第18話 ネリーとムラクモ5

 レオナの母親にお礼を言って電話を切る。

 ハルはネリーの部屋から連絡簿を持ってくると、片っ端から電話をかけてみた。

 ――すみません、ネリー・アナンの兄ですけど、妹がそちらに……。

 願いを込めた問いの答えは、無情なものばかりだった。

 結局、クラス全員に電話をかけてもネリーは見つからなかった。

「ネリー」

 電話が鳴った。

「もしもし!?」

 飛びついたハルの耳に聞こえてきたのは、レオナの母親の声だった。

『……その様子だと見つかってないみたいね。担任の先生に連絡をしたわ。駅の方、見てきてくれるって。どうしても見つからなければ警察にも』

「警察」

 警察の組織的な捜索能力は確かに頼れる。けれどもハルは安心するより不安になった。これは警察が出てくるような大事なのだ――そう言われた気がしたのだ。

 ネリーはもう帰ってこないのかもしれない。

 そんな不安に襲われて、ハルは胸をかきむしった。

 唐突に立ち上がる。

「ハル。どこへ行くの?」

 黙って様子を見ていたムラクモがそう言った。

「決まってるだろ。ネリーを探しに行く」

「ここで待っていた方がいいわ」

 誰かが残って連絡役を務めた方がいい。ネリーがひょっこり帰ってくるかもしれない。そんはことはハルにも分かっていた。

「でも、じっとなんかしてられるか!」

 怒鳴って、ハルは玄関に向かう。震える手付きで靴紐を結ぶ。

 その背後にムラクモが立った。

「あたしも行く」

「お前」

「あたしにも探させて。……お願い」

 ハルはためらった。

 ネリーが家を飛び出したのは、元はといえばムラクモが現れたからだ。そのムラクモが探していると知ったら、ネリーはむしろ出てこないかもしれない。だが、ネリーが自分の意思で隠れているのではないのなら、何かトラブルが起きて帰れなくなったのなら、捜索の手は多い方がいい。

「……分かった。行こう」

 ムラクモがうなずく。

 二人は早足で家を出た。

 まず向かったのはレオナの家だ。ネリーが帰ってきたはずの道を、逆にたどっていく。

「ネリー! ネリー!」

 呼びかけながら通りを進む。道路脇に公園があれば入っていってくまなく探し、カフェや食堂があればネリーを見かけた人がいないか訊いてみる。

 だがその努力もむなしく、ネリーの痕跡も、目撃証言の一つも得られないままレオナの家に着いてしまった。

「ハル君」

 出迎えたレオナの母親の足下には、レオナがまとわりついていた。

「ごめんなさい」とレオナは言った。「私がネリーを一人で帰らせなかったら、こんなことにはならなかったのに」

 涙目で詫びるレオナの姿に、ハルは胸が痛くなった。

「大丈夫だよ。君のせいじゃない。ネリーはちゃんと見つかる」

「本当?」

「本当さ。ネリーが見つかったら、また一緒に遊んでくれる?」

「うん」

「よし、いい子だ」

 ハルはレオナの頭を乱暴に撫でた。

 レオナの家を出るとムラクモが、

「あんた、凄いわね」

「うん?」

「妹がいなくなって大変なのに、余所の子にあんな優しくして」

「アナン先生……ネリーのお父さんの口癖だったんだ。『苦しいときほど笑顔を絶やすな』ってね。ぶっちゃけしんどいときもあるけど」

「……」

 ほどなくネリーのクラスメイトの保護者たちや、ハルの近所の住人が捜索に加わってくれた。

 人数が増えたことに勢いを得て、範囲をさらに拡げて捜索を続ける。

 けれどもネリーは見つからなかった。

 自宅の周辺にも、レオナの家の周辺にも、学校にも。それぞれを結ぶ経路からも。何の手がかりも見つからない。

 ただの家出の可能性は完全に消えた。

 担任の判断で警察に協力を要請し、各所の監視カメラの映像をチェックすると、初等学校の裏手にある、立ち入り禁止区域の近くを歩いている姿が映っていた。ようやく見つけた手がかりを元に、ハルたちは学校裏手を集中捜索する。

 だが、ネリーは見つからなかった。

「一体何の冗談だよ! もう全部探しただろ!? 何で見つからないんだ。ネリーはどこに消えたんだ! ネリーに何かあったら俺は……俺は……ちくしょう!」

「消えた……」ムラクモが何かに気づいた。

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