第24話 絶対なんか起きるクエストへ!

 


「へぇー近接なんだ」


「うん」


 職業が決定した時点でベースとなるスキルツリーが配布されるため、貴族の英才教育的には早めにわかったほうが有利だ。


 なお、職業が一緒でもスキルツリーには個人差があり、決して全く同じものにはならない。

 その後の生き方で、ツリーが伸びてスキルが追加されたりもするくらいだ。


「そうなんだ……あたしはね、『古代語魔術師』に決まってるの。人気ジョブよ」


「ソレはスゴイネー」


「でしょでしょ!」


 スシャーナがにっこりする。

 誰かに自慢げに言うの楽しいんだろうな、スシャーナって。


「自分、旅商人マーチャントになりましたっ」


 そう言うのはピョコだ。

 仲間にいると商店で値切りができたり、宿に泊まる時にも『商人組合割引』が発生したりするありがたい存在だ。


「揃いましたね? じゃあさっさと行きましょうか。卒論あるんで」


 おつかいクエストといえど、万全を期すために四年生の先輩がひとり、用心棒としてついてくれることになっている。


 メガネをかけた、茶髪七三分けのイケメンだ。

 制服はきらびやかに改造されており、金持ち貴族の息子であることは一目瞭然だった。


 名前はゲ=リという。


 リ家の両親よ、どうしてイケメン台無しな名前にしたよ。

 イコール挟んだところで意味するものはソレだろよ。


「よろしく頼むよ」


 見た目も若干頼りない空気が漂っているが、仮にも4年生だし、僕たちの【二等兵】から4階級昇進の【伍長】まで上がっている人らしい。


 僕たちは新入生らしく、お願いしまーすと頭を下げてその人とともに学園を出発した。




 ◇◇◇



 ひと雨来そうな、どんよりした曇り空。


 本来、クエストの薬草農家には歩いていくらしいが、ゲ=リ先輩が金に物を言わせて4人乗りの馬車を借りてくれていた。


「これって歩かなくていいんですか」


「歩けというルールはないんだよ。ただクエスト完了だけすればいいの。こんなのさっさと終わらせるに限るしね」


 訊ねた僕に、ゲ=リ先輩がフッと笑った。


 クエスト報酬以上の金を支払ってクエストを攻略するとか、どんだけ貴族だ。

 しかも道中を歩いて道を覚えないと、後々自分たちでできないのに。


「でも馬車だと、魔物とかに襲われた時に後手を引くんじゃ」


 平和な世界からずっと遠のいていた僕は、どうしてもそれが気になる。

 馬車の中というのは外界に立つ時よりも、自分の感覚を様々に遮られるのだ。


「君はこの護送が宝島か何かだとでも思っているのかね」


「されないと?」


「されるはずがないだろ? もう何年も繰り返し行われているんだよ」


 進む経路を考えれば、魔物が常在している森の近くも通るし、安全だなんて絶対に言い切れない。

 だからこそ依頼され、クエストとして存在しているわけだし。


 この人、悪い人じゃなさそうなんだが、いかんせん考え方が……。


「楽でいいじゃない。ねぇピョコ?」


「はい、自分、皆さんの指示に従いますっ!」


 スシャーナとピョコに反対意見はないらしい。


「ささ、乗って。中でおやつも用意しておいたよ」


「やったー」


 スシャーナが一番に乗り込んだ。

 ピョコが僕の顔を見て、スシャーナを見て、もう一度僕の顔を見て、迷う。


 うーん。


 まぁ行ってみるか。

 襲われたら襲われた時だ。




 ◇◇◇



 行きの道中は常に小鳥の鳴き声がして、安全さを歌っているかのようだった。


 馬車の中では話に花が咲いた。

 話の構図としては、スシャーナがなにか言って、周りがすごいを連発する流ればかりだが。


 ゲ=リ先輩は研究系のスカラークラスに属していて、学園卒業後は学院に進み、体表系火炎魔法の研究をするらしい。


「スカラークラスはこの時期、忙しくてね。みんな朝まで卒論やって青い顔してるのさ。ほんと参るよ」


「そんなお忙しい時期にすみませんっ! お付き合いありがとうございますっ」


 ピョコがお礼をすると、ゲ=リ先輩はいやいや、かわいい後輩のためだからね、と髪をかきあげて笑った。

 この人、どうやら後輩が好きらしい。


「でも面白そうな研究テーマですね」


 ゲ=リ先輩の話に、スシャーナが食いついた。


「火炎系魔法は燃やす熱で体表からダメージを与えるものと、爆発の圧で内部にダメージを与える二種類があるんだよ」


「知ってます。〈炎の矢ファイアアロー〉が前者で、〈火炎球ファイアボール〉が後者ですね」


「へぇ、来たばかりの新入生にしてはよく知ってるね」


 ゲ=リ先輩が大げさに唸ってみせる。


「あたし、古代語魔法師だからね! えへっ」


「そりゃすごい。【元素適性】は?」


「もともとすべて2ずつあります」


「……ぜ、全属性持ちなの!?」


 ゲ=リ先輩が目を見開いた。

 全属性とはつまり、【火】【風】【土】【水】【雷】を手にしていると言うことだ。


「ひゃ、スシャーナさんすごいですっ!」


「万能タイプか……古文書には存在するって書いてたけど、ホントにいるとは」


「イヤースゴイまじスゴイ」


「でしょでしょ!」


 本気で鼻を高くするスシャーナ。


 しかし実際、スシャーナの存在はありがたい。

 自分に話が及んで自分の話をしなければならないとかより、よほどいい。


 僕は断然、人の話を聞いている方が楽な人間だからね。

 こういう人を一緒に居て楽、というのかな。


「ところでピョコは一人っ子なの?」


 話の隙間で、僕は隣りに座っている幼女に訊ねる。


「はい、自分、そうですっ!」


「じゃあご両親と3人ぐらしなのかな」


「あ、いえ、自分、母親と二人暮らしですっ! うちは父親が蒸発して、母親が毎晩お水系のお仕事を……むぐ」


「いやごめん、僕が悪かった」


 僕はピョコの口を手で塞ぐようにして会話を中断し、無難な話を振り直す。


「えーと、じゃあその手に持っている袋は?」


「あ、はいっ! 自分、この荷物袋で山ほど運べますっ!」


 ピョコは旅商人兼運び屋のスキルを持っているらしく、勇者パーティに居た仲間のように【パーティストレージ】がすでに使えるらしい。

 どうやらそれを言いたかったらしく、さっきから膝の上に乗せて待っていたようだ。


「お、頼もしいね」


「はいっ! 荷物ならなんでもお任せくださいっ!」


「いや、こんな小さいピョコちゃんに持たせるとかひとでなしよ。絶対できない」


「………」


 スシャーナがばっさりと斬り捨てると、ピョコが目をじわりと潤ませた。


「あー! あー! ごめん、あたしが悪かった!」


「荷物持たせるから! ホント死ぬほど持たせたい! あ、ちょうどこれ持ってほしかったな!」


「助かるなぁ! ちょうど卒論で首を痛めててさ! 持つと激痛来てたんだ」


 スシャーナと僕とゲ=リ先輩は必死でフォローした。

 行きはそんな楽しい(?)会話の続いた道中だった。




 ◇◇◇



 薬草農家へは一時間近くを短縮して到着することが出来た。

 届いた新鮮な肉や穀物類を見て農家の人はすごく喜んでくれて、採れたての芋をふかしてくれて、塩バターで頂いた。

 また来たいなと思ったくらいだ。


「……帰りは寝てていいかな。昨晩、根を詰めて卒論をやったせいで疲れてしまってね。着いたら起こしてもらえると助かる」


 僕たちと同じように満腹になったらしいゲ=リ先輩は、片側の席でごろりと横になった。

 仕方なく、僕たちは3人でキュウキュウ詰めになりながら、もう一方の席に座る。


 そんな中、ピョコを僕の膝の上に乗せるという案が出た。


「あ、自分、それしたいですっ! 自分、父親もお兄ちゃんもいなくて、むしろお願いしますっ!」


「むしろやめておこう」


 なにか不穏な事が起きたらまずいので自重した。

 しかも馬車は縦揺れだ。好都合過ぎる。



 ◇◇◇




「スピピピピー、スブゥゥ」


「スー、スー」


 一人が眠るとみんな眠たくなるのが道理らしく、馬車の適度な揺れも手伝って、やがて僕の両隣でも寝息が始まる。


 スシャーナは僕の肩によりかかり、ピョコは僕の膝の上を侵食し、なぜか僕の股間付近を握り潰すようにしながら眠っている。


 やめれ。

 そこになんの怨恨だ。


 仕方ないので、ピョコを抱き起こして横抱きにしてやる。

 ピョコはむにゃむにゃ言ったが、すぐに目を閉じて、またすやすやと眠り始めた。


 やれやれと思いながら窓の外を見る。


「……ん?」


 そこで僕の【第六感】が、違和感を告げた。


 帰り道は行きと同じ道を戻っている。

 なのに、さっき鳴いていた小鳥たちがすっかりいなくなっていたのだ。


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