」
フユナが視線を逸らし、俯きながら小声で言った。
しかしゴクドゥーは眉間にシワを寄せた。
「それはちょっとな……まだ決める時期ではないし、相手は仮にも新入生だぞ」
「わかっています。それを承知でお願いに」
「おいおい……お前な」
『パートナー宣言』とは、半年後に行われる『連合学園祭』に向けて「この二人で参加するので個別に練習します」という宣言をすることを意味している。
たいてい祭の1ヶ月前を目処に宣言され、各自で練習を開始、当学園で上位5組が『連合学園祭』に参加するという仕組みだ。
本来、第三国防学園は学生に対して寮生活を強制し、私生活の乱れがないよう、監視している。
しかしこの宣言をした二人に対しては、異性同士であっても二人行動を一切咎められなくなる。
『連合学園祭』の勝利を、学園が第一に考えているということでもある。
そのように法を無法化する『パートナー宣言』だから、明らかに学生たちの私生活は乱れる。
実際に淫らな行為を目的に宣言を悪用した例も過去にあった。
それゆえ、1ヶ月以上前に宣言されることや、上級生からまだ右も左も知らぬ一年生への宣言は慣習的に避けられる傾向にあった。
「フユナ、言っててお前もわかってんだろ?」
しかしフユナは屈しない。
「もう一日も無駄にしたくない。今から練習して息を合わせておけば……」
「お前の意気込みは心底嬉しい。第一学園をどうにか打ち負かしてほしいと願っている者としてはな。だが……」
「フィネスたちに張り合うには、サクヤしかいない。サクヤなら、勝てずとも一矢報いることができるかもしれないのだ! お願いだ、先生!」
フユナが膝を折り、土下座して願い出ていた。
ブロンドのさらさらした髪が、床につく。
廊下を歩いていた周りの生徒たちが何事かと視線を向けてくる。
「わかった、わかったってよ! 頭をあげろって」
しょうがねぇな、とゴクドゥーが呟く。
「先生?」
「前例がない。俺から願い出てみるが、会議にかけてからになるぞ。場合によってはお前のプレゼンも必要になる」
「それは構いません。いつでも出向きます」
「プレゼンは学園長にも聞いてもらうぞ。できるか」
「できます! サクヤと組めるなら」
喜ぶフユナの顔では、なぜか頬が赤く染まっていた。
◇◇◇
「満月の夜にしか咲かないこの植物は、解毒とともに麻痺の効果を和らげる作用があります」
ほんわかした空気の中、担任でもあるマチコ先生が『薬草学』の授業を行っている。
先生の目の前には、鉢植えに植えられた、40cmくらいのシダのような植物が置かれていた。
有名な伝記から名づけられたミモザ草だ。
「必ず日の直射を避ける場所に育ちますから、そういう場所から探してくださいね。採取した後も日に当ててはだめですよ。効果が減弱します」
僕は頬杖をつきながら話を聞いていた。
これは言うまでもない冒険者の常識だ。
入学からまもなく二ヶ月が過ぎていた。
新入生たちも学園に慣れ、クラスメイトの性格もわかってきた頃だ。
そんな僕には、日課ができていた。
授業の後、フユナ先輩の剣の稽古に付き合わされているのだ。
毎日、寮の玄関ロビーで待ち伏せされるが、僕もパートナー候補を外されてはかなわないので、それなりには従う。
幸いその拘束は16時までで、一時間もない。
それ以降は学園の規則で新入生を拘束できないからだ。
以前、右も左も分からない新入生を拘束して、イケナイことをしようとした上級生がいたからだとか。
いい規則作ってくれたじゃないか、学園長。
おかげで16時以降は好きなことができるよ。
まぁ、相変わらず部屋はないけどね。
「はい、今日はここまで」
チャイムが鳴り響き、今日も授業が終わった。
「よし」
今日も雑魚を演じきったぞ。
現在、僕を特別な目で見ているのは、生徒ではフユナ先輩だけだ。
最近は授業でヘマをすることもなく、クラスではほぼ完璧に
それが功を奏し、初日の〈
「きりーつ、礼~~ありがとうございました」
帰りのホームルームが終わり、担任のマチコ先生への挨拶を終え、席から立ち上がる。
僕はいつも早々に教室から出ていきたいタイプだ。
「ちょっと待てよおい」
しかし申し合わせたように、同じクラスの男子3人が僕のそばにやって来て、出口までの道を塞いだ。
「……は?」
僕は今気づいたように応じる。
3人とは、ポエロとその連れふたりだ。
「おい、今まで何かの間違いだと思ってたけど、一か月も続くとさすがにおかしいよな」
ポエロが僕の顔を指差して不満げに語り始める。
「何の話?」
「なんでお前みたいな奴がフユナ先輩と毎日会ってるんだってことだよ!」
「ああそれね」
「俺だって『また努力してこい』と言われたんだぞ! なのになんでお前が毎日呼ばれてるんだよ! どうしてフユナ先輩、俺のことを待ってくれないんだよ……!」
泣くな。
そして、それは僕に聞くな。
「お前、まさかフユナ先輩の弱味でも握ってんじゃないだろうな!」
「どうやって学園のアイドル様を拘束してんだ!?」
三人が声を荒げる。
「いや、つーか僕が拘束され……」
「アハハ。ちょっと、男の嫉妬は醜いわね!」
僕が肩をすくめたところで、横から高笑いする女子の声。
スシャーナだった。
敵の敵は味方ってやつか。
「嫉妬して絡んでる暇があるなら、もっとマシな男になる努力をなさいよ。ホント小さい男ね」
スシャーナが肩をすくめ、これみよがしにため息をつく。
「なんだと」
「あのね……あ、あたしから見ても、サクヤくんの方がよっぽど素敵なんだから! ……アレだけど」
そう言って僕を見たスシャーナは、なぜか頬をうっすらと赤く染めていた。
アレだけどって、どれだけど?
あ、もしかして称号?
「テメーがまるで女みたいなことを言うな!」
「なによ、やるの!」
ポエロとスシャーナが噛みつかんばかりに吠えた時。
「――サクヤはいるか」
快活な声とともに、ふいに教室の扉が開いた。
あ、先生かなとおもいきや、違った。
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