第37話 黄色い空の下で、元天地
同じ頃、黄空ひたきの家には剣ヶ峰捜査官が尋ねてきていた。
「剣ヶ峰さん、黄空さんが居ないときに来てるのってわざとですか?」
「前回の青山のはわざとです。今日はたまたまですね。わりと自分ら忙しくしていますから」
「まあ、そうですよね……父と姉がお世話をおかけいたします」
「いえいえ。元詩歌さんへの警戒・拘束レベルが下げられて、日用品なんかは支給品以外も使えるようになりました。その気があったら何か差し入れしてあげてください」
「承知しました」
いろははまた黄空と第六区画に買い物にでも行こうかと思案した。
その提案が自分から出来る、それがいろはには新鮮だった。
「どうです? その後」
「リリークリーフに移住届を出しました。テストを受けたところ教育レベルは問題がなかったので就活でもします。黄空さんがいつまででも居ていいと言ってくださったので、収入が安定するまではここで厄介になろうと思います」
「そうですか。それは何より。……いろはちゃんは、これからいろんなことを経験していくんだね」
剣ヶ峰捜査官は人生の先達として微笑んだ。
「……ただ、不安はあります。いいんでしょうか、私、こんなにのうのうとしていて」
「のうのうと?」
剣ヶ峰は意外なワードに首を傾けた。
「平和で、何の罪にも問われなくて、でもすべてを知っている」
「そんなあなたを守るのが我々のお仕事ですから」
剣ヶ峰捜査官は胸を張った。
「……そうですね私が誰であっても、きっとひたきさんたちは助けてくれる。だけれども、だからこそ、せめて好んで助けたいと思ってもらえる人になりたい。剣ヶ峰さんみたいに優しくて、青山さんみたいに責任感があって、そしてひたきさんみたいに強い人間になりたい」
「おや、俺もですか。なんか気恥ずかしいですね」
剣ヶ峰は頭をかいた。
「……父の行方は杳として知れませんか」
「知れませんねえ」
キューブヒルズは治外法権の側面を持っているが、今回ばかりはことがことだけに、エメラルド恒星系警察の捜査を受け入れざるを得なかった。
銀河庁が全天連合に強く働きかけた結果である。
全天連合からの離脱はこの全天時代、死に等しい。
さしものキューブヒルズもそのデメリットには耐えられなかった。
「しかしキューブヒルズはもぬけの殻でした。元詩歌さんの証言をすべて鵜呑みにするわけにもいきませんが……このままだと外恒星系の惑星への捜査に手を広げざる得なくなります」
「……心当たりがありません。申し訳ない……よく出張はしていると思っていましたが」
「いろはさんが気にするようなことではありませんよ」
「…………はい。気にすることすら、傲慢だと、今では思うようになりました」
元いろはが気にしてもどうにもならないことがある。
いろははそれを今は知っている。
「アメツチデバイス〈星〉の輸送元は巧妙に隠されていましたし、まあ元詩歌さんと赤星従後の証言をあてにするほかない状況です」
「どうか、よろしくお願いします」
元いろはは頭を下げた。
それがどういう思いによるものか、本人にも分かっていなかった。
エメラルド恒星系から遠く離れたところに一つの星がある。
タンザナイト系ユーズトリル。
『元天地研究所』。そこにその名は表示されていない。
表向きはまったく違う研究所の名前が掲示されている。
しかしそこは元天地の研究所だった。
かつて赤星従後が発見された恒星系。
そして赤星従後は研究され、元詩歌も研究に従事していた。
キューブヒルズに残していたのはあくまで表向きの研究成果。
本来の彼の天地プロジェクトは、その星で密かに進行していた。
元天地博士、元いろはの父親にしては老年の男は黙々と格納庫を確認していた。
今回のエメラルド恒星系リリークリーフでの戦端によって多くの物資が研究所から転送されていた。
特に〈山〉の防御装甲のストックは青山春来が惜しげもなく使ったおかげで尽きかけていた。
「物資の補充が必要……しかし大々的な動きは全天連合に目をつけられかねない……と」
元詩歌と赤星従後の証言だけで、この星に捜査の手が及ぶかは怪しいところだった。
タンザナイト系は準放置国家である。
全天連合が干渉するには多くの手続きが必要だった。
時間はいくらでもあるのだ。
そしてそれへの対処は天地プロジェクトの他のメンバーがどうにかする。
元天地の頭脳を使うべきことではない。
「どの子もこの子も好き勝手を……まあ人のことをどうこう言える老いぼれではないか」
元天地は苦笑しながら、格納庫を歩き回っていた。
「私もまた、父を裏切り、出奔し、そしてアルデバランを見つけた」
元天地は天空を仰いだ。
格納庫のドームには星空が再現されていた。
それは地球という星から見上げた星空だった。
空は常にアルデバランが見える時期のものに設定されていた。
「お前が後に従うというのなら……我々はさらにその後に従おう。アメツチデバイスはまだまだ進化する……進化させねばならぬ。本物の、求めていたものを手に入れるために」
老人はブツブツと呟きながら、部屋を退出した。
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