第17話 なぜこんなことに!?
午前3、午後3コマで、両方とも座学ということはほとんどなく、たいてい午前か午後のどちらかが実技になる。
あぁ、言っていなかったけど、この異世界も年、時間、分、秒という概念が浸透している。
きっと誰か、アリストテレスみたいな人が僕よりもずっと前に転生して、広めたんだろうな。
今日の午後は『魔法実技1』で、プラチナ・ゴールドクラスの合同授業。
小太りのヒドゥー先生が実践的に教えてくれる。
50歳くらいの、黒髪を前髪ごと後ろに結ったおばさん先生だ。
主に『下位古代言語1』と『魔法実技1』を担当している。
生徒の誰もが魔法を唱える職業につくわけではないが、この魔法実技は必須だ。
十二位階ある古代語魔法のうち、最下位の第一位階は別名『
『
魔法を使える職業はこれを1年生のうちに、使えない職業の者は2年生の終わりまでにすべて習得する必要がある。
「まず、各自の才能、見る。古代語魔法、初歩の〈
ヒドゥー先生は灯りを灯す木の棒と、詠唱の発音が書かれた紙を生徒全員に配る。
常用する言語がたどたどしくなってしまっているのは、古代言語の研究に没頭しすぎているせいらしい。
紙には矢印が随所にふられていて「上げ気味で」「区切るように」「ここは強く発音」などと追記されている。
紙はこの世界に浸透しているが、もちろんコピー機はない。
先生、生徒全員分を手書きしたんだろうな。
現代人だった僕からすると、すげぇわ。
「うーん、うまくいかない」
「最初、できなくてもいい」
魔法を成功させる際、魔力の活性の高め方を知ることが、最も大きな壁だと言われている。
感覚的なもので、教えてもらうことができず、何度も練習して自分なりに掴むしかないからだ。
なお、古代語魔法というのは一般に解明の進んでいる
日常言語とは違い、少々発音も難しいものだ。
ちなみに「
未解明な部分が多く、詳細は不明だ。
もちろん「悪魔言語詠唱」などはさらに未知なもので、
「リラの発音、少しずれてる」
「後半、イントネーション、ほとんど外れ。もっとゆっくりでいい」
先生は特有のたどたどしい言葉ながらも、生徒の発音のズレを次々と細やかに指摘していく。
ちなみにゴールドクラスの方は、魔法職系らしい上級生が二人ついて先生と同じように指導していっている。
「お、ポエロくんすごい。皆さん拍手」
そんな中、先生が感嘆の声を発した。
先程の魔物発生学の授業で発表していた、金髪少年が〈
皆がすげー、と歓喜しながら、パチパチパチ、と拍手を始める。
「いや、こんなの楽勝すぎる。俺4歳からできるよ」
ポエロは、当然だと言わんばかりのすまし顔。
「もうひとり、成功。皆さん拍手」
二人の失敗を挟んで、次はそばかすスシャーナが成功した。
こちらも十分な光量だ。
「ふん、あんなのに負けないわよ」
スシャーナがポエロに目をやると、腕組みをして鼻息を荒くした。
「なんだよスシャーナ。俺に勝てると思ってるのか」
「あんたに負けることなんて全く予想できない」
スシャーナは勝ち気な少女だ。
「お前のなんて、全然明るくないじゃないか!」
「そう言うあんたのは、もうすぐ消えそうじゃん?」
ふふん、と笑うスシャーナ。
「なんだと」
「なによ、やるの」
「やめなさい、ふたりとも」
ヒドゥー先生がため息混じりに言う。
こういう時、年配の先生は頼もしい。
若い先生が止めに入っても、舐められて止まらないこと、あるもんな。
「………」
言い合いは収まっても、スシャーナとポエロが相変わらずにらみ合っている。
「また始まったよ……あいつら学園予備校でも、ああやってぶつかってたんだぜ」
「まあしょうがないよな。あいつら実質、今年のNo.1とNo.2なんだからさ」
「でもなんで揃って、第三国防学園に来るんだよ」
「国王陛下の最優秀賞をとりやすいからだろさ」
「あぁなるほど」
僕の背後で、納得している声が聞こえた。
その左後方で、別な会話が始まる。
「そういやポエロでも断られたらしいぜ」
「なにを?」
「ほら、3年のフユナ先輩のパートナーだよ」
「えぇ、ポエロでもだめなん?」
そこで僕の隣りにいた男子生徒がヒドゥー先生に見てもらいながらチャレンジする。
が、残念ながら失敗に終わった。
「さて、オワタ」
ヒドゥー先生が背を向ける。
「……あ、忘れてた。もうひとり」
ヒドゥー先生が、くるりと振り返った。
先生、最高だ。
忘れられるとか、こんな扱いを待っていた。
まあクラスに最後に編入になったから、もともとの名簿にないんだろうな。
「サクヤ、やって」
「いいでしょう」
よし、見せてやる。
僕の顔が、一気に研ぎ澄まされていく。
――いくぞ。
ここは一発、大きく外す。
僕はプラチナクラスには見合わない存在だとアピールする。
そして、
「サウジ・イランイラク・セキユイパーイ……」
僕は小声ですばやく詠唱する。
だが先生は聞き取って顔をしかめた。
「詠唱、全然でたらめ」
「――〈
――カッ!
「……うわ、ついてるし!」
セルフツッコミしてしまった。
なんと、灯ってしまっていた。
眩しくて仰け反るほどの明るさで。
「おおぉ眩しい!?」
「……ちょ!? だれ、誰?」
「すげぇ、あんなに光ってる! あの人、誰!?」
100人を超える生徒たちが、一斉に僕を振り返る。
「……うそ……」
睨み合っていたスシャーナとポエロが、ぽかんと口を開けてこちらを見ている。
「今の、まさか……
ヒドゥー先生がじり、と後退りした。
いや、絶対にそんなはずは。
◇◇◇
終了のチャイムが鳴り渡り、授業は終了、輝く木の棒は先生に回収された。
「後で職員室へ」
「嫌です」
「呼ぶ」
先生はそう言い残して、去っていく。
僕の棒は遠目でも、まだ煌々と光っているのが見える。
僕のが一番、と言わんばかりに。
「すごかったね……」
「いや、まぐれでしょ」
……ひそひそ。
「……待って、あの人、宿無し君じゃない?」
「ああ、ロビーで寝てるって噂の?」
……ひそひそひそ。
あれから、生徒全員が繰り返しチラ見してくる。
「………」
僕は口から血が出るほどに歯噛みしていた。
なんてことをしてしまったんだ。
これでは
縁の下のチカラモチャーは、縁の下に居なければならないのに。
一番に目立っていては絶対に駄目なのに。
「ちくしょう!」
帰りのホームルームが終わるや、僕は逃げるように帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます