第21話 姉さん最高だ!

 

 なんだろう。

 寮の前にひとだかりができている。


「新一年生いらっしゃーい」


「歓迎するよ、新参【二等兵】たち!」


「わからないことがあったらなんでも聞いてねー」


 寮の入り口で、たくさんの上級生が新入生を歓迎していた。

 おやつを配ったり、花輪を首にかけたりしてくれている。


「……うーむ」


 あれは間違いなく僕とは、無関係のイベントだろう。

 飛び込んでも問題ないと思うけど……。


 などと思案していると、僕に駆け寄ってくる人がいた。


「ちょっと、サクヤくん」


 茶髪を肩におろした、そばかすスシャーナだった。

 彼女は腕を大きく横に広げ、僕の前で通せんぼする。


 僕は一瞬で気持ちを引き締めた。


 最初の相手はこの人か。

 いいだろう。


「それなんだけど違うよ」


 僕は背筋を伸ばして、とぼけ始める。


「何の話?」


「さっきのでしょ? ほら、空から剣が……」


「……剣?」


 スシャーナが目を丸くして不思議そうにした。


「え? 見なかったっけ」


 いや、見なかったはずはない。

 僕、さっき言われたからね。


 ……ねぇ! あなたすごいじゃん! あの時のポエロの顔見た? いったいどんな手品使ったの――。


 って。


「サクヤくん、あのさ……」


 しかしスシャーナは僕をまじまじと見る。


「あたし……どうしてサクヤくんのこと、ここで待ってたんだろ」


「へ?」


 スシャーナは冗談ではなく、心底わからないといった表情だ。

 どうしたスシャーナ、頭でも打った?


「……どうしてだっけ。自分でわからなくなっちゃったの」


「それはきっと……さっきの授業での話ですよね」


「授業での話って……ああ。そうかも」


 何かを思い出したのか、ふいにスシャーナが頬を赤くした。


「……さっきは拍手してくれてありがとう。あたし……あんなに嬉しかったこと、なかった」


「へ?」


「そう言いたかったの。じゃ、また明日ね!」


 スシャーナが照れを隠すようにそそくさと立ち去った。


「………」


 軽く閉口していた。


 絶対におかしい。

 スシャーナがあの事を忘れている。


 でも不思議すぎる。

 空から剣が降ってくる、あれだけ強烈なシーンを忘れるとかあり得る……?


「あ、サクヤくんだ」


 そんなふうに棒立ちしていると、後ろからまた声をかけられる。

 さっき教室で僕を取り囲んでいた女子たちだ。


 やばいな、あの子たち、僕が逃げたの知っているよね。


(いや、臆するな)


 僕は再び、背筋をピンと伸ばした。


 弱々しくしていると付け込まれるのはどこの世界でも同じ。

 力強く振る舞うんだ。


「みんな違うんだ。あれは机の引き出しを開けたら22世紀に繋がってて――」


「おつかれサクヤくん」


「あ、おつかれー」


 女子が手を上げて、僕の横をスルーしていった。


「……これは……!?」


 スシャーナだけじゃない。

 みんなもしかして、あの事件を忘れている?


 でもそんな好都合なことが起こりうるのか。


「………」


 ここは確認に行かねばなるまい。


 僕は勇気を振り絞って職員室に行った。

 がらら、と横開きの扉を開けると、ゴクドゥー先生が怖い顔で机に向かっているのが遠くに見えた。


 教室とは違い、軽く風の魔法が働いて空気が循環しているのがわかる。


「失礼します、ゴクドゥー先生」


「おお、サクヤか。今日は見なかったな」


 キラーン。


「やっぱりですか」


 理由はわからないが、なぜかみんな、僕のあの召喚を忘れてくれていた。


「実技はあまり休むなよ。で何しに来た?」


「グラウンドに亀裂が入っているところがあって、危ないのでご報告に」


「なにぃ」


 ゴクドゥー先生が目の色を変えて職員室から出ていった。

 すごい、亀裂の存在すら忘れている。


 近くにヒドゥー先生もいたので、聞いてみた。


 ヒドゥー先生は昨日の〈魔法の光灯コンティニュアスライト〉の件は覚えていてしつこく聞かれたけれど、やはり今日のことは覚えていなかった。


 どうしてだろう。

 どうしてみんな覚えていないんだろう。


 思い当たるフシがない。


 あの時いたのって煉獄の巫女アシュタルテくらいだ。

 なにかしてくれたのかな。


「…………あ」


 そこではっとひらめいた。

 もしかして……。


 ……これ、煉獄の巫女アシュタルテが事前付与する【悪魔の数式《ティラデマドリエ変換》】の効果?


「サクヤ、あの詠唱教えて」


「………」


「サクヤ」


「トイレ行ってからでいいですか」


 僕は思案したまま、職員室をあとにした。

 今すぐ試してみる気は起きないけど……もし、そうだとしたら、これ以上チカラモチャーにふさわしいスキルがあろうか。


 表立って行動しても、みんな忘れてくれるんだぞ。

 いつでも縁の下に戻れるんだぞ。


 すごいよ【悪魔の数式】。

 煉獄の巫女アシュタルテ姉さん、最高だ!




 ◇◇◇




 寮の方へと戻ると、入り口では相変わらず上級生の歓迎イベントが行われていた。


「あ、新一年生だね? クラスは?」


 センパイの女生徒が、僕を見つけて駆け寄り、訊ねてくる。


「あ、イエローです」


 僕は直感で嘘をついた。

【第六感】が何かを告げていたのだった。


「イエローね。わかった。じゃあここに並んでね」


 そう言われて僕は手を引っ張られ、ふたつあった長い方の列に並んだ。


 並んでみて気づく。

 なんと、こんなところに巧みな罠トラップがあったのだ。


 予想通り、向こうはプラチナとゴールドクラスの生徒だけの列らしい。

 きっと上級生も、素質の有りそうな生徒をマークしたいのだろう。


 【第六感】のおかげで、僕は一般生徒側に並ぶことができた。


「………」


 落ち着きを払い、そちらの列に目を向けてみる。

 同じクラスの背の低い子が、一番前で先輩たちに囲まれている。


「君はプラチナだね。蒼い髪きれいだね。名前は?」


「あっ、自分、ピョコといいますっ!」


「ちょっとカワイイこの娘! 8歳くらい?」


「あっ、いえ、自分、12歳ですっ」


 一般生徒側とは違い、プラチナ・ゴールドクラスの列はひとりひとりが大歓迎され、名前も聞かれ、固い握手もさせられている。


 よーし、うまく回避したぞ。

 これで僕はetc……エトセトラとしての道を一歩進んだ。


 そうやって、5分ほどが過ぎた。

 熱烈歓迎ながらも総数が少ないためか、すでにプラチナ・ゴールドの列は歓迎が終わっていて、上級生たちが手持ち無沙汰にしながら、立ち話している。


 そんな中、長蛇だった一般生徒側の列でようやく僕の番になる。

 トイレと職員室に行っていたせいだろう、僕の後ろはいなかった。


「最後ね。よろしくね、あ、かわいい……」


「二階だからいつでも遊びに来いよ。俺たち暇だからさ」


「ありがとうございます」


 僕は適当に挨拶し、花輪をもらって寮の玄関に向かう。


 そんな上級生の輪の横を通りすぎようとした時、プラチナ・ゴールド側から会話が聞こえてきた。


「なぁ、いたか」


「いえ、いなかったですよね? サクヤくんていう名前でしたよね」


「………」


 僕の左眉が、ぴくんとはねた。

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