第7話 出会いと再会7

 予定通り、ハルは三日で退院した。

 ネリーは毎日見舞いに来ていたのに、ハルが帰宅するとまるで一年ぶりの再会のように喜び、駆け回り、大はしゃぎをした。

「……おにいちゃん、今日は一緒に寝てもいいよね?」

 上目遣いのお願いに、さすがに厳しいことは言えなかった。

「……今日だけだぞ」

「えへへ。おにいちゃん大好き」

 懐に潜り込んできた義妹の体温を感じながら、ハルはすぐに眠りに落ちた。



 そして翌日。

「――っ! まずいぞネリー、このままだと遅刻だ急げ!」

 自宅の安心感か、ネリーの体温がぬくぬくと気持ちよかったからか、ハルは思いっきり寝過ごしてしまった。慌てて飛び起きネリーを起こして全力で朝の支度。いつものようにカフェで朝食を摂る時間はない。テイクアウトのサンドイッチをエレベーターの中でやっつけて学校へと走る。

 教室に駆け込むと、ハルの登校に気づいたアイリが早速小言を言いに来ようとする……が、そこでチャイムが鳴った。アイリは残念そうに自分の席に戻る。

 教室の前のドアからキリク教官が入ってきた。負傷したウルスラ教官の代理だろう。

「起立!」

 週番が号令をかけた。生徒たちが一斉に立ち上がる。

「おはようございます!」

 唱和する生徒たちのあいさつを、キリク教官はしかめっ面で受けた。

「着席!」

 委員長の号令。生徒たちが一斉に着席する――いや、ハルだけはその場に立ち尽くしていた。負傷のせいで脚が動かなかったのではない。信じられないものを見た驚きで動けなかったのだ。

 教卓にゆっくりと登るキリク教官。十五年の軍務の後、二十年の教官経験を持つ巌のような男に続いて、対照的に小柄な人影が教室へと入ってくる。

 逆立つようなショートヘア。刃物のような不機嫌そうな美貌。

 この間とは違って、軍学校の制服を着ていた。身長の割に大きな胸が制服を内側から押し上げていた。スカートから伸びた脚が教卓にかかる。木板が軋む音がやけに大きい。軍靴の踵をきっちりと合わせて生徒たちと正対する。

「嘘だろ……」

 思わず声が出る。

 廃墟でハルたちを助けてくれた。ドロイド部隊を短刀二本だけであっという間に殲滅した、あの少女だった。 ※瞳の色は一考。

 少女は赤い瞳で教室を眺め回す。棒立ちのハルに目を留め、訝るように目を細める。

「ハル・アナン。何を呆けている。座れ」

「……あ……は、はい!」

 教官に言われてハルはようやく席につく。周囲でクスクス笑う声が聞こえた。

「なんだあれ、一目惚れか?」

「そんなわけあるか。ハルの奴は筋金入りのシスコンだぜ」

「んんっ」

 ざわめく声を教官の咳払いが断ち切った。

「彼女はムラクモ・アマノ。特殊な事情があって戦場で育ったが、今日から貴様らと一緒に学ぶことになった。……皆、仲良くするように」

 まるで普通の学校の普通の転校生のように、キリク教官は彼女――ムラクモを紹介した。

 教室はざわざわと浮き足立っている。 

「自己紹介を」

 教官に言われてムラクモは一歩前に出ると、

「……ムラクモ・アマノ。教官はああ言ったけど、好きでここに来たわけじゃないし、あんたらなんかと仲良くしたくないし、するつもりもないから。できれば話しかけないで」

「…………は?」

 お世辞にも友好的とは言えない、転入生【新入り】らしくないその態度に、一部の生徒が間抜けな声を上げた。

「馬鹿にも分かるように言ってあげるとね、あたしはあんたらのことが大嫌いなの。仲良くするなんて冗談じゃない。用もないのに話しかけたら殺すからね」

 唖然とする生徒たちに向かって、フンと鼻を鳴らす。

 ハルとムラクモは、そのようにして再会した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る