1-36.やっぱりチート


 目の前にはポンと間抜けな音と共に、一瞬で青写真通りの仕切り壁が出現した。実は材料を準備している最中に、思いついて少し変更を加えている。雨避けに斜め屋根を設置し、屋根の隙間からは光が入るようにして見たのだ。それでも内部が暗くなりそうだったので松明を設置する為のホルダーも追加した。最後に水に浸かる部分だけで無く、全体に焼きの処理を施して有る。全体が黒くなってしまったがこれはこれで良い。


「おお……。」


 感嘆しつつも、ちょっと引いてしまう。本当にワンタッチで設置出来たよ……。

 恐る恐る中に入って見ると、イメージ通り大人二人くらいが入って水浴びするには十分なスペースだ。脱衣スペースの陸地と直接川に入れるスペースで大体半々くらいになっている。水場は三方を壁で囲っているので万一にも流される事はないだろう。ついでに作った松明に焚き火から火を付けてホルダーに挿入して見ると薄ぼんやりと全体を照らしてくれる。夜に使うには少し暗いかも知れないが、一先ずはこれでいいだろう。水際には簀の子の様な木の板の床を敷いているので裸足でも問題無いと思う。壁に触れて少し押して見たがびくともしない。今度は今よりも力を込めて見ると木の軋む音はするがそれだけだった。柱の長さを余分に足して、その半分くらいを地面に埋めるように設置したのが良かったのだろう。壁板はともかく、柱は多少の暴風でも倒れたりしない筈だ。壁に手を滑らせるがささくれも無い。焼きの加工をしているとは言え、磨き加工も行きている様だ。全体として中々に良い出来だと思う。

 ともあれこれで一応の風呂場が出来たのだ。早速入ろうではないか。


「うひぁ!?」


 試しに川へ手を突っ込んで見たが、あまりの冷たさに飛び上がってしまった。気温が高いので行けると踏んでいたのだが、流石にこの温度の川に浸かる勇気は無いわ。

 今日はもうべたついたままの身体で寝るしか無いなあと思っていた時、背後から声をかけられた。


「シロ様、どうかなさいましたか?」


 声の主はユーライカだった。就寝の準備をしていた筈だが、さっきの悲鳴を聞いてやって来たようだ。


「それに、この建物は……?」

「ああユーライカ。いや、ちょっと水浴びでもと思ったんやけどな。流石に冷た過ぎて、諦めたわ。これは作った。」

「シ、シロ様がこれをお作りになったのですか?」

「最近手に入れたスキルでな。」

「流石はシロ様です……。因みにこちらは何をする為の施設なのですか?」


 唖然としながらもユーライカは辺りを見回している。


「ここは水浴び場、かな。……ほら、これまでは野晒しやったやろ?丁度良いスキルも手に入ったし、皆も視界を遮るもんが有った方がええと思って。」

「その様なご配慮、誠に――。」


 そこまで言ってピタリ、とユーライカの動きが止まった。


「……ん?どうした?」

「……シロ様、誠に申し訳ありませんでした。これまでのお目汚し、大変申し訳なく……。」

「ちょちょちょ、どうしたいきなり!?お目汚しって何が。」


 突然何言うのこの娘。そんな彼女の顔は暗く酷く沈み込んでいる様だった。


「……思えばこれまで、私達の様な者の小汚い裸体を晒し、シロ様の気分を害し続けていたのでは。そう思うと……。」

「はぁ!?違う違う、そうじゃないって!別に小汚く無いし、むしろ――。」


 縋る様に見上げるユーライカの視線に言葉が詰まる。危ない危ない、これ以上はセクハラになってしまう。裁判したら負けるぞ。

 こほん、と一つ咳払いをして、ユーライカの言葉を否定する。


「ともかく、そう言うんじゃないから。お目汚されてないから。皆の利便性を考えた結果やから。」

「は、はい……。取り乱したりして、申し訳ございません……。」

「分かればよろしい。」

「はい。……そう言えば、シロ様は水浴びをなさりたかったのでしたね。気づかず申し訳ございません。確かに、今のお身体では水浴びも必要でしょう。今お湯を準備いたしますね。」


 いつも子供達は水で身体を洗っていたので思い至らなかったが、確かに湯を沸かせば夜でも身体の汚れは落とせるか。


「そうやなぁ。頼むわ、ユーライカ。」

「かしこまりました。」

「なんだ、この建物は。いつの間にこんな物が……。」

「気づきませんでしたね。」


 にこりと微笑んで請け負ってくれたユーライカの背後から冒険者二人が顔を出した。ついでだし、この二人にもここの用途を伝えておこう。スキル云々は長くなるので省く。


「ここは水浴び場やで。」

「ほう。」


 簡単に一通りの説明を済ませると、自分達にも使わせてくれと頼んで来た。ここに居る以上それは勿論構わない。首肯すると早速ユーライカにお湯をお願いしていた。


「準備するのは構いませんが、お先にシロ様がご使用なさいますので、お二人はその後になります。」

「ああ、構わない。」

「ここではまともに水浴びも出来無かったですからね。助かるです。」

「なあシロ殿、近々厠を設置する予定は無いだろうか?」


 あー、トイレね。確かにそれも必要か。今は各々森の中に場所決めてフリースタイル排泄状態だもんな。ボクも未だに大きい方を催しては居ないが、小さい方は何とか森で済ましているので他人事では無い。とは言えガワだけ繕えば良いと言う物でも無い。事後の処理までのシステムを考える必要が有るだろう。あ、そうだ。尻紙、トイレットペーパー的な物も必要だよなぁ。……クリエイトで作れないかな?

 駄目元で探してみたらなんとトイレットペーパーが作成出来る物の一覧に存在していた。材料にはパルプと言う物が必要らしいが、パルプの材料には木材チップ、木材チップは既に所有している樹木が使えるらしい。試しに順繰りに作って見ると見事にひと巻きのトイレットペーパーが出来てしまった。シングルの芯無しタイプだ。絶対材料が有るだけで出来るもんじゃねーだろとセルフツッコミしつつ、自身のチート能力へのドン引きついでにもう一つ試して見る。排泄物の処理方法についてだ。

 と言っても、出来る事なんて限られているけどね。今まで分離していた獣の排泄物は、アイテム欄から個別選択出来る”消去”で完全抹消して来たが、折角クリエイト機能を手に入れたのだから、排泄物がどう化けるか確かめておきたい。うんこだって何かの役に立つのだ。

 真っ先に思いつくのは醗酵させて肥料にする事だろう。だけど、確か以前人糞の肥料は使っちゃ駄目と言う旨の事を聞いた覚えが有る。試しにナビィに聞いて見たら答えが帰って来て驚いた。ナビィペディアまじ有能。

 なんだか難しい事を連々と話してくれたが、噛み砕くと人糞肥料は臭いや寄生虫、感染症のリスクが有る為完全に醗酵させても注意が必要との事で、クリエイトで作ろうと思えば作れるけれどどうにも実行する気にはなれなかった。

 後は土に埋めて放置とか、何でも食べるスライムを捕まえて食べさせる、とか思いつく。最終的にナビィに処理方法の候補を上げて貰った結果、二つに絞られた。

 一つは深く穴を掘ってその中で土と混ぜて埋める方法。二つ目はクリエイトでメタンガスの材料にする。どうやら人糞は醗酵させるとメタンガスを作り出すのだそうだ。

 そんな物、何に使えば良いか検討もつか無いがある程度は確保しておいても良いかも知れない。試しに既に”無限収納”に入っている未処理の獣の糞を材料にクリエイトで少しだけメタンガスを作ってみた所、難無くメタンガスが出来、糞が消えた。ガスを作って糞が完全消滅するなら一石二鳥だな。これで糞の処理はクリアしたが、尿はどうしようか。

 だがこれも呆気無く解決した。どうやらクリエイト機能で尿からアンモニアか水素が作れるらしい。理屈はわからん。しかし、アンモニアはまだ分かるが水素も作れるとは驚きだった。こう見ると厄介者だった排泄物も宝の山に思える。使い道はないんだけどね。

 まあ、これで糞尿の処理方法は確立出来ただろう。木で作ったトイレを設置して下に入れ物を置く。その入れ物をボクが回収してクリエイトで処分する。その他の不要な尻紙なんかは使い道もないし、消去しまえば良いだろう。ボクの仕事がまた増えた気がするが気にしてはいけない。さあて後は青写真を作って設置するだけだナー。

 方針が纏まって顔を上げた時には、既にリリアナ以外はそこに居なかった。


「おや、考え事は済んだかな?」


 壁にもたれて姿勢を保っていたリリアナが声をかけてくる。どうやらボクはその場で座り込んで考えに没頭してしまった様だ。なんだか恥ずかしい。


「ボク、どのくらいこうしてた?」

「15分くらいだろうか?ユーライカは湯を沸かしに行って、ルーリエはそれについて行ったよ。」

「それは、その、すまんね。」

「構わないさ。それで、どうにかなりそうかな?」

「ああ、近い内に作って見るわ。」

「それは助かる!……聞いていなかったが、これはどうやって作ったんだ?今の口振りだと、シロ殿が作ったのだろう?」

「シロ様、準備が出来ました。」


 ボクが答える前に、お湯の入った大きめの鍋を抱えたユーライカが戻って来た。それに礼を言ってから、改めてリリアナに答えを返す。


「それはまた今度な。」

「そうだな。じゃあ私は行くよ。湯浴みを楽しんでくれ。」

「おう。」


 入口の方へ視線でリリアナを見送ってから振り返る。簀の子の上ではユーライカが鍋を置き、膝を付いてタオルを構えていた。


「えっと?」

「さあシロ様、こちらへいらしてください。まずは服をお脱がせしますね。」


 あれれー?おかしいぞー、別に洗ってくれって頼んでないよ?


「さあ。」

「あの、ユーライカ?」

「どうぞ。」

「自分で出来んねやけど。」

「ご遠慮なさらず。」

「……。」

「……。」


 なんか今日のユーライカはしつこいな。もしかしたら病気かもしれないとステータスを確認しようとした時、ユーライカが目を伏せ小さく息を漏らした。視線を上げて「かしこまりました。御用の際はお申し付けください。」と言った時には笑顔に戻っていたのだが、それが少し寂しそうに見えた。

 ……ずるい奴め。そんな顔されたら断り切れ無いでは無いか。


「わかった。背中だけ、頼むわ。背中だけね。」

「っ……はい。シロ様。」



◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇



 お湯で身体を拭くだけでも随分とすっきりする物だ。べた付きから開放されてとても良い気分である。

 ユーライカは言葉通りボクの背中を温かい濡れタオルで丁寧に拭いてから水浴び場を出て行った。この後冒険者二人が使う分のお湯も準備し無くてはならないのだから当然だ。服を脱いでいる時に背後に視線を感じたが、四方に壁が有るのだからきっと気の所為だろう。

 後がつかえている事だし、ユーライカに背中を拭って貰った後は自分で全身綺麗に拭うに専念する。風も少し冷めて来た、そそくさと服を着て、使用済みのお湯を川に流し水浴び場を後にする。

 空の鍋を持って焚き火まで戻ると、そこには件の三人が居た。後の子らは既に荷台に上がって就寝の準備をしている見たいだな。


「ユーライカ、空の鍋置いとくで。」

「まあシロ様。片付けもせず、申し訳ございません。」

「ええって。それくらい自分で出来る。」

「しかし……。」

「自分で出来る事は自分でやるから。」

「はい……。」

「その代わり、出来へん事は遠慮無く頼むから、そん時は頼むな?」

「……!はいっ。」


 ボクは別に召使いが欲しい訳じゃ無いんだから、そう甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも困る。こう言う所の擦り合せはまだまだ必要だなぁと改めて実感する。


「さて、シロ殿が戻って来た事だし、次は私が行ってくるとしよう。」

「待つです、次は私です!」

「何を言うんだルーリエ。」

「今回は譲れないです!」

「お前に譲られる事なんてあったか?」


 会話の切れ目を見つけたリリアナが我先にと水浴び場に行こうと立ち上がったが、先に行きたかったのはルーリエも一緒らしい。女性は皆お風呂が好きなのか。いや、風呂って程の物ではないけれど。

 放って置いてもやいのやいののどっちが先かの争いが終わりそうもないので一つ意見して見る。


「もう二人で使えばええんちゃう。」

「うん?」

「んな!?」

「それくらいの広さは有るで。」

「ふむ、確かにそれならば。」

「え!?」

「決まりやな。」


 なんかやけにルーリエがリアクション過多だけどいつもの事なので放っておく。


「ユーライカ、お湯足りそう?」

「この鍋だと一人分にも足りないかも知れません。」


 確かに、一番大きな鍋はボクが使っていたから、今直ぐにはお湯は用意出来無いか。いや、待てよ?何とか出来るかも知れない。素早く思念操作でクリエイト画面を開いた。……うん、出来るな。ついでにあれも作ろう。

 やる事は簡単。川で水を幾らか収納してクリエイトで”お湯”にするのだ。温度指定も出来る見たいなので一先ず33度くらいにしておいた。次に青写真を描いて、木だけで組める長方形の湯桶を作った。大体25リットルくらい入ると思う。これを洗い場に設置するのだ。これならお湯お沸かす時間も節約出来て、多人数で使う時も湯量で困る事はないだろう。……そうだ、このやり方なら浸かるタイプの風呂も設置出来るのではなかろうか。今度やって見ようと思う。

 ボクは早速作ったそれらを水場に設置しお湯を貯める。一気に注ぎ込んだお湯が外気に触れて、視界が隠れる程の湯気が立ち込めた。試しに手を入れて見ると想像より厚くて「あっつ!」と飛び上がってしまった。直ぐに川に手を付けたが、思えばそんなに厚くなかった様な気がして来た。もう一度恐る恐る手を付ける。確かに熱くて肌がぴりぴりするけれど、割と丁度良い温度かも知れない。

 焚き火に戻って三人を呼ぶ。


「おお……お湯が貯まってるじゃないか。」

「これはどうしたです……?」

「作った。」

「……もう何でもありになって来たですね。」

「自分でもそう思う。」


 その後冒険者の二人は湯浴みを楽しんだ様で、すっきりした顔で戻って来た。チートとは言え自分が用意した物で喜んで貰えるのは気分が良い。これからもこの場所の利便性を上げて行きたくなってくる。とは言え、未だクリエイトには材料不足で作れない物が山程有るのだ。子供達の生活向上の為にも、今後はレベル上げに以外にも様々な材料の収集も命題となりそうだ。

 それからユーライカの為にお湯を入れ替えて、すっきりした様子の彼女らを荷台へ見送って就寝となった。この身体の時はボクも睡魔に負ける様で、寝床は本体ソファで布団代わりの大布に包まって眠るのだった。

 目を瞑りながら今後の予定を考える。トイレ設置に子供達の家、出来れば畑、レベル上げに材料収集。ナビィのアバターを作るのも忘れ無い。魔術の勉強も剣の訓練も、森の散策なんかもやらねばならない。抱えている仕事の多さに目も回る思いの筈なのに、不思議と悪い気はしなかった。

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