第35話 黄色い空の上で、赤星従後

 赤星従後のアメツチデバイス〈星〉の胸部からは黒い煙が上がっていた。

 左肩にも損傷があり、破片が散らかっている。

 対する黄空ひたきは無傷。

 ケーブルを一本損傷しただけ。

「……いける」

「……そうかもな」

 赤星従後はそれでもなお笑顔を見せた。

 右手を上げる、左手も上げたが、あまり上がっていない。

 左肩の損傷で可動域が狭まっていた。

「発射ァ!」

 上下にすこしばかりずれた光弾が同時に発射される。

「〈山〉!」

 防御装甲は複数枚発射された。

 光弾が防御装甲をなぎ倒す隙に黄空は空を飛ぶ。


 赤星が下にいる。

 赤星が右手を上げる。

 赤星の左手は上がらない。


「〈峰〉!」


 ふた振りの剣の転送。

 黄空は両方投げつけた。

 一本は光弾に弾かれ、もう一本は赤星の左手をかすめた。


『損傷拡大。損傷拡大』

 アメツチデバイス〈星〉はとうとう警告音を鳴らした。

「もう投降しろ!」

 黄空ひたきは上空へ距離を取りながらそう叫んだ。

 この距離なら光弾一ついくらでも避けられたし、赤星が下に逃げようとしても追いかけられた。

 そしてこの期に及んで赤星従後の意思を確かめようとした。

「いやだね! 〈星〉は十分俺の望みを叶えてくれた! だからついでに〈空〉と〈山〉も回収する! それは本来、俺たちのものだから。それらが俺に役に立つかは分からんが野放しにされているのは気分が悪い」

「必要だからではなく、気分が悪いからと言うのか、この半月の騒乱を」

「ああ! 人の動機にそれ以上に何が要る」

 赤星従後は悪びれもせずそう言った。

 黄空ひたきの胸にむなしさがわき上がった。

「……お前はつまり満足してるんだな。その力に。そのアメツチデバイスに。その〈星〉に」

「だったらなんだ!」

 赤星は怒鳴った。

「……だってその〈星〉は力の中でもシンプルに分かりやすい暴力という力なのに」

「あ?」

「私が借りている〈空〉は推進力だ。青山さんの〈山〉は創造力だ。だけどおまえの〈星〉は暴力だ」

 それは黄空ひたきがずっと抱いていた疑問だった。

「それがなんだっていうんだ? シンプルに分かりやすい。いいじゃないか。どこででも通用する。異邦人の俺らしく。学のない俺らしい。お前はこれのどこに問題を感じているんだ?」

「だって暴力は何も産まない。孤独である場合においては」

 黄空ひたきから、赤い男は孤独に見えた。

「その力は人に振るうからこそ意味があるんだ。天に向かって放っても何も返ってきやしない。地に向かってぶち当てても焼け野原しか産まない」

「……天と地」

 赤星従後は何かに心動かされた。

 黄空の言葉の意味ではなく、ただの単語に揺れ動いた。

「……荒れ果てた荒野に一人立つ覚悟があるのなら、植物を育てる能力の方がよっぽど、役に立つ力だ。それでもお前は人がいるところの方を望むんだ。たとえ暴力や権力の的になっても、それを上回る暴力で、人の傍にいることを選ぶんだ」

「何をいきなり知った風な口を」

「お前に力を受け入れる器が無ければ、どんな力も意味がなく、どんな力も際限なく求めてしまう。それは悲劇に決まってる」

 黄空ひたきの目に赤い男はそう見えていた

「だから法という力に拘束されて庇護されろ。それはお前に違う力を知らしめる」

「勝手な正義を……ごちゃごちゃと!」


 黒い煙の上がる胸部に再び光弾が光る。

 赤星が黄空の言葉に応えていたのは、そのエネルギーの再充填を待つためだった。

「……防御!」

 黄空は賭けた。


 光弾が襲いかかる。

 防御装甲が光弾と黄空の間に設置される。


 なぎ倒されていく防御装甲。

 黄空ひたきに光弾の残滓が直撃した。


『損傷甚大。損傷甚大』

『損傷甚大。損傷甚大』

 〈空〉と〈星〉からの警告音。

 ふたりは落下していく。

 黄空ひたきは赤星従後に手を伸ばした。

 そしてその腕を強く握り締めた。

 

「おい離せ」

「放さない」

 いつかこのやり取りをした。

 黄空は宇宙港でのことを思い出していた。


『黄空ひたき! そのままでいい落下しろ!』

 ノイズ音とともに青山春来からの通信が入った。

 黄空ひたきは、それを信じた。


 衝撃が体に響く。

 全身が何かにぶつかった。

 青い何かが背面にあった。

「……〈山〉」

 アメツチデバイス〈山〉の防御装甲が敷かれたひとつの筒軌道チユーブロードの上に黄空と赤星は落下した。


「黄空! 生きているか!」

「……はい、なんとか」

 黄空ひたきは横を見た。

 掴んだままの赤星従後がそこに居た。

 青山春来が赤星に近付き、首元のスイッチを押した。

 アメツチデバイス〈星〉は解除された。

 黄空ひたきは肩で息をしながら呟いた。

「……捕まえた」

「捕まった」

 赤星従後は淡々と答えた。

 青山春来が懐から手錠を取り出す赤星従後の両手にかけた。


 赤星従後はしばらくぼんやりと空を見上げていたが、ようやく口を開いた。

「……俺なんて助けない方が良かったんじゃないか、お前たち」

 赤星の言葉に青山が肩をすくめた。

「そうでもない。お前が何らかの組織の一員であるならば、お前の仲間は国家に対する脅威だ。私たち警察はお前を捕らえてそれを確認しなくてはならない」

「俺に共犯者がいるように見えるかい? 青山捜査官」

 青山は答えなかった。

 答えに迷っていた。

「……私の理由はもっと単純」

 黄空ひたきはそれを言うべきか迷った。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい言葉だったから。

 しかし言っても良いだろうと判断して続けた。

「あなたに聞かなければならないことがあった。きっとそれは、あなたを助けなければ分からないこと」

「ふうん?」

「あなたの名前は?」

 それを黄空ひたきはきちんと知らなかった。

「そんなことは元詩歌に聞けよ」

 赤星は吐き捨てた。

「欲しいのは知識ではなく、あなたの自覚するあなたの名前だから。それを聞かなければすっきりしない。気分が悪い」

 自分を殺そうとまでした相手の名前を、黄空ひたきは知りたかった。

 知っておきたかった。

「……ふん」

 赤い男は心底嫌そうにその名を口にした。

「俺は後に従う赤い星、俺の名前は赤星従後。アルデバランの赤星従後だ」


 緊急飛行用輸送機がこちらに飛んでくる。

 青山春来が手旗信号で何やら合図を送る。

 黄空ひたきは一つ背伸びをした。

 損傷のためにアメツチデバイスの可動域が狭まっているのか、その動きはぎこちなかった。

 そして彼女は空を見上げた。

 黄色い筒軌道チユーブロードが彼女らの頭上にはあった。

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