第3話 出会いと再会3
訓練が終わればレポートの提出が待っている。訓練そのものよりも、その後のレポートの方が苦手だという生徒も少なくない。ハルもその一人だ。
「ってかさあ、毎回同じことやってんのにそうそう書くことないって。『昨日と同じで特別なことはありませんでした』じゃダメなのかよ」
「初等学校の夏休みの日記じゃないんだから」
ハルのぼやきにレキが苦笑いを浮かべる。
教室を見回すと、ハルと同じようにレポートに苦戦している生徒が多い。
「ああ面倒くさい」といいながらハルはペン回しを始めた。
ハルたちが通っている学校は、正式名称をアルバ居住区軍学校という。居住区の名前を冠してはいるが、運営しているのは人類解放軍である。十三歳から十五歳までの少年少女を解放軍兵士として鍛えるための、軍の下部組織だ。
「初等学校と言えばネリーちゃんは元気?」
「ん? ああ。元気だよ。最近は友達も増えてきた。……家じゃ相変わらず甘えたがりだけど」苦笑して、ふと思い出す。「もう三年になるのか……」
ハルとネリーはアルバ居住区の生まれではない。以前はアーネムという居住区に住んでいたのだが、アーネムはセンチネルの襲撃を受けて壊滅してしまった。このときにネリーは実の両親を失っている。ハルとネリーは運良く助かり、解放軍に保護されてアルバへと移ってきた。
あの頃のネリーは酷いものだった。本当に片時もハルの手を離さず、ハルがトイレに行くのも困るほどべったりだった。手を離したら「おにいちゃん」も両親のようにいなくなってしまうのではないかと不安だったのだろう。あの頃に比べればだいぶ落ち着いたが、今でもしょっちゅうハルのベッドに潜り込んでくるのは、一人でいるとふとしたことで恐怖がぶり返すからで、それが分かっているから、ハルはネリーにどうしても甘くなる。
「ネリーちゃんはさ、ハルに兵士になって欲しくないんだろうね」
「……だろうな」
言われなくても分かる。ネリーのためを思えば、ハルは兵士になどなるべきではないのだろう。軍学校ではなく普通の学校に行って、居住区に職を見つけて、ずっとネリーのそばにいてやった方がいいのだろう。
だがそういうわけにもいかない。保護された孤児は特段の理由がない限り軍学校に通い、卒業後は兵士にならなくてはいけない決まりだ。
「ハル、レポートできました?」
アイリがやってきた。
「まだ」ハルは答えて、「あのさ、委員長は何で軍学校に?」
「何ですか急に?」
「いやちょっと気になったから。委員長って兵士って柄じゃないだろう。それとm、実は鉄砲撃つと気持ちよくなる体質とか?」
「それ変態ですよ」
「で、なんで?」
「笑わないでくださいね」前置きして、「宇宙に行きたいからです」
「宇宙?」
「はい。宇宙に行って、そこから地球を見下ろしたいんです。それで、」
「それで、愚かな愚民共め私の足下にひれ伏すがいい! って高笑いする」
「そんなことしないです!」
アイリは教室中に響き渡る声で突っ込んだ。
レポートを書いていた生徒たちが何事かと顔を上げるが、「またハルが委員長をからかってるのか」と納得してすぐにレポートに戻る。
「ごめんごめん。もうふざけないから」
「本当ですよ。今度やったら怒りますからね」
アイリは恥ずかしそうに顔をパタパタやってから、
「……地球が本当に青いのか、この目で見たいんです。大戦争以前の人類は火星まで行ってたんだから、技術的には問題ないですよね。障害になるのは戦争だけ」
「戦争を終わらせて宇宙に行きたい、か。なるほどなあ」
「そういうハルはどうなんですか?」
「俺? 俺は……」
腕を組む。考えたのはやはりネリーのことだ。それからネリーの両親――ハルにとっては義理の両親のこと。仇を討ちたいという気持ちもないではない。
ふと浮かんでくる根源的な疑問――勝てるのか? 人類はこの戦争に。
ハルは以前住んでいた居住区でセンチネルの戦闘を見ている。命からがら逃げ延びた。
その実感として思う。もう「戦後」なんて来ないんじゃないかと。人類は一つ一つ居住区を潰されて、地上の要塞都市も潰されて、そしてこの星は完全に、機械たちのものになってしまうのではないか。
そんなことは、とても口にはできなかった。
だからハルは内心の不安をおくびにも出さず、人を食ったような笑みを浮かべて、
「……美少女揃いのエクスマキナを一目この目で拝んでみたいなって思ってさ」
「ずるいですよ。はぐらかさないで真面目に答えてください」
「大丈夫だよ。委員長が一番かわいいから」
「ふえっ!?」
アイリの顔が火を噴いたように赤くなる。
「そそそそういう冗談は……」
「いやマジでマジで。だからちょっとぱんつ見せて」
「うーん。ちょっとだけですよ……ってダメです! 何言ってるですかもう!」
アイリがスカートを押さえて後退っていく。
「軽い冗談なのになあ」
「ハルが言うと冗談に聞こえないんです!」
人類が地上を追われて半世紀。
それは、明日をも知れない世界に生まれてしまった少年少女たちの、日常の光景であった。
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