黄色い空の上で
第33話 黄色い空の上で、アメツチデバイス
病院のフロアを一階分、空で駆け上がると、緊急搬送用通路にたどり着いた。
緊急車両用
黄空のことは剣ヶ峰がナビゲートをしてくれていた。
『第五ゲートを目指してください! ホシは中の幹第五区画からこちらに向かって飛行中です!』
警察病院は中の幹第一区画、リリークリーフの中央に設置されている。
「中の幹第五区画……」
パナギアエリクシルのある方角である。
黄空の胸に同僚たちの顔が浮かぶ。
「……集中!」
黄空ひたきは自分に活を入れた。
第五ゲートが見えてきていた。
『緊急車両用
「了解」
第五ゲートの外に出る。
太陽、エメラルド恒星が照りつける。
「……上!」
ハッチのロックが開く音がした。
まだ上空には
黄色いラインがそこにはある。
黄空ひたきは正面に赤い光を見た。
赤星従後はそこに居た。
「戦闘機」
軍の戦闘機が赤星従後を追跡していた。
『青山が輸送機でここに到着するまであと5分! それまでどうにかしのいでください』
「了解です。剣ヶ峰さん」
赤星従後もまたこちらを捕捉した。
赤い手の平がこちらを向いた。
光弾を避けることは容易だったが、この高度ではまだ他の建物に当たる可能性があった。
「……アメツチデバイス〈川〉」
『〈川〉を解除します』
全譲渡されたアメツチデバイスは下位のアメツチデバイスの特性を一部使うことが出来た。
その説明はヘルメットに表示されていた。それを黄空はここに来るまでの間に読み切っていた。
〈川〉の特性は冷却剤の放流。熱エネルギーを放出する〈星〉の対になるともいえるそれが、黄色い手の平から射出された。
上位に当たる〈星〉の光弾を消しきれない。
しかし光弾の勢いは弱まり、強度のある建物の外壁を少し焦がすにとどまった。
「上がってこい! 赤い男!」
黄空ひたきは大声で叫んで空に向かった。
赤星従後はそれを追う。
町が下に下がっていく。
いつも見上げていた
イエローライン。黄色い
ボルケーノサラマンダーのときと同じ空だ。
遮るものの何もない本物の空。
赤星従後は追いかけてきた。
剣ヶ峰かどこかからの指示があったのか戦闘機は追ってこなかった。
空の上には二人だけがいた。
「一人足りねえな、青いのはどこだ? まあ、こちらとしては好都合だが。どうせ全部奪うんだ。順番に奪えば良い」
「……奪って何をしたいの、お前は」
問いかけは時間稼ぎの一環だった。
返ってくるとは思っていなかったが、意外にも赤星は素直に答えた。
「力がほしいというのは当たり前じゃないか?」
「力……」
空を飛ぶ力。
光弾を撃つ力。
防壁を生じる力。
冷却する力。
「天地博士は〈天〉と〈土〉の開発をまだ果たせていない……だから〈星〉は一番強い。それでもまだ足りない。〈空〉も〈山〉も俺から奪われたものだ。俺が奪い返す」
「お前から……?」
黄空ひたきは知らない。
赤星従後の背景を知らない。
アメツチデバイスの出自を知らない。
何も知らない。
知る暇もなかった。
アメツチデバイスの所有は元いろはの正当な権利だと疑いもせずにいた。
元いろは自身がそうだったように。
「〈
赤星従後は歌った。
故郷の歌を歌った。
黄空ひたきが使えるのは〈空〉に続く18の機能だった。
体感した〈星〉の力はともかく、〈天〉〈土〉は未知の領域だった。
「天白様のお導きで故郷のステージョンを出た俺が最初に出会ったのがよりにもよって元天地だったのは運の尽きだったが……今はこうして自由の身だ」
「ステージョン」
聞き覚えのない地名だった。
文字通り地名は星の数ほどある。ゆえに聞き覚えがないのは仕方のないことではある。
まして赤星の故郷は全天連合にも所属していない。
人という名のクドリャフカの廃棄場。
黄空はおろかこの全天の多くの人間が底の存在すら知らない場所。
「聞きたいことはそれだけか? 冥土の土産に聞かせてやるよ」
「力を手に入れて、どうするつもりだ」
「どうもこうもない。子供は力を求めて大人になるんだ……なったんだ」
一瞬だけ赤星従後は遠くを見つめた。
過去を思いやるように。何かを思い出すように。
「それが俺の場合、少しばかり乱暴なやり方じゃないと手に入らなかったというだけだ」
「……大人、か。それなら私はついさっき大人になったばっかりだ」
「あ?」
子供の頃からの執着を断ち切れた。
断ち切られてしまった黄空ひたきは、今こそ大人になったのだろう。
「……私はひたすら時間を稼ごう」
黄空ひたきはそう宣言した。
赤星従後は両手を構えた。
空。遮蔽物の何もない、憚るものの何もない場所。
今なら黄空ひたきはいくらでも避けられる。
「発射ァ!」
「回避」
光弾が飛ぶ。
黄空も跳ぶ。
光弾の上を跳びはねる。
赤星が照準を上に向ける。
下に逃げ過ぎるわけにはいかない。
町への被害が出るかも知れない。
青山の無数の防御障壁があれば話は変わるが、今は黄空一人が赤星に対処しなければいけない。
「アメツチデバイス〈峰〉」
〈峰〉の特性は剣。遠距離物理攻撃用の武器が転送される。
長さは1m程度。
黄空ひたきは剣を構えた。
黄空に剣の経験などない。
ただのはったりだった。
攻撃力はあるというアピールだけだ。
「ははっ」
赤星従後は笑った。
黄空ひたきは剣を振りかぶった。
赤星従後は上に向けた両手を上下にずらした。
片手は剣へ、片手は黄空へ二点を狙う。
「発射」
「防御装甲!」
防御装甲はボディを守り、剣は消し飛んだ。
「〈峰〉!」
二振りの剣が転送された。
赤星は剣に腕を向ける。
黄空は右手側の剣を投擲した。
赤星は身をよじって避けながら片手側の光弾を撃ち出した。
剣は下へと落ち、そして、そこに上昇してきた男がそれを手に取った。
「これはいい。剣道なら修めている」
青山春来、アメツチデバイス〈山〉の装着者が遅ればせながら現着した。
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