第8話 レプリカ・エクスマキナ1
教官に命じられた週番が予備の机と椅子を取ってきて、最後列に配置する。
ムラクモは礼の一言もなしに座り、不遜な態度で前を見た。
キリク教官が教室を出て行き、入れ替わりに別の教員が入ってきて授業を始める。
軍学校は兵士の養成所ではあるが、朝から晩まで訓練ばかりしているわけではなく、普通高校と同じような授業も行われる。センチネルと戦うためには銃の他にも様々な装備を使いこなさなくてはならず、そのためには広範な知識が必要になってくる。化学や数学は特に重要で、これらは普通高校よりもハイレベルなことを教えている。こうした知識が、自分たちの使う武器や敵の特徴を理解することに繋がるのだ。
けれどもこのとき、その大切な授業を真面目に聞いている生徒は少なかった。
誰もが授業よりもムラクモを意識し、チラチラとその様子をうかがっている。
(何様だ、あの転入生)
(戦場育ち、ねえ)
(顔はかわいいな。乳もでかい)
反感を持つもの。胡散臭いと感じるもの。無邪気におもしろがるもの。
向ける視線は生徒によってバラバラだったが、一つだけ共通点があった。誰も、ムラクモに好意を抱いてはいない。
(まあ、いきなり「話しかけたら殺す」なんて言われちゃなあ……)
そうしたクラスの反応を、ハルはまた違う視点で眺めている。
ムラクモの正体は。
彼女は何者なのか。
戦場育ちだ、とキリク教官は言った。それは嘘ではないのだろう。ムラクモは間違いなく実戦慣れしていた。けれど正しい説明だとも言えない。戦場で育とうが地獄で育とうが、人間がドロイドを水平に投げることなどできないし、それ以外にも、ムラクモの戦い方は人間には不可能なものばかりだった。
「ん?」
机の上に置いていた個人用電子端末に、メッセージが届いていた。
『至急電』――嫌な件名のメッセージの発信者はキリク教官となっている。授業中の個人用端末の使用はもちろん規則違反であるが、相手が教官なら構うことはないだろう。むしろ見なかった場合が怖い。タッチパネルをタップして本文を表示させる。
――レキ・アムシェル、ハル・アモンの両名は、一限終了後速やかに教官室へ出頭すること。
授業が終わると、ハルとレキはすぐに教室を出て教官室へと向かった。
「ハル、また何かやらかした?」
「それなら呼ばれるのは俺だけだろ」
階段を降り、一階にある教官室へ早足で向かう。教官室の入り口で二人は直立不動。
「ハル・アモン訓練生であります。キリク教官の呼び出しを受けて参りました!」
「同じくレキ・アムシェル訓練生であります!」
ハルたちは軍学校の「生徒」であるが、軍組織においては「訓練生」という立場になる。軍学校ではこの二つが混在するので少々ややこしい。
「キリク教官は……」
レキが教官室を見回してキリク教官を探していると、
「こっちだ」
キリク教官は背後から現れた。
「ついてこい」
教官はハルたちの返事も待たずに歩き出す。教官室を通り過ぎ、来客用の応接室も通り過ぎ、足を止めたのは校長室の前だった。
驚いたハルとレキが目を合わせている間に、キリクは校長室のドアをノックして来訪を告げ、ドアを開けていた。
「入れ」
命じられて、ハルたちは初めて校長室に足を踏み入れた。
右の棚には紙製の書籍がずらりと並び、左の棚には数挺のライフルが掛けられている。
武と知を象徴するそれらに挟まれた空間には暗緑の絨毯が敷かれ、その奥、窓を背にした一枚板の重厚な机の向こうに、二人の男がいた。一人は椅子に座り、もう一人は従者のように立っている。驚いたことに立っている方が校長だった。そして、この学校の最高責任者を従者のように立たせていた人物は、
「父さん!?」レキが驚きの声を上げ、それからここが公の場だと思い出して言い直した。「……じゃなくて、議長」
「久しぶりだなレキ。元気そうで何よりだ」
ノイ・アムシェル。レキの父親にして、このアルバ居住区議会議長である。白髪交じりの髪をオールバックにした、彫りの深い顔立ち。歳はまだ四十に届いたばかりのはずだが、それより二十歳は老けて見える。毎日を激務と重圧の中で生きてきた人間に特有の、暗く鋭い目つきをしている。
アムシェル議長は、眦にほんの少しだけ笑みをにじませてハルを見た。
「ハル・アモン君。いつも息子が迷惑を掛けている」
「あ、いえ。迷惑を掛けているのは自分の方でありまして、レキには助けてもらいっぱなしであります」
ハルは舌を噛みそうになりながら答えた。突然の大物の予想外の出現に、さすがのハルも普段の余裕をほとんどなくしている。
「そう硬くならなくてもいい」
無理な相談だった。一介の訓練生が議長と対面する機会など普通はない。
「いい機会だから息子の学校での様子など訊きたいところだが、残念ながら私も多忙だ。さっそく本題に入らせてもらう。察しがついていると思うが、呼び出したのは、転入生に関する話だ。ムラクモ・アマノ。君たちは彼女と一度、会っているね」
「はい。センチネルとの遭遇戦で助けられました。あの、彼女は……」
レキの問いに、アムシェルは小さく頷いて、
「結論から言おう。彼女は人間ではない。人格型人工知能を搭載した自律兵器……つまり、エクスマキナだ」
「っ!」
驚きはしたが、それ以上に「やっぱり」という気持ちが大きかった。
そして同時に疑問も湧く。
天才科学者ハリエット・シェリーが生み出した二十四体のエクスマキナは全て、人類に反旗を翻した。ムラクモは、既存のどのエクスマキナとも違っていた。
「彼女はエクスマキナであるが、エクスマキナではない。統合開発局が、長年のエクスマキナ研究の末に開発した、エクスマキナのレプリカとでもいうべきものだ」
「レプリカ……」
「銃を持った敵に対抗するには銃がいる。戦車に対抗するには戦車が。エクスマキナにはエクスマキナが」
「エクスマキナに対抗するためのエクスマキナ……」
アムシェルは頷いた。
「君たちにこれを明かすのは、君たちが彼女の戦いを、その力を見てしまったからだ。既に知ってしまった人間に隠し通すことは難しい」
「ならいっそ、全部教えて共犯にした方がいい、と……あ、悪い、じゃなくてすみません」
思わず口を挟んでしまったハル。つい素がでてしまって口調がゆるくなったが、アムシェルは不愉快になるどころかむしろ嬉しそうに、
「理解が早くて助かるよ。君たちには知りたいであろうことを伝える。代わりに、他の生徒には内密に頼む。無論、市民にもだ」
「言っても信じない気がしますが」
「確かに」
アムシェルが苦笑交じりに頷く。
「あ、でも」とレキ。「知ってるの僕らだけじゃないですよ。あのときガロンも一緒にいたし、病院で委員長にその話、してしまったし」
「ガロン・スカーについてはこの後説明に向かう予定だ。委員長……アイリ・サハラか」
アムシェルは校長の方を見た。
「申し訳ありません。ムラクモを目撃した生徒を招集せよ、とのことでしたので……」
校長が汗をふきふき言い訳する。アムシェルはため息をついて、
「やむを得まい。委員長に対して情報公開を許可する」
レキがほっと息をついた。同じ班の仲間に隠し事をしなければいけないのは辛い。
「何か質問はあるかね?」
「はい」とハル。「あの子がエクスマキナ……レプリカ・エクスマキナだというのは分かりました。でも、なんでうちの学校に?」
「一種の環境適応試験だ。人間社会にきちんと適応できるかどうか。……ふむ。こうして君たちに機密を明かすことになったのも、何かの思し召しかもしれないな。ムラクモが学校生活になじめるよう、ぜひ協力して欲しい」
「……」
ハルは頬をひくつかせた。
「どうした?」
「いえ……」
ぶっちゃけ無理じゃねえの? とはとても言えない。
話しかけたらぶっ殺す、なんていきなり言い放つような奴が、まともな学校生活を過ごせるはずがないのである。
「……鋭意努力いたします」
そう答えるのが精一杯だった。
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