第38話 黄色い空の下で、元いろは
リリークリーフ中の幹第一区画、エメラルド恒星系警察本部。
青山春来は赤星従後の収監されている特級留置所を訪ねていた。
留置所の職員が表示パネルを赤星に見せながら口を開く。
「食事の時間だ」
「お、来た来た」
赤星従後は嬉しそうにメニュー表を眺めた。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な、天白様の言うとおり」
「天白様?」
青山春来は口を挟んだ。
「ああ、うちの故郷の神様だよ」
「神様」
それは実在しないものだ。少なくとも青山の常識においては。
「うちのステージョンは毎月天白祭ってのがあってなあ、天白様は天地の詞から分かるとおり、最上位のお方で天空を守っている」
「……対空防衛システム?」
捉えどころのない話は、青山の常識ではそう変換された。
「元天地は〈星〉の再現までは可能だったが〈土〉と〈天〉の再現には手間取っていた……まあ、ロストテクノロジーの中でも最たるものだったからな」
「過ぎたる技術が……神と呼ばれていた」
「そうそう、そういう感じだきっと」
どうでも良さそうに赤星は相づちを打った。
「これ」
赤星はメニュー表を指さした。
「24番お願いします」
留置所の職員は外に連絡を入れた。
青山春来はここ毎日、赤星従後の食事に付き合っていた。
この時間が一番赤星の口が回った。
青山は疑問を重ねた。
「〈土〉は? 〈土〉はどういう機能だ?」
「あー……そもそも天白様とは星を創造したお方だ」
「星の創造」
それは恒星のことだろうか。惑星のことだろうか。
「天白様は天を翔る。全天を駆け巡る。黒土様は地を作る。人の立つ大地に眠る。天の守り神が天白様で地の守り神が黒土様だ」
「…………創世神話?」
青山は眉をひそめた。
この全天時代。地球の頃から存在する原初宗教以外の新興宗教はたいていうさんくさいものだと青山は思っている。
「俺たちは……赤星家は代々神官の家系だ。序列がこの世にいらっしゃらない神々の次に高いわけだからな」
「〈天〉〈土〉そして〈星〉」
「で、まあなんだかんだあって俺は天白様に連れられて故郷を脱出した」
「なんだかんだあって」
「いろいろあってな。で、たどり着いた先で……元天地の野郎と出会っちまったわけだ……それが何度も言ってるけどタンザナイト系? ってとこみたいだぜ」
「……準放置国家、放置国家ほどではないが、全天連合の名においてすら介入は難しい」
青山春来はしかめ面をする。
ことはすでに警察の手を離れつつあった。
父と祖父。
銀河庁と政府の管轄になりつつある。
銀河庁入星管理官の紫雲英も忙しくあちこちを飛び回っていた。
赤星従後の元に食事が到着した。
「……ところで、黄空ひたきは〈空〉の
「だとしたら、どうだというんだ?」
青山春来はどうとでも取れる答えを返した。
「俺は〈空〉の登録者にはなっていない。未開発の〈天〉と〈土〉そして〈空〉が俺が登録者になっていないアメツチデバイスだ。奪取時に登録した〈星〉。研究所で登録させられた〈山〉までのアメツチデバイスは俺が
「そうか」
青山春来はもちろんすでに〈空〉の
しかし、それが何だというのだろうか。
赤星の意図が読めず、青山はその顔を窺う。
赤星の顔は常に浮かべるにやけ顔だった。
「……〈空〉の
そうだ、と青山は返事をしなかった。
それをしてはいけない。
ざわめく予感があった。
刑事の勘。そういうものが青山春来の胸をよぎった。
「言わなかっただろうな、元詩歌は。言いたくないだろうよ、さすがのあいつも。知らないってこともないだろうよ。何せセキュリティの担当者だもんな」
赤星従後は聞いておきながら、元いろはが
「おかしいと思わなかったか?
赤星従後が語る。それと同時に、青山春来の通信デバイスに連絡が入った。
『青山さん、紫雲英です。入星管理局に入ったデータで至急確認して共有したいことが……』
青山の胸のざわめきは激しさを増した。
「
『赤星従後の遺伝子情報を全天コンピュータに送り、照合をしていました』
「遺伝子キーこそ
『全天コンピュータからはモンゴロイド系であるものの近親者のデータはなしとの返答がありました』
「元いろはが
『しかしここ数日で、リリークリーフに住民登録した者の遺伝子と、近似が見つけられました』
「あいつは俺の娘か何かだ」
『……元いろは。キューブヒルズにおいては住民登録の自由を保障され、全天コンピュータに遺伝子情報を提出していなかった彼女は、赤星従後の親族です』
赤星従後の戯言を、紫雲英の報告が裏付けた。
『続いては、エメラルド恒星系警察本部保安課からの報告です。宇宙港火災の一件に関して、払い戻し詐欺、補償金詐欺、義援金詐欺の相談が相次いでいます』
元いろはは夕食の準備をしつつニュースを見てため息をついた。
赤い男が捕まろうと、悪い人間はどこかにいて、それに人は左右される。
そしてそれは自分の父も同じなのだ。
悪い人間、なのだ。
その事実が彼女を憂鬱にさせた。
それでも、自分は今、誰かの帰りを待っている。
誰かに食事を作っている。
誰かと一緒に居ることを待ち望んでいる。
それは元いろはにとって心救われる事実だった。
一方その頃、黄空ひたきは家路を急いでいた。
黄空ひたきは空を見上げた。
夕闇の中、
見覚えのあるいつもの空。
それが彼女の空だった。
「ただいま、いろはちゃん」
「おかえりなさい、ひたきさん」
黄空ひたきはようやく家に帰りついた。
第一部 天地の空 完
天地(アメツチ)の空 狭倉朏 @Hazakura_Mikaduki
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