第12話 レプリカ・エクスマキナ5

「分かったよ。ガロンがあんなことをした理由」

 その週の土曜、ハルが登校すると、レキはあいさつも抜きにそう言った。

「本当か? でもどうやって」

「父さんを拝み倒して」

 と答えて、レキは微妙な顔をする。

「聞いてきたのはいいんだけど、ちょっと、学校では話しづらい内容。機密も混じる」

「じゃあ放課後にしよう。委員長も誘って」

「了解」

 そんなわけで放課後。

 三人は学校を出るとエレベーター駅に向かった。駅舎には通勤通学客のためのカフェやレストラン、商業施設などが入った建物が併設されている。

 ちょうど帰宅ラッシュの始まる時間帯、混み合う建物の中を、三人は人の流れを横切るように進んでいく。すぐに人影のまばらな区画に出た。そこから階層移動用ではない、普通のエレベーターに乗って下ること数十メートル。エレベーターは岩盤を通り抜け、ガラス張りの展望室へと三人を運ぶ。

「久しぶりに来たです」

 アイリが言った。

 この展望室は居住階層の最上部、天穹と壁面が接するところに設置されている。大きな窓からは居住階層の街並みが一望できる。エレベーター脇の壁には子供向けの、「地下居住区の仕組み~大切な空気と光はどうやって作られているのか~」という説明パネルが設置してあった。

 地下居住区の住民は皆、初等学校の社会科見学で一度はここを訪れる。けれど今、展望室にはハルたち三人以外は誰もいなかった。

「僕さ、初めてここに来たときショックだったな……。自分が住んでる世界が、こんな小さな、顔をちょっと動かすだけで端から端まで見渡せるような狭い場所だって知って」

 レキが呟くように言った。似たような思いは地下居住区の誰もが感じている。そして、日頃は見て見ぬふりをしている。

 この展望室は、自分たちが閉じ込められているのだと思い知らされる場所だ。

 いい気分になれる場所ではないから、滅多に人が来ない。密談にはうってつけである。

「エムス砦は」

 出し抜けにレキが言った。

 ハルとアイリはここに来た目的を思い出す。人には聞かせられない話。ガロンとムラクモに何があったのか。

「エムス砦は、ザイデル要塞の西に築かれた支城の一つだった」

「だった?」

「半年前に陥落した。その前から小競り合いが続いていたというか、一進一退の攻防になってたんだけど、センチネルが大型ドロイドを多数編成した大部隊を投入したんだ。それで戦況は一気に傾いた。砦に詰めていた千人のうち、六割近くが死亡ないし行方不明になってる」

「六割って……ひでえな……」

「その行方不明者の中に、ブリジット・スカー軍曹という名前があった」

「スカー……ガロンの家族か」

「お姉さんだよ。享年二十一歳」

「ガロンは四年前に住んでいた居住区をセンチネルに滅ぼされて両親を殺されて、今年また、お姉さんを殺されたんですね」

 アイリが目を伏せた。

「それがどうして、ムラクモに因縁を付けることになるんだ?」

 訊ね、ハルはその手がかりになる発言を思い出した。ガロンはムラクモが「見殺しにした」と言ったのだ。

「ムラクモは――ムラクモを運用していた統合開発局の研究チームは、一年以上前から、あちこちでムラクモの実戦テストをしてたらしい。戦果はなかなか凄かったみたいだよ。で、エムス砦防衛戦にも参加するはずだった。けど、目的地を目前にして、チームは進軍を停止してしまう」

「何かのトラブル?」

「……ムラクモが作戦を拒否したらしい」

「ガロンはそれを知ったんだな。病院で説明を受けたか。いや、軍がこんなことわざわざ教えるはずがない。断片的な情報を組み合わせて、自分で答えを見つけたんだろう」

 ハルたちが学校で説明を受けたように、ガロンは入院中にムラクモについて説明をされたはずだ。そこでムラクモの戦歴か何かの話を聞いて、姉の死と結びつけた。

 レプリカ・エクスマキナ。オリジナルに匹敵する戦闘力を持つという、人類の切り札。それが援軍に来るはずだった。間に合わなかったわけではない。間に合うはずだったのに、ムラクモは作戦を拒否した――そう知ったガロンの気持ちはどんなものだっただろう。

(あいつはそれでも、冷静に考えようとしたはずだ……)

 ハルはそう思った。粗野な態度に相反して、ガロンは自制心の強い男だ。

 ムラクモが出撃を拒否したことには何かやむを得ない理由があるはずだ。そう思ったに違いない。少なくとも最初は。

 だが、学校で対面したムラクモは、ただの尊大な、態度の悪い自分勝手な少女に見えた。

 多数を死なせた後ろめたさなど全く感じていないように見えた。

 所詮は機械か――ガロンはそう思ったのではないだろうか。機械が、兵器が、一丁前に人間のように振る舞っている。姉を見殺しにして、反省もせずにふんぞり返っている。

 ガロンにはきっと、それが許せなかったのだ。

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