第11話 レプリカ・エクスマキナ4
ガロンもムラクモも、その日はそれっきり教室に姿を見せなかった。
必然、教官の矛先はその場に残っていたハルに向かうことになる。
『一体何があった?』
『なんであの二人が喧嘩になる?』
何度も何度も繰り返された質問は、結局はこの二つの言い回しを変えただけのものだった。
ハルに分かるはずがなかった。むしろ教えて欲しいくらいだ。
ガロンは普段から態度が悪く、攻撃的だ。けれども荒っぽいのは言動だけで、頭はいつでも誰よりも冷えている。そうでなければ学年トップになどなれない。見た目よりもクールでクレバーな奴だと、ハルはガロンのことを思っていた。
それがまさか、訓練中に突然襲いかかるとは。
「いや本当に分からないんで。むしろ俺が聞きたいくらいっす」
放課後になっても続く教官のしつこすぎる質問に、ハルはそう答え続けるしかなかった。
やがて教官たちも、ハルは本当に何も知らないのだと理解し、解放してくれた。
「……ちくしょう、すっかり遅くなったな」
教官室を出て校舎の出入り口へと向かいながら、ハルはそうぼやいた。
窓から見える天穹は少しばかり赤みが差している。夕焼け――を模した空。急いで帰らないとネリーが寂しがる。ハルは歩を早めた。
すっかり人のいない校舎を小走りで抜け、出入り口のガラス扉を押し開けて外に出た直後、
「ハル・アナン」
「っ!」
背後からの声に、走って帰ろうとしていたハルは転びそうになった。
その場で泳ぐように一回転半して振り向くと、出入り口の脇の壁にぴったりと張り付くようにして、ムラクモが立っていた。
(あっちから話しかけてきた!? 話しかけたら殺すとまで言ってた奴が!?)
驚きすぎると声も出ない。
ぼけっと突っ立っているハルに、ムラクモは表情の読めない美貌で、
「訊きたいことがあるんだけど」
「……な、何だ? 付き合ってる相手ならいないぞ」
軽いジョークは黙殺された。
「なんであたしを庇ったの?」
「え?」
「訓練中の話。あんた、あたしのこと、知ってるんでしょ? その……人間じゃないって」
「え? あ、あ……」
ハルは間抜けに口ごもった。
夕日が校舎を赤く染める。ムラクモの足下に小さな影がわだかまっていた。地下居住区の空は落ちる太陽のない偽物の空だから、夕日が差しても影が長く伸びることはない。
影の中、ムラクモの白い脚が微かに震えているように見えた。気のせいだったのかもしれないが、ハルにはそう思えた。ムラクモは勇気を振り絞ってここにいる――ハルを待ち伏せして。
「なんであたしを庇ったの?」
「何でって……」
ムラクモがまっすぐにハルを見ていた。切羽詰まって揺れる瞳。思い詰めて強ばった頬。
ハルは思わず息を呑んだ。これが機械だって? 知ってても信じられない。ただのか弱い女の子に見えた。
適当は答えはできない。けれども自分の行動が自分でも明確に説明できない。
ハルはうつむき、ガリガリと頭を掻いた。
「ああいうのは、筋が通ってない……間違ってると思ったから」
「間違ってる?」
「……そりゃあさ、お前は人間に殴られた程度屁でもないんだろ。ほっといたって何の問題もない。でもだからってほっといてもいいことでもない。人間だと人間じゃないとか、強いとか弱いとか、必要あるとかないとか、そういうことじゃなくてさ。どんな理由があろうとさ、無抵抗の相手を一方的に殴り続けるなんて、いけないだろ。それに、」
「それに?」
「……お前が助けを求めているように見えた」
「…………」
ムラクモが目を丸くしていた。
じっと見つめられてハルは目をそらす。恥ずかしい。あまりにも小っ恥ずかしいことを言ってしまった。今日の俺はどうかしてる。脈拍が上がり、頭に血が上ってくるのが自分でも分かる。ハルはムラクモに背を向けた。
「き、訊きたいことはそれだけか?」
「え? ええ」
「じゃあ俺は急ぐから。妹を待たせてるんだ。じゃあな!」
言うが早いかハルは駆けだした。偽物の夕日が赤い顔をごまかしてくれればいいと思った。
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