第19話 我が秘策破られたり
「やってみろ」
「はいっ」
タタッ、と軽快な足音を立てて、スシャーナが並んだ
「……
スシャーナの両手が淡く光る。
次の瞬間、そこから赤く滾った炎の矢が1本放たれた。
古代語魔法第二位階に属する、〈
ジュッ、という音を立てて、
「おお、見事だな! よく練習しているな」
先生の言葉にスシャーナは腰に両手を当て、えっへんと大きくない胸を張る。
パチ、パチパチ、とささやかに拍手が始まる中。
「ブラボー! ブラボォォ!」
僕は一人でスタンディングオベーションしていた。
今の僕にはスシャーナが輝いて見えていた。
「えっ」
スシャーナが驚いたように僕を見る。
「素晴らしい!」
彼女のお陰で、昨日の僕など霞んだに違いない。
狂ったように拍手する僕につられるように、皆が拍手を始める。
「………」
やがて盛大になった拍手に、スシャーナが頬を赤くした。
「……つまらない。俺には3体にしてくれ」
その拍手が鳴り止む頃、金髪少年ポエロが悠々と立ち上がり、ゴクドゥー先生に願い出る。
ゴクドゥー先生がにやっと笑った。
「ほう、ポエロか。主席のお前ならいいだろう」
頼まれたヒドゥー先生が額に汗をかきながら、なんとか三体の
回復担当のテレサ先生が、ヒドゥー先生の魔力のやりくりに協力している。
なお、この世界では魔力を回復させるのはそう簡単ではない。
他人からは供給できず、自身の生命力を削ってわずかに回復させるくらいしか方法がないためだ。
まぁ、高価な魔力回復ポーションを使用するという手も、なくはないけど。
それゆえ、魔術師系職業は魔力の自然回復を重視し、そこにスキルポイントを振る者が多い。
(あれは……ラーズの司祭か)
「回復学」のテレサ先生は、光の神ラーズに仕えているようだ。
彼女が被る神官帽の中央には特徴的な、金色で縁取りされた白い丸が描かれている。
ラーズはこの世界『エーゲ』で最も多く信仰されている神で、中規模以上の街にはたいていこの神の神殿がある。
さらに
でも僕にはあまりいいイメージはない。
自分が籍を置いていた 『
例外はミエルくらい。
まあ今や破戒僧だし、もうどうでもいいけどね。
「どれ、見せてやるかな」
格好をつけて始めたその詠唱だが、ちょっと噛んでやり直したりして、2分ぐらいかかった。
それでも生徒たちは固唾をのんで見守っている。
「ふっ――いでよ、土の神!」
「おおぉ!?」
土の神とか言うから何かと思えば、ポエロが金髪を掻き上げながらやっと喚び出したのは、ただのアースゴーレムだった。
「コーホー……コーホー」
体長は二メートル超。
体がゴツゴツとした岩でできていて、その目元は夜空のような闇になっている。
召喚術がランクアップするにつれ、アースゴーレムは素材が強化されるが、特に強化されている様子はなかった。
「きゃー!」
「すごい! 召喚初めて見たぁ!」
シルバー、ゴールドクラスの生徒たちから大歓声が上がった。
早くも始まる、拍手喝采。
「行け」
ポエロが得意げな笑みを浮かべた。
アースゴーレムが、のそり、のそりと
その巨体で陽射しが遮られ、棒立ちする
「フッ――なぎ払え!」
「コーホー!」
ポエロの指示に従い、アースゴーレムがその右手を横に一閃した。
ボコボコボコッ、という音をたてて、3体のソイルパペットが砕け散る。
土があたりに飛散し、歓声を上げていた女子たち数人の制服にべちゃ、とかかる。
被害にあった数名の女子がぎょっとする。
「きゃー! きゃー!」
それでも、湧き上がるピンク色の大歓声は止まらない。
ゴールド、シルバーの女子生徒たちが総立ちだ。
「ブラボォォー!」
僕も混ざって跳び跳ねる。
昨日の僕を忘れさせるような勢いだ!
僕のクラスメートもまんざら捨てたものじゃない!
「召喚とは素晴らしいな、ポエロ! 主席の実力を発揮したじゃないか」
「いえいえ、それほどでも。アハ、けどこんな強いの、呼び出すほどじゃなかったかな」
全力で鼻にかけながら、ゴクドゥー先生とハイタッチするポエロ。
「……ポエロさん、あんなに容姿も素敵なのに、
「もうサイコー……召喚ってどうしてあんなにカッコいいのかしら」
「……あんなので守ってもらったら、あたし、やばいかも……!」
近くに駆け寄って来て見ていたゴールドクラスの女子数人が頬を染め、目をハートにしている。
「いやーごめん。やりすぎたな」
盛大な拍手に迎えられて、ポエロが笑ってしまう顔をどうにもできないまま戻ってくる。
「……あたしをコケにしたわね。あたしだって3体くらいできたわよ。ヒドゥー先生がかわいそうだからやめておいたのに」
一人お怒りの女子は、スシャーナだ。
「そうやって雑魚らしくひがんでろ。アハハっ」
ポエロがスシャーナの鼻頭を指差して、高笑いしてみせた。
◇◇◇
最後の一人が
「ひとり、終わっていないのに終わったふりをしている奴がいる」
「………」
僕はそれとなく俯いた。
「え、誰?」
「あれ、でも皆終わった側に座ってますよ」
テレサ先生が、首をかしげる。
「ひとり、知っていて白線を跨いだ確信犯がいる」
しかし、ゴクドゥー先生は静かな声で繰り返した。
生徒たちがざわめき始める。
「……誰だ」
「誰だよおい」
「いいかげんにしろよ! 勝手に白線跨ぐなよ! 迷惑なんだよ!」
「サクヤ、お前だよ」
「………」
一番に喚いていた僕は閉口させられた。
「俺の目を欺けると思ったか」
そう言ってゴクドゥー先生がリーゼントを直しながらニヤリと笑う。
「………」
くそ、僕の秘策が!
しかし僕は顔には出さず、ふっ、と笑って見せた。
「……誤解です。ヒドゥー先生がお疲れかと思って自重したんですよ。もう今日はこれで終わりにしませんか」
僕はゴクドゥー先生に向けて突きだした手のひらで、その気持ちにストップをかける。
「なっ!?」
先生たちが目を丸くする。
「最後に五体か……いいだろう。俺はやる気のある奴がとことん好きだ」
「…………」
僕は致し方なく笑う。
いや、違うでしょ!
手のひらマークはもうやめましょうって意味でしょフツー!
「………!」
ポエロとスシャーナがはっとして僕に視線を向けたのが感じられた。
「……五体だと」
「そいえば彼、昨日のまぐれの」
「うそー……もしかして本当にすごいとか?」
生徒たちがざわつき始めた。
僕の、致し方ない笑いが止まらない。
◇◇◇
教師ヒドゥーがやっと詠唱を終え、最後の五体目の
その5体が並んで、無言で相手を待っている。
「よし、行けサクヤ!」
教師ゴクドゥーが木刀でびしっと
「くそっ、みてろ! やってやる」
黒髪の小柄な少年、サクヤは剣を触ったこともないようなへっぴり腰で木刀を持ち、
「あうっ」
しかし途中でつまずき、とっとっと、となりながら、最後は
「ぷっ」
「……ただの調子コキ?」
周りで見ていた生徒たちがこらえきれずに吹き出す。
「僕はこんなはずじゃない」
顔を上げたサクヤは、唇を噛み、わなわなと震え、みるからに悔しそうな表情を浮かべている。
誰も気づかなかった。
唇を噛む前に、サクヤが瞬きほどの間で、にやっと笑ったことに。
その時、どさりと、
スライディングとともに、サクヤが真ん中に居た
「くそ、こんなはずじゃ!」
のしかかっていた
それが緻密に計算されたものであるとは、やはり誰も気づかない。
しかし、その時だった。
――キィィン。
〈戦闘を感知しました〉
「……は?」
唖然とするサクヤ。
〈【認知加速】が発動しました〉
〈【悪魔の数式《ティラデマドリエ変換》】が発動しました〉
サクヤを守るように、禍々しいなにかがのそり、と気配を現す。
〈【ソロモン七十二柱】
「………」
サクヤの背中を、冷たい汗が流れ落ちた。
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