1-40.訪れた機会
眩い日差しの下、ボクは一人佇んで居る。
「おっそい……。」
タイミングを見計らって準備したつもりだったが目算が外れてしまった。ルーリエが箒でベースから飛び立ち森を出るまでの時間を逆算し、ボクはアルヴィエールの森の入り口付近、その人工道へとやって来て彼女達の荷馬車を”
そう、今日はリリアナ達が仲間の死体を元居た街へと運ぶ為、このアルヴィエール大森林を出て行く日だった。
と言っても、戻って来ない訳では無い。片道に10日程度掛かる為、長くても一ヶ月程度は帰って来ないと聞いているが、あちらでの用事を済ませた後は再びこの森へ戻って子供達が自立する為の英才教育に力を貸してくれる事になっている。ルーリエはともかく、リリアナは英気を養う為にここに滞在したい的な事も言っていたし、こちらとしては大歓迎だ。ボクではしてやれない様々な恩恵を子供達にもたらしてくれる事に期待したい。
それは兎も角、未だ一向に帰って来る気配が無いのはどういう事だろう。そんなに村は遠いのかしら。それとも馬の足が遅い?悪路が続いているのかも?
確認しようにも、この森の入口には強力な結界が張って有ってボクには進む事が出来ないのだ。近づくと強烈な電気的な痛みが全身を襲い、それはとてもじゃないが耐えられる様な物では無い。おまけに入り口と言うのも岩壁を堀り抜いた様な上り傾斜のトンネルなもんだから、奥を除く事すら出来やしない。誰がいつ張った結界とも知れないが、実に厄介だ。まあ別に、進んで外に出ようとは思っていないのだが、何となく癪である。
なんて考えている内に一つの疑問が頭に浮かんだ。ヒトの身体のアバターなら出られるんじゃね?
ユーライカ達すらここを通って森へ入って来、件の冒険者達は往復までしている事実を鑑みれば、この結界が魔獣を外に出さない為の物で有る可能性は高いだろう。ならば身体をヒトの物に変えれば、或いは通り抜ける事が出来るのでは無いだろうか。
因みにアバターは今、腹の中だ。何故わざわざ気持ち悪い思いまでして回収したかと言うのも”
以前聞いたアバター個々に稼いだレベルは死んだ際に全損または半損する、と言う仕様に救済措置が有ったのだ。実は、アバターを体内に戻す事でそのアバターの状態を保存する事が出来るのだそうだ。所謂”セーブ”と言う奴だな。定期的なセーブを行う事で、レベル全損の可能性を下げる。その為にもアバターはレベルが上がるごとに体内に戻す事にした。出し入れは苦しくて辛い行為だが、レベルには変えられ無いのだ。
尚、腹に収めたアバターのレベルを本体に還元するかどうかは任意で決められる為、今はそのままにして有る。どうせ直ぐ使うアバターだし、無駄なレベルの移動はしないに越した事は無いのだ。アバターが腹に有る内はいつでも自由にレベルの移動が出来るので、そう慌てる事も無い。
話は戻って。
最近はあまりこの辺りにも来なくなって居たし、良い機会なのでアバターで結界を抜けれるか試して見よう。
息を吸って腹に力を込め気合を入れる。スキルを使用すると、特有の圧迫感を腹に感じる。それはやがて存在感と異物感と成って、ゆっくりと込み上げてくる。
鼻で息を吸い頭を下げると、喉の奥からずるり、と粘液塗れの見慣れたヒトの身体が顔を覗かせた。そのまま一息で吐き出して、咽る。
数度咳き込んで何とか息を整えた。ああ、何度やっても慣れない……けれど、それでも続けねば。レベル全損は嫌だ。
眼下に吐き出されたその肢体に纏わり付いた粘液は煙も無く蒸発し、既にさらっとし始めていた。いつもの様に地に伏せて、アバターに”インポート”する。特有の感覚の後、無事意識の移動に成功した。
ヒトの身体で「ふう。」と一息付き、立ち上がり身体を解す。
「なんか新鮮やな。」
ヒト目線でこの場に来た事が無かったので変な感じだ。
感慨もそこそこにボクは短い木製の橋を渡って入り口のトンネルまで歩みを進めた。改めて見上げるそれがなんだかでかく感じるのは、ヒトの身の矮小さ故だろうか。
「えっと、確かこの辺やったよな。……うりゃ。」
《
手探りに突き出した腕を結界の境界線へ差し出した瞬間、鋭い音や痛みと共に弾き飛ばされた。
悲鳴を上げる暇も無く宙に投げ出された身体は暫くの浮遊感の後地へ落ちて転がる。背中から落ちて詰まった息をなんとか取り戻した頃には吹き飛んだ意識も戻って来ていた。
臥した地面に仰向けになって息と思考を整える。未だ混乱しているボクの視界の端に映る自身のHPゲージは、残り一割を切っていた。早速”自動回復”スキルがHPを僅かに回復させているが、今のままでは石をぶつけられただけで死ねそうだ。
兎も角このままではまともに考える事も出来無い。身体を起こす事も出来そうも無いので、本体の所まで少しずつ背ばいで進んだ。割と近くに荷馬車が有る事から少なくとも十メートル以上は飛ばされたのだろう。
にじり、にじりと痛む身体に鞭打って、何とか本体に手が届く位置まで這って来れた。腕を伸ばして本体に触れ、”エクスポート”する。特有の感覚の後、先程まで感じで居た苦痛や倦怠感が嘘の様に晴れた。ゆっくりと頭を上げて一息吐く。痛みから逃れた事で頭が鮮明になり、先程の自分の状況をはっきり理解する事が出来た。
「駄目かぁ……。」
ナビィの警告アナウンスが鳴った時には既に時遅し、ボクは結界に阻まれて弾き飛ばされてしまったのだ。結界に触れた瞬間身体に電流の様な痛みが走り、弾かれた腕の勢いのまま身体ごと吹き飛んび、空中で何回転かして背中から落ちた様だ。ナビィの警告はいつもギリギリだが、今思えばちゃんと”危機感知”スキルが作動した感覚は有ったので、本体の身体能力なら寸前で踏み止まれたのだろう。いつも迂闊なボクだが、アバターの時はより一層気を張らねばならない様だ。
身体を起こして落ちた辺りを確認して見ると、15メートル程有る木製の橋の途中に血痕が有った。ここに落ちてから更に数メートル転がったらしい。そりゃあ瀕死にも成るわな。改めて地に横たわっているアバターの状態を確認して見ると実に痛々しい、肋骨や腕の骨が折れている様であちこち血まみれだ。
アバターは意識が乗っていない状態でも外に居る間は生きている。それ故”無限収納”には収納出来無いのだ。馬車に乗せて置く訳にも行かないので、小さく気合を入れで、傷だらけのアバターを飲み込んだ。……ふぅ。
それにしても、ヒトの身体でも通れないとは徹底しているでは無いか。この森は余程ボクを外に出したくないらしい。それに、結界の反撃が以前より随分と強い気がするのは、身体の差なのだろう。思わぬ所で自分の、魔獣の身体の頑丈さを思い知った。こんなの小動物系の魔獣なら一発で死ぬだろうな。だから森を出ようとする魔獣が現れないのかも知れない。
その後、”探査”スキルに引っかかった、頭から腰辺りまでが岩で覆われた猪魔獣”
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
入口付近、木々の隙間から奴らを見ていた。
光点から人数は八人。全てヒト種だ。
称号から、どうやらこいつらは盗賊らしいのが分かった。腰や肩にはそれぞれ武器や道具袋を下げている。レベルはいずれも20~30前後で、ステータス値も大した強さでは無いのが分かる。これなら子供達でも何とかなるかも知れないな。
一人だけ馬に乗っている人間族が居るがこいつが賊のリーダーの様だ。顔には大きな古い切り傷が有って、この中でも一際高いレベル31。腰には長剣とナイフを刺して、馬上から辺りを見回しながら賊を引き連れ橋を渡り切っていた。その視線は眼前大きな荷馬車に注がれている。
手下らしき人間族に指示を出して見に行かせる様だ。やめろ触るな。
賊は何人かで荷馬車を検分し、大声を上げた。
「
「こいつぁ高く売れる、馬を繋いで持って行きやしょう!」
その大声も有って、やつらの声を”聞き耳”スキルが難無く拾って来る。あの荷馬車をどこかへ売り飛ばすらしい。
他の賊も馬車を取り囲んで何のかんのと言い合っている。
「やっぱりあの女の後をつけて正解だったな。」
「随分派手に動いていた見たいだし、奥に行きゃあもっと金目の物が拝めるかもしれねえぜ。」
「頭ぁ、この図版はなんでやしょうね?」
背の低い鼻がゴブリンのように出っ張った小男が、馬に乗ってゆったりと来た賊のリーダーに何やら問うている。ここからは死角で見えないが、恐らくリリアナが所属していたという冒険者パーティのマークか何かだろう。確か鉄のプレートに獣の牙彫り込まれたロゴだった気がする。この馬車はその冒険者パーティの所有物なので、それを示す物が付いていても不思議では無い。……そう言えばゴブリンって見た事無いけど、この世界にも居るのだろうか。後でリリアナにでも聞いて見よう。
リーダー格の男、ドドンが馬上から顎をしゃくって近くに居た太ったケットシーに声をかけた。関係ないけどドドンって変な名前やね。
「おいトンズラ。分かるか?」
「こいつぁユーラリエ所属の冒険者パーティの所有物でしょう。版の下に彫り込んである。……ユーラリエで牙っていや、こりゃあ
「鉄の牙だあ?そんな中堅どころの荷馬車が、何だってこんな所に置いてあるんだ。」
「そいつぁ分かりやせんが、恐らくあの赤髪のメスが鉄の牙副団長のリリアナ某なんでやしょう。」
「おいデッチ。奴らあとどれくらいで戻ってくる?」
「……大体半時間って所かと。こいつを繋いで引き返すと鉢合わせるかもしれやせん。」
次に話しを振られたデッチと言う身軽そうな細身のケットシーがリリアナ達の帰還のタイミングを知らせた。”鑑定”情報に拠ると、デッチは斥候担当らしい。因みにトンズラと呼ばれたケットシーは情報担当だそうだ。
ドドンはその強面を少し歪ませ少し思案している様だ。
「……よし、馬を繋げぃ!このまま直進してアネトンの拠点へ戻るぞ!」
「おうや!」
別の人間族の男達が乗らずに手綱を引いていた馬を荷馬車に固定し始めた。その他の盗賊たちも慌ただしく出立の準備を整え始めている。……そろそろ限界だな。
友好的な素振りを見せないかと様子を伺っていたのだが、どうもうちの荷馬車を盗む気満々の様だ。そんな悪い子はおじさん知りませんよ。
身を隠すのを止め、ボクは無遠慮に森を出る。渡して有るロープを跨ぐと気持ちの悪いぴりぴりした感触が肌を掠めるが、以前程嫌悪感も覚えないのはレベルアップした耐性のお陰だろうか。
森からの存在に気づいたらしい盗賊たちが、それぞれ武器を構えて声を荒げた。光点は赤く変わって行く。
「なんだぁ!?」
「なんだぁありゃあ、……地竜か?」
「あんなの見た事ねえや。」
「うるせぇぞテメェら!たかが低級竜ごときで喚きやがって、あんなもん馬と大差ねえだろうが!」
ドドンが叫ぶが、それはちょっと失礼じゃないかな?流石に馬よりは強いと思うぞ?
盗賊達の態度は明らかな敵対行動だがまだ手は出されていないし、普通魔獣が現れたら敵視するもんだろう。まずは会話を試みるのだ。
「おい。」
盗賊達が唖然としている。なんだよ急に、と思った途端思い至る。子供達やリリアナ達との生活で麻痺していたが、どうやらこの世界の魔獣は喋らないらしい。会話を試みるのも只事では無かったのだ。うっかり失念してしまっていたが、もう既に話し始めているのだから、今更だろう。
「お、おい、今……。」「喋った……?いや、そんな、まさか。」「あ?何だ?何かあったのか?」「聞き間違いだろ、寝ぼけてんなよ。」などとぶつくさ言っている盗賊共は無視して、後ろでこちらを睨みつけているドドンへ向かって話を続ける。
「その荷馬車はボクの所有物や。手ぇ付けんといてくれ。」
「ほんとに喋りやがったぞこいつ……!?」
ドドンでは無く周りの盗賊共がまた騒ぐ。いやそう言うのはもうええから。
……頼むから、帰ってくれんかなぁ。
「今直ぐ消えるんなら見逃したるぞ。」
「……頭。喋る地竜なんてとんでもない値が付きやすぜ。おまけに白いと来てる。いっちょ生け捕りにしちゃあ如何です?」
太ったケットシーのトンズラが不穏な事を言う。君それフラグやろ。
対するドドンはそれを聞いて、厭らしく口角を上げた。どうやら満更でもない様だ。
「お前らぁ、殺すんじゃねえぞ?」
「へへへ……。」
「了解でやす頭ぁ……!」
「聞く気は無いねんな?」
「ふっ!」
最終確認を発した途端、細身のケットシーデッチが身を低くして走り出した。両手には何やらかっこいい形の片手剣を逆手に握り灰色の毛皮を棚引かせ突っ込んでくる。流石は猫、その素早さは折り紙付きだ。細身と言ったが、その太ももは太く強靭に見える。その素早さを逃げに使えば良かったのに。
一歩、また一歩迫るごとにボクの頭は冴えて行く。それなのに、心臓は強く脈を打っていた。
大きく踏み込んだ俊足は瞬く間にボクへ迫る。
――あーあ……知らんで。
ボクは大きく息を吸って、吠えた。
「ぐるぁあっ!」
”威嚇”効果の乗った叫びが数歩手前まで迫ったデッチの動きを一瞬止めた。本当はこの間取得した”威圧”や”咆哮”なんかでびしっと決めたかったが、未だロックが解除出来ていないので今回は我慢する。
一瞬の自らの硬直に、瞳には困惑の色が見えた。
躊躇うな。
ボクは右腕を振り被り、一歩踏み込む。次の瞬間、地竜の凶悪たる爪が赤い奇跡を宙に残して振り抜けた。
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