第28話 それ褒め言葉ですヨ

 


「ここだ」


 僕は、学園の体育館に連れられていた。

 体育館には外から直接入る入り口もあり、僕らはそこから中に入った。


 中には誰もいない。


「僕と二人きりですね」


「入ってくれ」


 フユナ先輩がスカートの前が乱れないようにしながらローファーを脱ぎ、内履きに変えている。


「いいんですか」


 僕はズボンのベルトを緩めた。


「初めてか」


「童貞です。よろしくおねがいしま――あびゅぅ!?」


 ローファーで殴られた。


「……お、お前はさっきからいったいなんの話をしている!」


 フユナ先輩が顔を真赤にしている。


「はにゃー?」


「た、体育館に入ったのは初めてかと聞いたのだ!」


「いえ、入学式の時に」


「あぁ、そうだった」


 そんなフユナ先輩の声が、閉じられた広い世界に響き渡っている。


 二人だけの、ひっそりとした世界。

 ひんやりとした空気に満たされていて、ヒノキの木の香りが充満している。


「よし、じゃあこれを持って構えてみせろ」


 フユナ先輩が木刀を投げて寄越した。

 僕はそれを受け取り、正眼に構える。


「ほう」


 同じように構えたフユナ先輩が、僕を見て感嘆の声を漏らした。


「洗練されている。お前、相当できるな」


「見た目には自信があります」


「……こんなに楽しみなのは久しぶりだ。さぁさっそく山賊を追い返したお前の実力を見てみよう。好きにかかってくるがいい」


「困ったな」


 もちろんこちらも、向き合っただけで感じ取っている。

 フユナ先輩は、稀に見る腕前だ。


 ぱっと見ただけでも、勇者パーティ選抜で、二次審査に残りそうなくらいの実力がある。

 素人から見たら、打ちかかる隙など見つからないに違いない。


 少なくとも先輩は、日々の修練を欠かさず行っているに違いない。

 それも、相当に念入りな。


「どれ、来ないなら上級生から指導させてもらおう」


「………!」


 フユナ先輩が一気に間合いを詰めてくる。


 速さも悪くない。


「やぁっ!」


 左からと見せた、視線と肩の動きだけの軽いフェイントを挟んだ後に、右の足の付根を狙った突き。


「あぐっ」


 僕は突かれた足の付根を押さえて、うずくまった。


 加減されているだろうけど、どれほどのダメージになるのか興味津々だった。

 痛みはそれなりだったのに、見るとHPは2しか減っていなかった。


【自然回復力】ですぐにHPが満タンになる。


(こんなもんなんだ)


 昔なら悶絶ものの一撃だったのになぁ。

 魔王を倒してから強くなるとか、なんだか皮肉だな。



 ◇◇◇



 木刀がぶつかりあう音が、体育館に響く。

 しかし音が止まって、倒れる側はいつも同じ。


 期待に満ち満ちていたフユナ先輩の表情が曇り出すまで、数分もかからなかった。


「……サクヤ、これがお前の本気の剣か」


 フユナ先輩が、床でうずくまり続ける僕の頭上で告げた。

 話しているその呼吸は、全く乱れていない。


「……こ、これが……本気……だとでも……」


 倒された僕は、呻くようにしながらフユナ先輩を見上げる。


 僕が弱いふりをしているのは、あまりフユナ先輩に高く評価されても困るからだ。

 評価されてしまうと、自分がフロントで活躍しなければならなくなり、誰かの縁の下の力持ちにはなれない。


 それはチカラモチャーの僕としては、断じて困るのだ。


「私も素人ではない。強がっても無駄だ」


 脚を開いて仁王立ちし、木刀を突きつけるフユナ先輩。


「正直、剣の筋は悪くない。軌道も打ち込みも申し分ない。打たれ強さも好ましい。だがお前の剣には致命的な欠点がある」


「ち、致命的な、欠点……?」


「お前の剣は希薄なのだ。気迫や覇気がのっていないから、相手に恐怖心も与えられない」


「………」


 悔しくてなにか言い返すと思っていたのかもしれない。

 でも僕がなにも言わなかったので、しばしそのまま、無言の時間が過ぎた。


「……残念だ。こんな『存在感のない剣』を振るうとは」


 フユナ先輩が木刀を下ろしながら、ポツリと言う。


「期待に応えられず、残念です」


 僕は言いながら立ち上がった。


「私は手合いの相手を必ずひとつは褒めることにしているのだが」


「おお、それは?」


 期待の眼差しで見る僕に気づいて、ため息をついたフユナ先輩は、ブロンドの髪を直しながら口を開いた。


「お前の剣には、無駄な派手さもないことだ」


「派手さ?」


「男の、特に若者の剣というのは、ごみごみしている。格好や見栄えを追求して派手になり、覇気以外に殺気も必要以上に多くなる。それで相手を威圧するつもりなのだろうが、我が師はその重さこそが力みの原因であり、狙うべき弱点と説く」


 言いながらフユナ先輩は、僕に横顔を見せるようにして、自身の手にある木刀を眺めた。


「今まで私に挑み、打ち合ってきたこの学園の男子生徒たちも、派手さや力強さを披露する者ばかりで辟易していたところだ。……だが」


 フユナ先輩が左手で頬にかかる髪を耳にかけると、こちらをじっと見る。


「そういう意味では、お前は驚きをくれた。お前の剣はなぜか派手さも存在しない。必要な覇気や殺気すらもないから、結果、ひどく希薄な『存在感のない剣バックグラウンドソード』になってしまっているのだがな」


「……長所は評価してもらえると?」


 フユナ先輩は首を横に振った。


「だがそれは、結論を変えるには至らない。お前の剣を見れば10人のうち9人が『退屈な、魅力のない剣』と評し、掃き捨てることだろう。悪いが私もその一人だ」


「……そうですか」


存在感のない剣バックグラウンドソード』というのは、僕にとってはこの上ない褒め言葉なんだけど。


「正直、お前をパートナーに迎えられるかもと期待していた……だが、これではあいつらには……」


 フユナ先輩が、視線を足元に落とした。

 その唇は、小さく震えている。


「あいつら?」


「………」


 僕の問いかけには答えず、フユナ先輩がくるりと背を向けた。


「失望したよ。お前には悪いが、代わりを探さねば。今年もジョリィにお願いするか」


「……えっ……?」


「代わりを探すと言ったのだ。もう少し覇気や殺気を身につけて出直して欲しい。手合いはいつでも歓迎しよう」


「………」


 フユナ先輩の背後で、僕の目がぎらりと光った。


(ふむ)


 学生最上位のレベルはこれくらいかと思ったが、少々低評価が過ぎたということか。


 実は僕も息が切れていないとか、回復が早いとか、強力な魔法耐性とかは嘘がつけないなと思っていたが、そのあたりが評価されずじまいだったのが読み違いの理由だろう。


 だが、このままではフユナ先輩のパートナー失格になる。


(冗談じゃない)


 雑魚と組まされたりなんかしたら、せっかくの面白い話が台無しだ。

 もしかしたら参加できないっていうオチだってある。


「………」


 音もなく木刀を置いた僕は、ゆらりとフユナ先輩の背中と向き合う。


(第一志望は譲れない)


 こんな面白い機会、絶対に……絶対に逃してなるものか。

 チカラモチャーとしては、フユナ先輩の背後で暗躍してこそ、最高の舞台になるのだ。


「それではな。また縁があったら――」


 フユナ先輩が振り返りもせずに、歩き出す。


「………」


「……ん?」


 異様な気配に気づいたのだろう。

 フユナ先輩が足を止め、振り返った。


 刹那、僕はフユナ先輩の前を一瞬で駆け抜けた。

 赤いチェックのスカートがめくられて、その中身をさらけ出す。


 よし、最善の白。


「――きゃあぁっ!?」


 一瞬遅れて、フユナ先輩が、両手でスカートを押さえるのが視界の隅に映る。


「………」


「………」


 そして、静まり返る体育館内。


「……えっ……?」


 カラン、と木刀が落ちる音が、あたりに響いた。


「……なっ!?」


 ふいに発せられた、驚愕した声。

 僕はというと、右腕を上げてスカートを捲った姿勢のまま、悠然と彼女に背を向けている。


 真摯な表情でゆっくりと振り返ると、フユナ先輩が目を瞠っていた。


「――お、おい、何だ今のは!?」


 青ざめたままのフユナ先輩が駆け寄ってきて、僕の両肩を痛いほどに掴んだ。


 動揺しているのか、ブロンドの髪が頬に触れるほど、フユナ先輩は僕に顔を近づけている。

 先輩の息が、甘い。


「はっ!? ……今ボクは何を?」


 僕は、連続技で記憶喪失に陥る。


「……えっ……?」


「アラヤダ……今ボクは何をしてしまったのでしょう?」


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