「歯車」

ゴジラ

「歯車」

「歯車」


 コロセオはたった一人、海辺に座っていた。

 何分。いや、何時間経ったのだろう。もしかしたら、数日経っているのかも知れない。

自分だけはわかっていると思っていた。月日の数え方など子供の頃に教わっていた。それでも、わからないと言いたくなる時だってある。

 ぼんやり海を眺めていたら「これじゃあ何も変わらない」コロセオは素直にそう思った。眺めるだけの海ほど悲しいものはないとさえ悲観した。


 試しに少しだけ目を瞑ってみようと思った。暗闇の中にコロセオは身を投げた。この時間ならコロセオ以外の人間はまだ寝静まっているはずだ。聞こえるのは、波の音と生き物のかすかな鳴き声だけだった。

 コロセオは、この世界には自分一人だけだと思えた。

 そのまま顔を伏せてみた。蹲るように、伸ばしていた足を折りたたんで、体を小さく丸め込んだ。水面が跳ね返す太陽の光も、ここまではコロセオを追いかけることはできない。

「この世には誰もいない」そう確信した。

 そう思うと、自分自身の存在すらなかったかのように思えた。

 これは良いや。コロセオは安心していた。このまま海に流されてしまおうか。そんなことも考えていた。無機質な波の音は、程よく遠い存在に感じられて心地よく、コロセオをより一層、深い孤独へと導いてくれた。


 ゴーン。突然、時計台が鐘を鳴らした。

 コロセオは顔を上げた。不安になったのだろう。

と、同時に目を開けてしまった。太陽の光が、コロセオを襲った。目をかすめながら、コロセオは背後にある時計台の方へと振り返った。

 ゴーン。また、時計台が声をあげた。

 ああ。コロセオは声を漏らした。怖くなったからではない。コロセオは知っていたからだ。自分が世界から消えている間も、世界は勝手に動いていた。

 コロセオは悲しかった。彼には世界を終わらすことも、逃げることも許されなかった。

 時計台から目をそらした。海を見る気も起きなかったから、仕方なく自分の両の手を開いてじっと見つめた。僕だけの手なんだ。コロセオは何度も呟いた。


 しばらくしてハッとした。異変に気がついたのだ。観念したかのように、全身を使ってゆっくりと立ち上がり海の方へ向かった。確認しなければいけないことがあったのだ。波を避けながら、体を濡らさないように、水面を覗き込んだ。この位置だと、まだわからない。

 決心したコロセオは靴を脱いで、靴下も靴の中にしまい込んだ。海に足をつけると、冷たいとも、生ぬるいとも思わなかった。体を折り込むようにかがめてみた。水面にはコロセオの影が写り込んだ。これではまだ見えない。コロセオは、もっと顔を近づける必要があった。

 近づいていくうちに、ぼんやりとコロセオの顔が水面に映った。

「僕だ」と思った。そこにはコロセオがいた。

「これじゃあ、よくわかないじゃないか」

 コロセオは水面に写り込んだ自分に向かってこう言った。

 何度も押し寄せる波が、幾度となくコロセオを打ち消した。その度にコロセオはむきになって、水面に触れるくらいまで顔を近づけた。

「あ」コロセオは大きな声を漏らした。

 時計台の音が聞こえた時とは違う。知ってしまったと言った風な声だった。

 コロセオの顔は年老いていた。手のひらで、自分の顔を触った。シワが彫刻のように深く刻み込まれていた。

 そうか。こんなにも時は経っていたのか。

 コロセオがそう気づいたとき、やっとコロセオの人生の歯車は回り出した。



                     2018年9月24日 執筆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「歯車」 ゴジラ @kkk0120

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ