第27話 ファンタスマゴリア6

 軍学校祭の始まりは、全校生徒の参加による観閲パレードから始まった。

 アルバ地下居住区に駐屯する正規軍の車両に先導されて、野戦服にヘルメット着用の一年生が、きちんと隊列を組んで行進する。その後に続く二年生は物々しいアサルトギア姿。続いて礼服姿の三年生。生徒たちの間には、やはり生徒が運転する戦闘車両が挟まれている。電動トラックの荷台には生徒及び解放軍の有志で編成された楽団が登場し、勇ましい行進曲を奏でていた。

 軍学校から出発したパレードは、交通規制の敷かれた街中を、議事堂に向かって進む。

 沿道はどちらも人でいっぱいだ。生徒たちの保護者だろう、時折、名指しで呼びかける声がする。一年生は恥ずかしそうに硬直するが、三年生は慣れたもので、笑顔を返す余裕がある。

「おにいちゃーん! おねーちゃーん!」

 沿道でネリーが手をブンブン振っていた。

 ハルはそっと手を振り返した。隣のムラクモがそれを見咎めて、

「何してるのよ馬鹿」

「何って、かわいい妹に手を振ったんだよ」

「式典なのよ。真面目にやんなさい」

「へいへい」

 パレードはつつがなく進み、議事堂前の広場へと到着する。

 生徒たちが整列し、軍学校の校長があいさつをする。続いて来賓の祝辞。

 ハルはムラクモの横顔を伺う。当然だが、つまらなそうだった。

(その仏頂面、絶対に変えてやるからな……)

 祝辞を右から左に聞き流しつつ、密かに闘志を燃やすハルであった。



 観閲パレードに「帰路」はない。

 議事堂前での式典が終わると、生徒たちはその場で解散となる。次に行われる技能展示会は、競技によって開催場所が違う。

 競技会場が軍学校内の生徒はたちは兵員輸送車に乗せられてUターン。そうではない生徒は、それぞれの競技会場へと急ぐ。

 ハルが出場するアサルト大相撲は、軍学校の運動場で行われる競技だ。

 学校に戻ったハルは、アサルトギアを着用して、特設の土俵に向かった。この土俵も生徒たちが自分で作ったものだ。重機の扱い、土木作業も兵士にとって必要な技能の一つである。

「ハル」

 観客席にアイリがいた。

「委員長。応援に来てくれたのか」

「いえ、一回戦でわざと負けたりしないように、見張りに来たのです」

「んなことしないって」

「どうだか」

 ハルは苦笑しながら辺りを見回す。ライバルたちのことは特に気にしていない。探しているのはムラクモだ。ハルが出場することはもちろんムラクモも知っている。ムラクモは何の競技にも出場していない――というよりできないので、体は空いているはずなのだが。

「やっぱり、自分から見に来たりはしないか……。予定通り【プランA】で進めるか」

「何です?」

「いや、こっちの話」

『アサルト大相撲に出場する選手は土俵下へお集まり下さい』

 進行役の生徒がスピーカーで告げた。

「んじゃあ、とりあえずさくっと片づけてくるか」



 ムラクモは校内を当てもなくさまよっていた。

 一人に慣れる場所を探していたのだが、見つからない。祭の空間にそんなものはないのかも知れない。射撃場では射撃競技会が、闘技場では格闘術大会が行われてそれぞれ大勢の観客を集めている。競技会場から離れても、校庭には無数の屋台が建ち並び、校内にも無数の展示や模擬店がひしめき、階段脇にはベンチが置かれて休憩所となり、普段は静かな自習室は臨時の託児所となり――運営しているのは本業のベビーシッターと近所の主婦ボランティアだ。軍学校でもさすがに育児までは教えていない。屋上は事故防止のために鍵がかかっていた。寮生だった頃は自分の部屋に籠もることができた。もしかしたらまだ空き部屋のままかも、と思ったのだが、行ってみたらもう別の生徒が入居していた。これでは忍び込めない。

 居場所がないまま、校内をふらふらとさまよう。歩いてさえいれば、目的地があっての移動中のように見える。

 祭の熱気と喧噪が、孤独を否応なく意識させた。

(ハルがいなければ話し相手もいない……)

 つまらない。

 そう感じる自分が意外だった。

 ここに来た当初は、ただ時間を潰すだけの「学校生活」を何とも思ってなかったはずなのに。

 目的もなく階段を登り、廊下を通って、反対側の階段から降りていく。同じところを通るのが七回目だと気づいた。さすがにそろそろ不審がられるかもしれない。

「……」

 帰ろうかな、と思った。これ以上学校にいたくない。孤独を思い知らされたくない。

 そう思ったときだった。

「探したぞ、おい」

 階段の下から声がかけられた。ハルだった。

「……何か出場するんじゃなかったの?」

「もう終わったよ。相撲は一瞬で勝負つくから進行がやたら速いんだ。ぶっちぎりで優勝してやったぜ」

「ふうん」

「反応薄っ! 義理でもおめでとうとか言えよ」

「おめでとう」

「本当に義理だな。全く感情がこもってない」

「いちいちうるさいわね。言わせたのあんたでしょうが」

 ハルはムラクモの突っ込みを無視して、

「そんなこと言いに来たんじゃなかった。ちょっと手伝え。人手が足りないんだ」

「は? 急に言われてもあたしにだって都合が」

「暇だろ。何の競技も出ないしなんかの部活に入ってるわけでもない。やることなくて暇すぎて死にそうだから帰って寝ようかと思うくらい暇だろ」

「し、失礼ね!」

 ほぼ図星を指されてムラクモはうろたえる。暇は確かに暇だが、帰ろうと思ったほど暇だが、こういう言い方をされて素直に認めるのも癪に障る。

「用事があるに決まってるでしょ。忙しいのよこう見えて」

「ふーん」とハルは全く信じてない様子で「じゃあその用事キャンセルしてこっち手伝え。命令な」

「嫌よ。何であんたに命令なんかされなくちゃいけないのよ」

「嫌ならこの画像を全生徒にばらまくが?」

 そう言ってハルが個人用端末に表示したのは、いつぞやの魔法少女ファッションに身を包んで萌え萌えポーズで赤面するムラクモの姿であった。

「っ!」

「さあどうする? 別に俺はいいんだぜ? ムラクモの意外な一面をみんなに知ってもらうってのも悪くないかなあとか思ってるわけで」

「くっ、この卑怯者……」

「何とでも言え。んー手始めにレキにでも送信してみるかなあ」

 ハルはわざとらしく端末に指を伸ばした。

「分かったわよ! やるわよやればいいんでしょ!」

 やけっぱちのようにムラクモが叫ぶ。ハルは悪党の笑みを浮かべる。

(教官、俺、やりました!)

 命令ができなければ脅迫すればいいのである――教師に教わることとしては何かが間違っているような気がしたが、気のせいってことにしておこう。

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