金色の草原

誉野史

金色の草原

 あの懐かしき場所はもうどこにもない。


 小学校で決められた通学路から少し逸れた場所にあったのだが、私が高校生の頃に区画整理の対象になった。


 その場所は、今どうなっているのだろうか。


 現在は娘もいて、当時とは違い運転免許もある。今、まさに娘を乗せて買い物から帰る途中である。


 隣のチャイルドシートには、寝息を立てている娘が気持ちよさそうに夢を見ている。


 「まだ寝入って少ししかたっていないから、寄り道しようかな。」


 声をささやかせて自分に語り掛け、少し立ち寄ることにした。


 信号を進んで目の前には大きな上り坂がある。その坂を車でゆっくりと走る。


 かつて学生だった頃の愛車は自転車だった。その坂を駆け上がるのが大変であったことを思い出した。


 友人間ではその坂を「心臓破りの坂」と呼んでいた。




 だが、今は大人になり、自分の車を持ち、体力にも気持ち的にもゆとりをもってその坂を上りきる。かつて青春を楽しんでいたときのことを思い出しながら、懐かしい気持ちに浸る。


 上り坂を上り切った先に信号がある。普段の帰宅経路なら左に曲がるのだが今日はまっすぐ進む。


 まだ、娘は寝息を立てている。


 そのまま信号を抜けると緩やかな下り坂になる。




 かつて父から聞いた話によれば、この道中は昔は山であったと聞く。


 だが今は、周り一面家だらけ。ベットタウン化している。行く道中に建設途中の家を何軒も見る。あの家には誰が住むのだろうか、そんなありきたりなことを考えるのも気ままな道中のだいご味かもしれない。


 と、思いながらふっと笑いがこみあげた。




 下り坂の緩やかなカーブに差し掛かる。その先にはあの場所に向かう途中、友人たちと一緒に段ボールをもらいに行ったスーパーマーケットがある。


 下り坂の道沿いにあるので、二車線ある道路の左側を走っているとそのスーパーマーケットから出てて来る車や駐車場に入ろうとする車に足止めを食らうので、右折レーンに入る。





 「すみません!段ボールください!」


 自宅に帰り、そのままランドセルを捨て、向かった先はそのスーパーマーケットだった。


 店の商品を卸す作業場から出てくる店員さんを捕まえ、いつものセリフを言って段ボールをもらいに来るのは日常だった。


 初めて段ボールをもらうために声をかけるときには緊張していたものの、2回目以降は慣れた常連のように得意げにもらいにいっていた。

 初めて段ボールをくれた店員さんが、ほかの店員さんにも話をしてくれていたようで、いつも段ボールをもらいにいくと


 「ああ!いつものやつね。」


 と、気づけばそのスーパーマーケットの店員さんはどの人に話しかけても良心的に対応してくださった。そして運びやすいようにビニールひもで丁寧に結んでくれた段ボールももらっていた。






 今の時代、段ボールをくださいといったら果たして店員さんは子どもに段ボールを渡すのだろうか。近年ではリサイクルやら環境保護・コンプライアンスの問題があるので廃棄処理上お店が許してくれるのか疑問でもある。


 当時は、とても温かい大人がたくさんいた気がする。


 そしてスーパーマーケットを過ぎて左レーンに戻り、また緩やかなカーブに差し掛かる。


 カーブを超えて信号がある。ここは大きい信号で、車通りも多く、歩行者も多い。


 当時は信号の角にコンビニはない。昔コンビニがあれば、懐かしい場所の帰り道、友人たちと買い物に行ったりと便利であっただろうなと考える。


 信号が青になる。左に曲がる。


 懐かしいあの場所は、もうすぐだ。


 左に曲がった先の右側に、見つけにくい道がある。その道に入りたいのだが如何せん車通りが多いのでなかなか右折で入るのが難しい。


 とりあえずウインカーを出してみて、よけてくれることを祈る。


 すると3台目の車が手招きをしてくれる。ありがたく譲ってくれた車と譲ってくれなかった車の間を通り抜け、道に入ることができた。


 その道中は住宅街の道であるため、住民に気を付けながらゆっくり走る。家の間の道を通り抜けるとすぐ目の前にあの公園が見えた。


 懐かしきあの場所の、隣にあったあの公園である。


 公園といっても小さい公園で、ブランコ・滑り台・鉄棒があるだけ。昔は小さな子どもも楽しめるようなもっと小さな、小さなブランコもあった。


 その公園に集まって、あの場所へ友人たちと向かっていたのを忘れない。


 ふと、公園の隣を見る。


 やはり、この場所も、住宅地となっていた。





 昔、公園の隣には、小学生だった自分よりも同じぐらい、もしくはもっと高い雑草が生い茂っていた草原があった。


 その場所で当時はやっていた動物もののテレビを見ながら閃いたりして、


 「ここに獣道を作ろう!」


 そういって友人たちと一列になりながら草を一生懸命踏み鳴らし、道を作った。


 ある程度道を作った先で、草を踏み鳴らし、もらった段ボールを敷いて作った「秘密基地」が懐かしい。


 家からみんなで一人一つと決め、学校から帰ったらお菓子を持っていく。何を持っていこうか悩み、目の前にあったポテトチップスの袋をわしづかみにしてかけ走っていったあの頃が手に取るように思い出せる。


 季節は秋だった。その懐かしき金色の草原の真ん中にあった「秘密基地」。





 今は何件もの家が建っている。ここもベットタウンの一片となってしまうのかと少し寂しくなった。


 かつて獣道を作ろうとしていた入口は、今まさに工事のおじちゃんが一生懸命除草作業をしている。


 「ここも家が建つんだ。」


 まあ、懐かしい場所が見れただけでもと思い、元来た道に帰る。

公園を後にして左に曲がる。実際に少し路駐をして眺めていたのだが、あまり路駐をすると不審者と思われるのが嫌だったので早々と帰る。


 その時、変えるために左に曲がった先に驚いた。区画整理の対象となっていない場所には、昔と変わらずの風景が広がっていた。


 じんわりと、視界が濁った。


 


 そろそろ娘が起きそうだ。


 「ママあ~。」


 さあ、家に帰ろうか。

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