1-35.とりあえず開拓



「靴のサイズ合わんかったら言うてな。」


 昼食後、調達して貰った靴と服を子供達に渡して行った。服の事はわからないので一塊にして多目的の石台の上に置いた。


「わぁ、ちゃんとした靴だ……。」

さいず・・・って大きさの事、だっけ?」

「そうだね。」

「う?」

「クロ、そこはそうではありません。ここを――。」


 皆思い思いに靴を手に取りそそくさと履き始める。ちゃんとした靴を履いた事が無いらしいエトとクロに、経験者らしい三人が教えていた。ユーライカだけは既に自分の靴があるからと辞退したのでおニューの靴は無いのだが、それでも他の子が貰ったちゃんとした靴に目を輝かせている事に喜びを覚えている様子が微笑ましい。

 ルーデリアの靴は茶色く厚手の革で編み込まれている脛半ばくらいの丈のブーツだ。幾つかのパーツに分かれていて、紐を結んで固定するらしい。少し動きにくそうだが防御力は高そうだ。

 アリーとクロの靴はルーデリアの靴のくるぶし丈って感じの靴で、同じ物では無いが似た造りになっていた。

 エトの靴は指定した通り指出しのサンダルみたいな靴だが、靴底は厚くくるぶしの有る程度上で踵から繋がった生地を固定する形になっている。

 どの靴も靴底はしっかりしていて、荒い地形の踏破に向いた造りに見える。こんな上等な靴、しかも子供サイズなんて良く見つかった物だ。中古だと聞いているけれど、ここで生活する子供達の為にわざわざ探してくれたのかも知れない。冒険者達には感謝しなければ。

 サイズに問題の無い事を報告した子供達は、今度はそれぞれ積まれた服手に取ってどれを誰が着るかと作戦会議をしている。微笑ましくて実に良い。

 因みに靴はボクの分も買って来て貰っている。くるぶしの少し上で生地を折り返しているイカしたデザインのブーツだ。サイズもまずまず、久方振りのちゃんとした靴の感触が懐かしい。しかし、やはり前世で履いて来た靴の様な心地良さは無い。ある程度履き古されている為多少はマシだが、どうしても無骨さが勝ってしまう。それでも無いよりはマシだし、無い物ねだりをしても仕方ないしね。冒険者達は実に良い買い物をしてくれたと思う。


「それと訓練用に木剣も買って来て貰ったから。今後はそれを使うように。」


 そう言って倒木ベンチに木剣をそれぞれ立て掛ける。長剣サイズが二本、短剣サイズが五本だ。

 長剣はリリアナとユーライカ用、短剣はボクを含めた他の子供達様だ。頼んだ時点でボクはナイフしか持てなかったのだが、帰ってくるまでには短剣を振り回せるくらいまでレベルを上げるつもりだったので、前持ってお願いしていたのだ。これでその辺りで拾った枝を振り回さなくて済むぞ。短木剣を一本だけ”無限収納”に戻して、これからやる作業について子供達に注意を飛ばす。


「これからボクは森境でやる事が有るけども、危ないから近づくなよ。」


 言いながら以前も似た様な注意をしたな、と思い出す。確かあの時は手に入れたスキルの実験をやるからと注意したのだが、結局クロと付き添いのユーライカには近付く許可を出してしまったんだったな。しかし今回は本当に危ないので、前持って「クロ、今回はあかんぞ。」と釘を差しておく。名指しされたクロは軽くショックを受けてしまった様で、一つ頷いてからはしょんぼりとしてしまった。うぅ……罪悪感が。しかし危険なのは確かだ、心を鬼にするのだ。

 子供達には任意のタイミングで自主練を始める様に言い含め、ボクは森境まで進む。

 さて、やるか。まず手始めに眼前に乱立する木々の一本に手を当てて”無限収納”に収納出来るか試して見るが、失敗。これが成功すれば楽だったのに。いつだったか、岸壁から顔を覗かせていた鉱石一塊は難無く収納出来ていたので、淡い期待を抱いていたけれど、出来ないだろうなとも思っていたので別に良い。本命は別に有るのだ。

 気を取り直して木の根元、それを取り巻くを見下ろし、”操土クレイ”を発動する。根の程近く、眼下の地面がぼこぼ事沸騰然と蠢き出す。

 ”操土”とは、読んで時の如く土を操る事の出来る魔術スキルだ。使用中は効果範囲内の操作出来る地面を感覚的に感じる事が出来る。始めは戸惑ったが、思念操作の要領だと気付いてからは割と上手く扱えるようになった。そして今、ボクは”操土”を使ってこの五メートル程の樹木を倒せないか実験中なのだ。

 感覚的な土の感触から無数に伸びる木の根の輪郭を感じ取れた。よしよし、大体把握でき――あ、隣の根っ事絡み合ってる鬱陶しい。根の周囲の土を解す事で木を倒す呼び水としたかったのだが、意外と一筋縄では行かないらしい。


――こんくらいの細さやったら、どうにかして千切れんかなぁ。


 その方が早そうだ。”操土”は土をこねくり回すのみ成らず、その硬度も有る程度操る事が出来る。部分的に土を硬質化させ動かす事で細い音を千切る事が出来ないか試す。ぬ、むむ、意外と難しいな。硬質化させながら移動させるのは結構疲れるな。額からはぽつぽつ汗が湧いて来た。余り時間を掛けると先にへばってしまいそうだ。魔術って体力要るんだな。だが苦労の甲斐有って、細い根を切断する事が出来た。ふとARのステータスバーに目をやると、MPバーが残り二割程になっていた。


――あっれー?そんなに使った覚えは無いぞ?……あ、そうか。


 何の事は無い、問題は身体だ。MPの豊富な本体でならいざ知らず、基本ステータスの低いこのアバターで本体の時と同じ感覚でMP消費を伴うスキルを使えば、最悪魔力枯渇でお陀仏だ。危ない危ない。

 しかしそうと分かれば話は早い。不意にこの木が倒れてしまわないか手で押して確認してから急いで本体の下に戻る。本体に手を当てて”エクスポート”と念じて本体に戻った。何日か振りに戻ったトカゲの身体は少し関節が重い気がする。ちょっと放置し過ぎたか。少し柔軟の為に身体を伸ばした後、再び急いであの木の元まで戻った。少しぐらついては居るが倒れずに直立している。セーフ。

 じゃあさっさと倒してしまおうか。とボクは周囲を確認する。この木が倒れる範囲にヒトが居ない事を確かめた後、こちらの様子が気になって仕方が無い様子の子供達が居る方向とは逆の方へ、腕の力だけで五メートル程度有る樹木を引き倒した。


「たーおれーるぞーぃ。」


 上の方で枝葉が折れる音がばきばきと鳴き、根本では被さった土を押し退けながら太細長短たさいちょうたんな根っこが幹の斜角に比例して顔を出した。そして樹は何かが擦れる様な砕く様な音と共に地面へと近づき、やがて轟音を轟かせて横たわった。


「うし、これで撤去は問題無いな。」


 早速回収を、と思ったのだがどうやらまだ駄目らしい。根っこが完全に切れていないと駄目なのかも知れないと思い、根まで歩いて行ってぐいっと持ち上げる。このくらいなら大きさの木ならまだ割と持てるな。持ち上げて根が切れていない所に目星を付けて順繰りに爪で断ち切って行く。粗方片付いたかなと言う辺りで再び収納を試みた所、今度は問題無く”無限収納”に収める事が出来た。この調子で森を拓いて行けば、ある程度のスペースを確保出来るだろう。掘り返した後の地面は再び”操土”で整えて……そうだな、”ストンプ”で踏み固めれば多少マシになると思う。そして拓けた場所に家を立てたり、訓練場にしてみたり、なんなら畑を始めても良いかも知れない。

 そんな青写真を思い描いていると子供達が駆け寄って来た。どうやら突然木が倒れたので何事か、と心配になったそうだ。ええ子らや。


「これからこんな感じで場所を作ろうかと思ってて、暫くうるさくなるかも知れんけど、ごめんな?」

「か、かしこまりました。何か御用の際はお申し付けくださいね?」

「ああ、ありがと。」

「やっぱりシロ様はすごいねっ。」

「すごいねー。」


 よせやい。照れるぜ。

 そうして四本目を倒した辺りで、自分達の荷台で寝ていた冒険者達が「な、何事だ!?」と飛び起きて来た。ごめん。





「まったく、シロ殿にはいつも驚かされるな。」


 その後すっかり目の冷めたらしい冒険者二人が、作業を続けるボクの側で見学し始めた。


「でも土木作業や植林事業などで”操土”を用いるのは結構一般的ですよ?」

「そうなのか。」

「ええ。まあ勿論それは魔素の多い大都市なんかでの話ですけどね。補給無しでは到底出来ない荒業です。」

「それを一般的と言って良いのか……?」

「わ、私が言いたいのは、魔術を都市構築に用いるのは稀な事ではないと――。」

「はいはい、わかってるよ。ははは。」

「も、もう!」


 この二人はいつもこんなに仲良いのかね?さっさと結婚しろよ。

 轟音が響く。また一本樹を倒した所で、リリアナがこちらに話を振った。


「それでシロ殿、どの程度広げるつもりなのだ?」

「ん?んー……そうやなぁ。取り敢えずテニスコートいち、いや二面分くらいあれば困らんかな。」

「てに……なんです?」

「あ、いやなんでもない。気にすんな。」


 言ってもわからんしね。


「……まあいいです。それで、ここで何をするです?」

「まだ決めてないけど、子供らの家を建てるか、畑でも作ってみるか、悩みどころよ。」

「……畑は良いと思うが、家とは、その、誰が作るんだ?まさかご自分で……?」

「あー、まあ。それについては宛が有るから。うん。」


 材料さえ集めればクリエイト機能で家が立つ。チート臭芳しい言葉に内心苦笑しつつ、説明するのも面倒くさいので適当に躱した。

 そんな感じで作業を続けて、夕食の時間になる頃には回収した樹木は50本近くになった。他にも掘り起こした地面を均して右側反面を”ストンプ”で踏んで固めたのだが、なんだか少し地面が下がった気がする。まあ踏み固めているんだから当然か。繰り返し行った”ストンプ”の振動と騒音で迷惑をかけてしまったが子供達もリリアナも分かってくれた様だ。ルーリエだけは物言いた気にボクを睨んでいたが、睨みを利かせるユーライカの視線を恐れてか口を噤んでいた。

 そんな苦労の甲斐有って大量の木材が手に入ったのだ、これで家が作れるだろうか。夕食の準備が出来るまでクリエイト機能を弄って見よう。


 ARで開いたクリエイトの画面には相変わらず作れる物の一覧が、カテゴリ別に画像と文章のサムネイル表示されていた。現在材料が足りていなくて制作不可状態のサムネイル画像には灰色で色褪せた物になっている。早速目当ての建物カテゴリを展開して作れそうなものを探す。うーん、色々な候補が並んでいるがどれも制作不可、材料が足りていない様だ。冒険者達が帰って来る前に見ていたログハウスの画面を選択して表示してみる。やっぱり必要な数の丸太が足りていないらしい。……ん?赤く表示されている丸太の所持数が零になっている。さっき集めた50数本があるんじゃ?と思ったが、どうやら必要な丸太は加工品でないと駄目らしい。赤い加工丸太の表示をタップして見ると、今度はその加工丸太制作画面が出て来た。ああ、なるほど。必要素材もこのクリエイト機能で作れるのか。

 画面全体を良く見ると丸太としての加工パターンが選択出来る様になっていた。それに留まらず丸太への様々なカスタムが出来るらしく、どこに穴を開けるか、穴の数、開ける穴の形状、丸太の長さ、焼き加工、水分保有量などなど、カスタム項目は多岐に渡る。これ全部を把握しようと思ったら丸太だけでも相当時間を食いそうだ。もしかして、と思ってログハウス制作画面に戻って見ると案の定。こちらもカスタム項目は豊富の様で、階数、丸太を積むタイプか板を張るタイプか、ドアや窓の有無、収納、屋根、全体の形状など、都度弄って別の形のログハウスを作れるのだ。勿論作り変える内容に拠って必要な材料の数も種類も大きく変わるので、材料が用意出来ない現時点では殆ど意味を成さないのだが。それでも一度作った青写真は設計図として保存出来る様なので、暇な時間に3D素材を作る様な楽しみ方も出来るだろう。

 手始めにこのログハウスを現在持っている樹木だけで製作可能に出来ないか弄って見ようと思う。理想の家造りと言う、誰しもが望むであろう経験をこの世界で出来るかも知れない。いずれ作るであろう理想の家の為に、これからもっと素材集めに尽力するのだ。


 夕食後もログハウスの青写真を実際こねくり回していると、この作業がパズルゲームの様に思えて来た。今の手持ちの材料で作れる材料の絶対数を割り出し、実際の家造りで必要になる材料数の兼ね合いを調整して行くパズルゲーム。おまけに作れる家の間取りやディティールなんかも考慮に入れなければ行けないのだから、大変だ。どう頑張っても今日中に出来るとは思えない。今の時点で相当精神力をすり減らしている気もする。仕方が無いのでこの作業は一旦中断しよう。

 因みに今ボクはアバターに戻っている。夕食に呼ばれたタイミングでアバターに戻って夕食を楽しんだのだ。アバターを長時間放置していると自壊するらしいのでその対策も兼ねている。そう言う訳でまた本体をソファー代わりにしてずっと同じ姿勢で青写真制作に取り掛かっていたので身体が固まってしまった。身体は10歳なのに実におっさん臭い。こんなリアリティは求めて無いです。

 顔を上げてぐぐっと背を伸ばす。流石にばきばきと背中が鳴る事は無い。身体がベタつくのを感じる。そう言えば風呂、と言うか水浴びの事をすっかり忘れていた。

 幸い今夜はまだ温かい方だ。出来なくは無さそうだが……。

 子供達の普段の水浴びは昼間、岩壁側の下流付近まで行ってから布を濡らして身体を拭いているらしい。始めの頃はぎょっとしたが、この状況では仕方の無い事だし、凝視しても悪いのであまり見ないようにしていたので実は良く知らない。人数も増えて来たし、ヒト目を避けて水浴び出来るスペースを作る出来だろうか。ボクもこの姿で裸になっている所をヒトに見られたくは無いので、先程挫折したリベンジとして簡易の水浴び場を作れないかやって見ようと思う。


「えーっと……何で探すか。んー。……仕切り、とか間仕切りとかで無いかね。……お、あったあった。」


 見つけた仕切り制作画面は大分思っていたのと違ったが、様はカスタム次第だ。挫折したとは言え結構な時間こねくり回していたので要領は分かっているのだ。

 えっと、扉サイズの木張りの枠をコの字に囲む様に四、いやこっちの面は三枚くらい居るか……?あっち側には気にする視線も無いけど、こういうのは気持ちの問題だしな。思い切って数を増やすかな。川に入る部分は足元に隙間を開けるとして……確か焼きって防腐効果だかが有るんだよな。水中に入る部分は焼き加工するか。うん、こんな感じだろう。じゃあ材料を作って――。


 なんだかんだで一時間弱費やしてしまったがそこそこ良い仕切りが出来たと思う。材料もクリアしたし、後は設置するだけだ。

 早速ボクは下流側、普段水浴び場になっている陸地の端まで行って設置して見る事にした。えっと、どうすればいいんだろう。カスタムした仕切りの制作画面を見ても設置する胸のボタンは見当たら無い。少し悩んだ末、試しに”製作開始”の表示をタップして見ると、目の前に作った青写真通りの仕切りが白く透明な姿で映し出された。

 驚いて小さく悲鳴を上げてしまったが、良く良く見ればこれはゲームなどで良く見る”設置前の仮状態”なのだろう。”製作開始”表示の上にも”プレビュー”と言う文字が、その下には小さく”再選択で決定。それ以外の場所をタップでキャンセル。”と言う注意書きが重なっている。動かそうと意識して見ると上下や前後左右、そして向きや角度まで感覚的に動かす事が出来た。これで詳しい設置場所やイメージを合わせるのだろう。実にゲーム的だ。

 そうと分かればやる事は一つ、じっくり設置イメージを確かめてからボクは決定を押した。

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