1-39.ナビィ顕現


 夕食後には精魂疲れ晴れたと言う感じでぐったりしていた子供達に早めの就寝を促して、ボクも大分しんどいので寝てしまおうかと考えていたのだが、フィジカルが違う為だろうか、本体に戻って見ると随分と楽になる事に気付いた。人間の身体は何かと便利な所も多いが、レベルが上がらない内はやはり貧弱さが目立つな。アバターの連続使用も考え物だ。

 こんな夜更けだと言うのにリリアナは向こう岸に渡って自分の細剣で素振りをしている。息と共に振るう緩急のついた一閃は月明かりを浴びて白く軌跡を残す。その度にポニーテールは宙を踊り、その姿はまるで剣舞でも舞っているかの様だった。こういう姿を見ているとやはり凄腕の剣士なんだなと実感出来る。

 ルーリエは焚き火の前で何やら木材に小刀を入れていた。尋ねて見た所、ボクとの戦闘で破損した木偶人形を修理しているのだそうだ。あの人形達はルーリエのお手製だった様で、ここへ来てからも空いた時間にはこつこつ作業を進めていたのだそうだ。そう言われればと何度かそんな場面を目撃していた事を思い出す。戦人形バトルドール用の鉄製パーツはユーラリエの鍛冶職人しか作れないそうなので今直ぐ完全に修理する事は出来無いらしい。彼女の腰袋は、空間を歪めて見た目より多くの物が入る”魔法の鞄マジックバッグ”と言う魔術道具だそうで、その中にはまだ数体の人形が入っているそうだ。万が一の時の予備を用意しておくのは冒険者なら当然の事だと踏ん反り返えるルーリエを見てると、僅かに芽生えた人形を壊した事への罪悪感も薄れて行く。


 そんな二人を視線の端に置きつつ、余暇を利用して続けたナビィのアバター制作がそろそろ終わる。もうじき23時を周る頃だ。このアバター制作作業自体はボクのアバターの時と殆ど変わらない。違いと言えば服装なども纏めて作る必要が有る点くらいだが、ナビィのアバターには実体が有る訳では無いので多少無茶な、現実離れした装飾も可能になるのだ。例えば眼鏡とか。他にも服や装飾品など単体でデータが作れるので、何時でも着せ替え出来るらしい。これはマニアには堪りませんよ。

 とは言えボクはそこまで凝り性と言う訳でも無いので、比較的現実的な範疇で収めた。

 ナビィの性格付けには、ボクの無意識下での趣向が大きく反映しているらしく、前世で好きだったアニメのとあるキャラクターに似通った物になっていると言う事も有って、ビジュアルも若干それに寄せている。全く同じに作る事も出来るのだけど、不思議と嫌な予感がした為に泣く泣く断念したのだ。まあ、せめてもの抵抗に眼鏡と本の装飾品を装備させたので、少し気分も上がると言うもの。パチモン見たいになるのも嫌なので完全に別キャラだが、これはこれで良い。捗るね。今回用意した服装は膝丈まであるパーカーとホットパンツだ。もちろん靴も。想像力が貧相で無難な物しか作れなかったが、そのうちどんどんレパートリーを増やしていきたいと思っている。

 一通り作り終わったアバターテータをぐりんぐりんと動かして確認し、特に問題無いと判断出来た。


――よし出来でけた!ナビィ、準備はええか?

《かまわない。始めて。》


 目の前の宙をふよふよしていた発光球体のナビィの言葉にどこかわくわくとした匂いを感じたが、多分気の所為だろう。

 アバターと衣服や装飾品のデータを保存して、画面端に有る”アップロード”ボタンをタップした、その時。

 ナビィの周囲に緑色の光が溢れ、どこからか湧いて出た零と一を羅列した帯や半透明のバーコードの板が彼女をぐるぐると取り巻き、球体のナビィがぼろぼろと剥がれ始める。欠片は宙に舞い消え、後には白い光が漏れ出ていた。やがて全ての欠片が剥がれ、後に残ったのは小さな人型の白く淡い光。

 その光は次第に色づき始め輪郭を生み始める。やがて周囲の光も薄まり、元の暗闇が戻って来た。後に残ったのは、先程自分で作ったアバターデータそっくりの、宙に浮く四頭身程の女の子だった。


――……成功した?


 目の前の女の子は自分の身体を確かめる様に動かし、捻って自分を見ている。髪は短く、下フレームの眼鏡を掛け、手にはその身体には大きな分厚い本を抱えているが、身振りからはその重さを感じさせ無い。

 くるくると宙を待って自身の感触を確かめている様が、どうにも妖精然として目を奪われてしまう。

 暫し宙を飛び回っていたナビィが止まって、何か言いた気にこちらを見つめる。


『あり、がとう。』


 モデルに倣って表情薄めに設定していた彼女の口元が僅かに上がった。目も少し細め、人目でそれが喜びを表していると分かる。

 ずっと無機質に喋る彼女のイメージには無かった行動に思わず心臓が跳ね上がった気がした。なんというか、その、そっくり・・・・だった。

 結局「お、おう。」の言葉しか口を出ず、キョドってしまう。キョドラゴン。忘れて。


「な、なんです……?それ……。」


 声にはっとして視線をやると、傍らにルーリエが立っていた。少し後ろにはリリアナも居て、目を剥いて居る。


「何って……えっ、見えるの!?」

「み、見える……。」

「ちっちゃいヒトが、浮いてる……です……。」


 ど、どう言う事だ!?ナビィは誰にも見えない筈……いや、”次元眼ディメンションアイ”のギフトを持っているらしいクロには薄ぼんやりと光球タイプのナビィが見ていた。もしかしてこの二人もギフトを……?いやでもこれまでもナビィは光球状態で飛び回っていたし、今更反応するのも変だ。一体、これは……?


「!?き、消えたぞ!」

「どこへ行ったです!?」


 ボクの目には相変わらず映っているのだが、どうやら二人には見えなくなった様子だ。すすす、とアバターのナビィが近づいて来て二人の死角に入ろうとしている。


――ナビィ?

《迂闊だった。アバターを来ている時には可視化の切り替えが出来る様。》

――可視化の切り替え?


 聞く所に拠ると、”NIS”スキルのレベルが上った事により他者への可視化を可能にする機能が追加されていたのだそうだ。ナビィはその事を把握していたそうだが、デフォルトでオンになっているのは想定外だったと言う。この可視化はナビィ本人は元より、ボクでも切り替えが出来るらしい。へぇ。


《私の存在は周囲に通知する必要性を感じ無い。秘匿を推奨。》

――んーそうねぇ……。

「あっ!居たです!」

『!?』

「また消えたぞ!?」


 試しにボクの方で可視化を有効にして見た所、正常に機能した様だ。当のナビィは折角有効化した可視化を早々に解いてしまった。んもぅ。


《何故?》

――何故って、ねえ。もう見られちゃったんやし隠しとく事も無いでしょ。

《……秘匿を推奨。》

――なんで秘匿すんの?

《手の内は容易く晒すべきでは無い。》

――恥ずかしいの?

《……っ。》

――まっさかー、そんな、そんな訳ないよねぇ?ナビゲーションインターフェイスシステムともあろう御方が……ねぇ?

《……。》

――ねえ?

《……卑怯。》


 図星だった様だ。まさか彼女にこんな感情が有るとは……スキルのレベルアップごとに人間性も向上しているのではなかろうか。

 からかい半分にナビィを囃し立てたのだが、まあ実際彼女の存在を告知するメリットは有るつもりだ。

 ひとつは子供達の情操教育の為。明らかな人類の埒外で、知的生命体のナビィを交流する事は、きっと彼らの為になるだろう。そしてそれはナビィ自身の人間性向上の為でもある。これまで目に見えて人間的になって来ている彼女なら、より豊かな心を育てられると思う。その為にも、ボク以外の存在との対話や交流はきっとプラスになると思う。デメリットも有るだろう。けれど今はそう思うのだ。

 ボクとナビィは一心同体。どんな時も離れる事は出来ない。この決断がどう言う結果を招くかわからないけど、そのデメリットを背負う覚悟くらいは出来ているつもりだ。


《……わかった。》


 とうとう観念したナビィは自ら可視化をオンにした様だ。彼女が心を決めたなら、ボクは精一杯フォローしなければならないだろう。


「うわっ!?」

「ここに居たですか。」

「二人共、説明するから一先ず落ち着け。」


 なんとか落ち着かせた二人にナビィの事を一通り説明した。始めは困惑の色を飲み込めなかった二人だが、やがて「もうあなたに対して驚き疲れたです。」「触っていいかな?」と好奇と諦めの表情で受け入れてくれた様だ。因みに彼女は今ボクの頭の上に立っている。

 するとナビィがふわり、とボクの頭から二人の眼前宙空に舞い降りた。


『私は個体名”シロ”のナビゲーション・インターフェイス・システム、個体名”ナビィ”。……よろしく。』




◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇




「かわいい!」

「妖精さん、ですか?」

「どうやって空へ浮いているのでしょう?」

「ごはん、たべる?」


 朝食の後、子供達にナビィのお披露目をした所、皆それぞれの感想を呟きつつ歓迎してくれたように思う。

 因みにナビィに触れる事は出来ない。昨夜本人の許可を得て触れようとしたリリアナの指がナビィを貫通、透過と言うべきか、まあ結局触れる事は叶わずにリリアナが目に見えてしょんぼりしていた。意外と可愛いもの好きな様だ。

 当のナビィは子供達に囲まれて困惑しているのか、本を持って微動だにしない。あの本はナビィが検索するイメージを形にした物で、「常に持っていなくてもええんやで?」と説明したのだが、頑として手放そうとしない。まあ、ナビィも自身で保存して有る小物等のデータを出し入れ出来る。その内飽きて持たなくなるだろうさ。文学少女っぽくて好きなのでこのままでも問題ないしな。うん。


「この様な存在がずっと側に居たのですね。シロ様、なびげいしょんいんたあ……とは何なのでしょう?」


 そんな質問をユーライカから受けて、頭を捻る。改めて聞かれると答えに困るな。


「うーん、ボクが使うスキルとか、そう言うのの親玉って言うか……いや、違うか。ああ、あれや。秘書、秘書見たいな物やな。」

「秘書、ですか?……そうですか……。」


 なんとか例えを捻り出したが、なんだかユーライカの表情が暗い。調子悪いのかな?とも思ったのだが彼女のステータスには以上は見られない。

 なんと言葉をかけようかと迷っていたら、その隙にルーリエが喋りだしてしまった。


「しかし、この世にあんな存在が居るだなんて、想像もしてなかったです。」

「ああ、そうだな。あれ程可愛らしい生き物が居るものなのだな。」

「……なんだか言いたい事が伝わってない気がするです。」

「何の事だ?……ああ、そうそう、シロ殿。折り入って相談があるのだが。」

「ん?何?」


 リリアナが話を切り上げてこちらに振ってくる。仲間の死体の話かな?


「昨日そこの樹の下に設置していた床だが、あれはまだ出来るだろうか。」

「んー?ちょっとまって……ああ、材料は有るから出来るな。」

「それならば、一つあちらにも同じ様な床を設置して欲しいのだが、どうだろう?」


 彼女が指差した先は川向うの河原広場、その上流付近だ。


「構わへんけど、同じもんでも良いの?」

「基本は。だが広さを上げて欲しい。そうだな、あの辺りから、あの辺りまで。出来るだけ丈夫な床があると良いのだが……。」

「足りると思うけど、何すんの?」

「足場の整った訓練スペースが欲しいんだ。」


 リリアナが言うには、剣技の練習だけなら今のままでも出来ない事は無いけれど、筋力トレーニングなどの有る程度平で寝転がれるスペース必要な訓練には砂利の足場は適さないのだそうだ。

 そう言われればそうだな。確かに腕立て伏せなんて手が痛すぎて、こんな所ではやってられ無いだろう。彼女の言い分を理解し、承諾した。


「助かるよ。私達は明日にはここを離れるから、その前に場所だけでも確保したかったんだ。これで私達が居ない間も訓練に支障は出ないと思う。」


 なんだかこのヒトにはいつも子供達に気をかけて貰ってる気がするな。仲間の死体を届けたら、こっちへ戻って来てくれると言うし、頭が上がらない思いだ。こうなると、あの時さっさと彼女の仲間の死体を喰らわないで良かったなと思う。

 その後早速リリアナを従えて、指定の場所に設計した基礎込みの床板を設置した。基礎と言っても床下に伸びた枠の木を地中深くまで埋めて居るだけだが、まあ簡単に瓦解する事は無いと思う。多分。

 大体広さはテニスコート一面分くらいだろうか。川に面した側には腰まで有る簡易の柵も設置して有る。転落防止措置だ。

 この規模なら拓いた土地に作っても良かったんじゃ?と聞いて見たが、あまり森に近いと不安だと聞いて確かにその通りだと思い直した。あの土地を使う時は先に頑強な柵の設置をすべきだろう。

 早速リリアナが上に乗って強度を確かめ始めた。


「うん、これなら十分だろう。踏み込みが強すぎると踏み抜いてしまうかも知れないが、今程度なら問題無いと思う。何よりこのつるつるとした床が良いな。」


 この木床は全面を一度焼き加工を加えて、その上で磨きの加工も加えてあるのでフローリングの様につやつやだ。流石にワックス掛けは出来ないが、一先ずの物としてはまあまあだと思う。


「感謝するよ、シロ殿。これで出来る事が増えた。筋力トレーニングは大事だからな。」


 これで訓練がより辛い物になると思うと、子供達に合掌したくなる。


《あなたもする訓練。》

――そうやった!やだー!


 結局その後はリリアナに拠る新メニューの筋力トレーニングやスタミナアップ訓練、ルーリエの魔力操作会得の為の精神集中訓練をみっちりやらされて、皆死に体のボロ雑巾然となってしまった。今日は流石に子供達も相当大変だった様で、それでも「食事の準備を……!」と唸っていたのだが、それを見かねて今日の食事は冒険者二人が代わってくれた。普段と違う料理に歓喜する余裕も無く、水浴び場で汗を流した後はそのまま本体ソファで寝入ってしまった。

 ここまでの身体の痛みや疲労感は実に久々で、懐かしさすら覚える。竜の身体では感じられない感覚だ。

 こう言う時に湯船のお風呂を求めてしまうな。やはり肉体疲労には湯船が一番だよ。本気で導入を考えて見よう。いや、絶対作る。決めた。


 明日は冒険者二人が元居た街、ユーラリエに帰る日だった。

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