第25話 ファンタスマゴリア4

 週末に控えた軍学校祭に向けて、アルバ軍学校は非常態勢に入った。

 軍学校はただの学校ではない。センチネルの暴威から一般市民を守る兵士を育成する機関だ。生徒たちは軍人に準ずるものとして扱われ、その育成には多くのリソースがつぎ込まれている。

「いいか貴様ら! 貴様らが腹一杯食えて給料までもらえるのは、市民の皆様の尽力あってのことだ。市民の皆様が貴様らの分まで働いているから、貴様らは飯が食えるのだ。その市民の前で無様な姿を見せて見ろ。貴様ら一人残らずリサイクル槽にぶち込んでやるからな!」

 教官の罵声があちこちで響き渡る。

 軍学校祭――技能展示会には、議員や各界の代表者たちが揃って視察に訪れる。資源の限られた地下居住区で、少なくないコストを費やして育成した兵士候補が、はたしてどれくらい成長したか――本当に自分たちを守ってくれる能力を有しているか。市民の代表たる彼らは、厳しい目で審判を下すのだ。

 その日に向けて訓練は激しさを増し、けれども生徒たちの表情はどこか楽しげだ。

 技能展示会は軍学校祭の、あくまで一面でしかない。

 全体で見ればやはり、それはお祭りなのである。

 当日になれば校内は七色に彩られ、様々な出店やアトラクションが内外を埋め尽くす。

 厳しい訓練を行う傍ら、生徒たちは出し物の準備もぬかりない。毎日遅くまで作業を続ける。

 そこには非日常の熱気と浮かれた空気があった。



「ハル、そっち押さえて」

「はいよ」

「左をもうちょっと上に……そう、九十度にキープ。そのままそのまま」

 ハルが支えた金属パイプを、クラスメイトが金具で固定していく。箱形に組み上げられたパイプにビニール製の屋根を付け、調理器具をセットしたら屋台の完成だ。

 見回せば校庭のそこかしこに、似たような屋台が建ち並び始めている。

 実行委員がやってきて、屋台の並びが曲がっていると注意する。ハルはクラスメイトたちと力を合わせて屋台を持ち上げ、指示通りの位置に移動させた。

「配線完了。んじゃあ早速試し焼きと行きますか」

 ハルは他のいくつかの班と合同で、焼きそばとお好み焼きの屋台を出すことになっていた。

 鉄板に油を引き、電熱器のスイッチを入れて暖まるのを待つ。

「これ遅いよなあ」

 生徒の一人が鉄板の縁をぺちぺち叩きながら言った。電熱器は鉄板調理に向かないのだが仕方ない。地下居住区ではガスや炭は使用禁止だ。

「準備どうですか?」

 片手に電子端末を手にしたアイリがやってきた。

「委員長、見回り?」

「です」

「順調順調。これから試し焼きするところ」

「了解です。事故だけは注意して下さいです」

 アイリが端末をタップする。

「お、温まってきた」

「焼く? 焼いちゃう?」

「よっしゃ任せろ。野営訓練で鍛えた焼きテク見せてやるぜ!」

 男子生徒たちがギャアギャア騒ぎながら段ボール箱を開け、キャベツやもやしを取り出して、

「って材料の下ごしらえしてなかったあああああ! 包丁どこー」

「いいやそのまま焼け! ヒャッハー! キャベツの姿焼きだーっ!」

「食べ物を粗末にしてはいけません!」

 クラスメイトたちが頭の悪い騒ぎを始める。ハルも一緒になって笑っていたが、ふと、視界の端に引っかかるものを感じて顔を上げる。

 校舎の屋上にムラクモがいた。

 無表情に眼下の騒ぎを見下ろしている。

 祭の熱気からはみ出したその姿は、ひときわ孤独に見える。

「……」

 ハルの視線に気づいたのだろう、ムラクモは不機嫌そうに眉間に皺を寄せると、ふいっと姿を消してしまった。

「あいつ……」

「ハル?」

「ごめん、俺ちょっと用事できた」

 ハルはそう言うとその場を離れた。

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