第23話 おつかいパーティ

 


 フユナは空の流れ行く雲をそれとなく眺めながら、寮の部屋ではなく、自分の教室へと向かっていた。


 新一年生の歓迎の後だが、彼女はクラスの委員長にされてしまったので、これから係などの分担を考えなければならなかったのだ。

 しかし、頭の中には委員長らしいことはひとつも浮かんでいなかった。


「不思議だ……」


 見紛ってなどいない。

 彼は間違いなく、トロルの森に飛び込んでいった少年だ。


 あの森では【曹長】ランクの者ですら遅れをとりかねないトロルが、なんと群れて出現するのである。

 教師たちでも生徒を守りきれないため、すべての学園が在園生徒に対してあの森への立ち入りを禁止しているくらいだ。


「………」


 フユナは実際にその目で、少年が森に入っていったのを見ている。

 すぐに戻ってこなかったのも知っている。

 なのに、なぜあの少年は生きている?


(いや、それだけじゃない)


 フユナは自分の両手を見つめた。

 さっきの、あの流れるような偶然の回避の数々。


「……偶然?」


 フユナは自分の口をついて出た言葉に疑問を抱く。


 あれは本当に偶然だったのか?

 そう見せかけて、実は回避を意図した動きだった?


「……まさか。新入生だぞ」


 フユナは自分の考えを笑い飛ばそうとした。


「…………」


 だが、できなかった。


 考えてみれば、明らかにおかしい。

 なぜ起き上がるだけなのに、ムカデのような動きをする必要が?


 あれはまぎれもない。

 私の捕縛を確実に予測し、逃れるための動きだったのでは?


 ……だとしたら。


「まさか……私の動きがすべて読まれていた?」


 フユナの背中を戦慄が走った。


 まさか。


 フユナの目が厳しいものに変わる。


「……確かめなければ」




 ◇◇◇




 あの『うんちの乱』から2週間が過ぎた。

 大きな波紋を呼んだあの事件は翌日には皆の知るところとなっており、僕は晴れて『うんち漏らし』の称号を手に入れていた。


 同じクラスのみんなが、心なしか僕から机を離すなど、距離を取るようになったのも、気のせいだけではないかもしれない。


 そして想像していた通り、僕が〈魔法の光灯コンティニュアスライト〉の魔法を成功させたことを誰もが忘れるほどになった。


 さて、今日は少し特別な授業になる。

 街からの依頼クエストを受注し、こなす日だ。


 ちょっと依頼クエストについて説明しておこう。

 依頼クエストというものは以前も言った通り、一律に国防学園に寄せられる。


 依頼の多くは生徒たちではなく、すでに卒業して冒険者となった人たちが拾ってこなす。

 なので、窓口には毎朝、新しい依頼を探しに学園OBたちが集まって話に花を咲かせている。


 しかし中には生徒ランクの『上等兵』や『一等兵』、『二等兵』でもクリア可能な簡易なクエストも存在する。

「おつかい系」が最たるものだ。


 そういうものは概して苦労のわりに見返りが少ないため、何日も消化されずに残りやすい。

 なので学園が生徒の教育をかねて拾うのだ。


 そうすれば依頼クエスト未消化で学園に不満クレームが来ることもなくなるというわけだ。


 新入生が任されるのは「おつかい系」の中でも、何度も行われるタイプの繰り返し依頼クエスト

 何度も行うだけに安全性の検証度合いも高く、そのうち慣れた学生たちが依頼を受けて稼ぎとすることもできるようになる。


 せっかくクエストをやるのなら、僕としてはもう少し歯ごたえのある魔物を倒して、お金なりスキルポイントなりを稼ぎたいところなのだが、【二等兵】の僕は受けられる依頼が限られている上に、1年生のうちは日が沈んだ後までかかる依頼は受けることが出来ない。


 ならばと先日、買い物に行くという嘘の外出届を出して近くの森を散策してみたりもした。

 しかし徒歩圏内では、それなりの敵が出るのはあのトロルの森くらい。


 それでもあの『回廊』と比べると、比較にならない弱さだった。


 もはや森の王者たるフォレストキング巨鳥コンドルはおらず、トロルを片っ端から倒してみたけど、あまりに格下すぎてスキルポイントを取得できる気がしない。


 お金は先日の森の王者たるフォレストキング巨鳥コンドルの嘴が金貨2枚で売れて、懐は少し暖かくなったけどね。

 その金貨1枚で、学園の制服(最低オプション)をもう一着買ったよ。

 2枚じゃやっぱり洗い替えがきつかったんだ。


 もちろんそれで諦めずに、こっそり学園の地下でダンジョン攻略してみようかなと忍び込んだこともある。

 最深層は未知で、現在地下6層まで開拓できているらしい。


 そんな話を聞いて、ちょっと行ってみたいとウズウズしてしまった。

 でもあそこは学生支援バイトで来ている軍人さんが交代で数人スタンバってて、勝手に入ることができない。


 その軍人さんに聞いたところによると、どうやら2年生の後半になって死亡回避の講義【近接実技2】をすべて修め、今から二段階昇格した【上等兵】に到達していると、地下ダンジョンのアクセスが24時間開放されるらしい。


 僕が覗きに行った時も、3年生のパーティがスキルポイント稼ぎにダンジョンに入っていったところだった。

 羨ましい限りだね。


 まぁ、ここのルールだからしかたない。

 逸脱すると目立つし、とりあえずは普通の1年生でいよう。



 話が脱線してしまったけど、戻す。

 今日はクラスの中で未経験の三人が選ばれ、実技の授業を休んで午後からおつかいクエストに行く。

 街から離れた森の脇に住んでいる薬草農家に、新鮮な食材を届けに行くというものだ。


 行程は片道2時間と言ったところか。

 馬ならもっと早いんだけど。


 僕のほかは、学年ナンバーワンの実力をポエロと競っている茶髪のそばかすスシャーナと、小柄な蒼髪ツインテールの少女。

 名前はピョコという。


「よろしくサクヤくん」


「あい。こちらこそ」


 スシャーナはポエロを呼び捨てにするので、君づけされた僕は「うんちを漏らす男」と言えど、もう少しましな扱いと評価できる。


 スシャーナをこうやって正面から眺めたことはなかったけれど、目はくりっとして意外に愛らしい顔立ちをしている。

 眉が吊り上がっているのは、その性格を表したものかも。


「サクヤさん、よろしくお願いしますっ! 自分、身を挺してがんばります!」


「い、いや、身は挺さなくていいよ……」


 ピョコは最年少の12歳らしいが、正直10歳以下に見える。

 背は僕より頭一つ小さく、顔立ちが整っているけどまだ幼くて、目が顔の中を大きく占めている感じだ。


 あ、でもこう見えてもプラチナクラスに入るんだから、外見で判断してはならないか。

 軍隊的な話し方をするのはなぜか知らないけど。


「自分、何でも言うこと聞きますっ。何でもやりますので言ってくださいっ!」


「…………」


 この幼女と危険な道を歩みたくなってきた。

 いや、しないけど。


「そういえば、サクヤくんの職業ってもう決まってるの」


「剣士だよ」


 僕は嘘をついた。

 僕の元職業〈僧戦士クルセイダー〉はわりとありふれているけど、〈深淵の破戒僧アポステートオブジアビス〉てのは今まで聞いたことがないし、言ったら絶対に目立つよね。


 たぶん、『漆黒の異端教会ブラック・クルセイダーズ』の僧戦士クルセイダーじゃないと転職できない職業なんだろうな。


 スシャーナが言うように、職業というのは生まれた時には持っておらず、早ければ3歳、遅くとも12歳くらいまでに決定する。

 多くは親や、自分の好きなことの影響を受けた職業になるのだとか。


 もちろん希少職レアジョブというのも存在する。

 古代語魔法や精霊魔法の使い手は一般に希少とされているし、アラービスの『勇者』なんかは二十年に一度しか出ないという話だ。


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