第24話 ファンタスマゴリア3

 示し合わせたわけでもないのだろうが、フロアに散った四人は、三十分ほどしてほぼ同時に戻ってきた。それぞれの買い物籠に思い思いの服を詰めて、でもまだ他の仲間には見せないようにして、抱えている。

「着替えたら出てきて見せてね」

 試着室にムラクモを押し込んで容赦なくカーテンを閉める。ムラクモはしばらくもごもご言っていたが、やがて観念したのか、服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえてきた。

「見えないとは言え女の子が目の前で着替えてるってちょっと興奮するな」

「ちょ、あんた試着室から離れてなさいよ! 変態! 死ね!」

 ハルの台無しな呟きにムラクモが即座に反応する。

「うん。今のはハルが悪い」

「大丈夫? 着方分かる?」

 たかが着替えに妙に時間がかかっていた。心配したアイリが訊ねると、

「な、なんとか……。あ、こうね、よし……できた」

 と返事があったものの、カーテンはなかなか開かない。

「どうしたの? 試着できたんですよね?」

「うん……」

 か細い返事。

 それからさらに一分ぐらいしてから、ムラクモはようやくカーテンを開けた。

「うおっ!」

 思わずハルが声を上げた。

 フリフリのヒラヒラがそこにあった。全身フリル。首回りはゆるく開き、短い袖はふんわり華の蕾のように膨らんでいる。胸元に大輪の薔薇を模した飾り。きゅっと絞り込んだウエストと対照的にこれでもかというくらい生地を重ねたミニスカート。足下は膝までのブーツ。

「……アニメのヒロインみたいだな」

「うん。魔法少女だね」

 レキの呟きが端的かつ正確に表現していた。

 白とピンクのふわふわもこもこの衣装に包まれて、ムラクモの顔は真っ赤だった。誰がどう見ても羞恥プレイであった。

「かわいいでしょ! 似合うと思ったんだ!」

 ネリーが得意げに宣言した。

「ムラクモさん、いかがですか?」

 ハルがインタビューのように訊ねると、

「え、あの、その……っ!」

 カーテンが閉じられた。

 その反応にネリーが不満げに唇を尖らせる。

「次行ってみよう」

 またしばし衣擦れの音。今度はすぐにやんだ。今度は着方で戸惑うような服ではないらしい。

 カーテンが開いた。

 ヘソが丸見えになる短いTシャツを着て、限界突破したホットパンツを穿いたムラクモがいた。顔はさっきと同じくらい真っ赤だ。

「こ、こんな格好で表が歩けるわけないでしょ! 馬鹿なの死ね!」

「ハル……」とアイリが説教しようとするが、

「俺じゃない俺じゃない。本当に俺じゃない!」

 ハルは激しく首を振って否定する。

「あ、これ僕」とレキ。

「レキが!?」

「似合ってるでしょ? スタイルいいんだからばんばんばーんの方が似合うと思って」

「……まあ、確かに」とハルはうなずいてしまう。

「単にエロい格好ならなんでもいいだけですよね、二人とも」

 否定はできない野郎共であった。

 三度カーテンが閉められ、開けられる。

「どうですか、私のチョイスは」ドヤ顔で胸を張るアイリ。

 ムラクモが着ているのは、かっちりとした濃紺のジャケットと同色のスカート。ライトブルーのシャツの胸元には、ワンポイントの金の徽章。

 端的に言ってそれは、お巡りさんの格好だった。もちろん本物ではなく、パーティ用のコスプレ衣装だ。

 確かに似合っている。似合ってはいるのだ。

 ムラクモのきりりとした顔立ちは制服系と非常に相性がいい。そしてかっちり着込んでいるのに豊かな胸が隠しきれずに主張して、真面目な格好なのに、いや真面目な格好だからこそセクシーという魅力を生み出しいてる。

 だが、

「誰もコスプレさせろなんて言ってねええええ!」

 ハルは吠えた。周りの客の迷惑など知ったことか。

「てかさ、委員長さっき言ったよな? 『女子力高いところ見せてやる』って。それで何でこうなるんだよおかしいだろ!」

「最初は真面目に選んでたけど途中で急に批評されるのが怖くなってネタに走ることに決めましたごめんなさい!」

 ハルは頭を抱えた。委員長は真面目に選んでくれると思ってたのに。

 当のムラクモは、

「これ、胸が苦しいんだけど。違うサイズないの?」

「……サイズ以前の問題があるから却下な」

 ハルはため息つきつつカーテンを閉めた。

 最後はハルの選んだ服である。

 ムラクモはパパッと着替えてすぐにカーテンを開ける。

「どうだ!」

 と得意になるハルが選んだのは――ジャージだった。紫色の。ペラペラの。

「ハル。これはないよ」

「ないですね」

「かわいくない」

「何だよお前らよってたかって! お前らにだけは言われたくないぞ!」

 ハルは唾を飛ばして言い返した。

「僕らのセレクトもおかしかったかもしれない。でもそれとハルのセンスのなさは別のことだし」

「せめてもうちょっとマシな色ならいいですけど。いやでも、やっぱりないです。ジャージ自体があり得ない」

「おにいちゃんの服選びっていつもこうなんだよ。実用性だけ。かわいくとか綺麗にとか全然考えないの」

「……」

 ぼろくそであった。もう何か反論する気も完全に失せて、ハルはやけくそ気味に叫ぶ。

「わかったよ選び直せばいいんだろ! ジャージ以外で!」

 と、

「いや、あたしはこれでいいわ」

 鏡に向かって手足を動かしていたムラクモがそう言った。

「ちょっと本気?」

「そうですよ。そんなダサジャージじゃなくて似合う服がありますよ」

「おにいちゃんに気を遣わなくでもいいんだよ!?」

「……お前ら俺のこと嫌いなのか?」

 思わず呟くハル。

 ムラクモは体をよじったり屈伸したりしながら、

「いいじゃない。軽くて動きやすいし、着るのも脱ぐのも時間がかからないし、締め付けられる感じもないし、すっごい楽。服なんて着られればいいのよ着られれば」

 そんなわけで審査委員の鶴の一声により、コーディネイト勝負はハルが勝利した。……ちっとも嬉しくない勝利ではあったが。



 お買い物も無事に終わり、帰宅する。ずいぶんと遅くなってしまった。

「ただいまー、っと。ああ重かった」

 ハルは無人の自宅にあいさつをしながら入り、ムラクモの服の入った大きな袋を二つ、どさどさとリビングに置いた。

 一着だけで足りるものではないから、あの後も何着か選んで――今度はアイリもレキも真面目に選んでくれた――服に合わせて靴やバッグなどもまとめ買いをしたので結構な荷物になったのだが、ムラクモは配送ではなく持って帰ることを選んだ。ムラクモとしては一人で全部運ぶくらい余裕のつもりだったのだろうけれど、うら若い乙女があり得ない重量の荷物を抱えて平然と歩いていたらこれはもう明らかに不自然である。それで三人で手分けして運んできた。

 荷物を置いたハルはふう、と息をついた。

「んん……」

 とネリーがソファに座って目を擦る。今日はずいぶんはしゃぎ回ったので疲れてしまったのだろう。

「ネリー、寝る前に歯磨きとシャワー」

「うん」

 返事はするけど立ち上がりはしない。ネリーはこっくりこっくり頭を揺らすと、そのまま眠ってしまった。

「しょうがないな……」

 ハルはネリーを抱えて部屋まで運んでいった。ベッドに寝かせて毛布を掛ける。

「おにいちゃん……」

「はいはい。おにいちゃんはここにいますよっと」

 ベッドの脇に座り込み、ネリーの手を握ってやる。しばらくするとネリーは規則正しい寝息を立て始めた。ハルはネリーの手を毛布の下にしまって部屋を出る。

 リビングに戻ると、服の入った袋がなくなっていた。ムラクモが自分の部屋に運び込んだのだろう。

「ムラクモ。片付け手伝おうか」

 ハルはそう言いながら、リビングにつながる小部屋の引き戸を開ける。

「……あ」

 ムラクモは、片付けはしていなかった。

 今日買ってきたばかりの服に早速着替えていた。

 ネリーが選んだ魔法少女スタイルの、長手袋と飾り帽子までついた完璧バージョンだった。

 部屋の隅に置いた姿見に向かって、ポーズを取っていた。

 きゅるりらりん! とかそんな感じの萌え萌えポーズだった。

 その格好で、ムラクモは振り返った。

「ハ、ハル……?」

 ハルと目が合って、その顔がみるみる赤くなっていく。

「あ、あのね、これは……その…………」

「うん。よく似合ってるぞ。かわいいかわいい」

 そう言いながらハルはひょいっと個人用端末を出した。カメラ起動。

「かしゃっ、とな」

「ちょ、ちょっと何してるのよ!?」

「何って、写真撮ったんだけど?」

「ああああ!」ムラクモは悶絶した。「消しなさい! 今すぐ消ししなさい!」

「やなこった」

 ハルはへらへら笑って逃げる。

「消せ! 消さないなら殺すわよ!」

 ムラクモは真っ赤な顔で追いかける。

「へっ。できるものならやってみな、っと」

「くっ……いっそ殺せ!」

「おにいちゃんたちうるさい!」

 寝入りばなを叩き起こされたネリーがドアを開けて怒鳴った。

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