空が落ちたその後に
第30話 空が落ちたその後に、交渉
聞き覚えのある規則的な電子音がする。
見覚えのある白い天井がある。
嗅ぎ覚えのある清潔な匂いがする。
ここは病院だ。黄空ひたきにはそれが分かった。
「……死んでない」
呟く言葉は寝起き特有のしゃがれ声だった。
そして思い出す。
赤い男を捕らえるために青山と協力した。
しかし途中で急に気を失ってしまった。
いったい何時間が経過したのだろう。
赤い男はどうなっただろう。
青山はどうなっただろう。
元いろははどうしているだろう。
元詩歌は無事だろうか。
「通信を……」
音声コマンドに病室の伝声管が反応した。
『おはようございます、黄空ひたき様。ただ今、主治医をお呼びします。しばらくお待ちください』
「あの……通信」
『あなたは今、面会謝絶の処置が下っています。通信は不可能です。ご了承ください』
「……承知しました」
強制命令を受けているロボット相手に口論しても仕方ない。
黄空は深くため息をついて座位の姿勢に自動で変形していくベッドに身を任せた。
病室に白衣を着た医師が入ってきた。
「おはよう。ひたきちゃん」
「おはようございます、
霧生は黄空ひたきの主治医であり、幼い頃からの顔なじみだった。
「気分はどうだい」
「不安感はありますが、不快感はありません」
幼い頃から手慣れた問答を黄空は執り行う。
「……今って何日ですか?」
「5月20日16時。まあだいたい一日寝てたね」
「そう……でしたか」
一つ頷くと霧生は手元のカルテデバイスを操作した。
「ところで君の体内に処方箋の必要な量の医療機関には記録されていない薬物の投与が確認された」
霧生は黄空にその薬物の一覧を見せた。
違法に薬物を摂取。身に覚えはない。しかし可能性は一つ思い付く。
「君に限ってあり得ないとは思うけれどまさか職権乱用ってこともないだろう?」
「……ええ職権乱用については大丈夫です。薬物摂取についても心当たりがあります」
アメツチデバイス。
人知を越えた駆動を可能としたパワードスーツ。その人体への影響を思えばなんらかの薬物を投与する機能が搭載されていても驚きはない。
そしてそれが自分の体に害を及ぼすことも。
「警察に捜査されて支障があるようならと思ってとりあえず面会謝絶の処置を執ったけれど……大丈夫そうかい?」
「はい。たぶん途中までは緊急避難を認めてもらえると思います。途中からについてはお叱りを受けると思いますが」
黄空は青山との空中での会話を思い出した。
「何やら世間は宇宙港襲撃だ怪獣大暴れだ警察本部大火災だ何だと物騒なことになっているねえ」
「そうですね……」
霧生はどこまで承知しているのだろうか。黄空は訝しんだ。
「……ちゃんと生きるんだよ、君は。投げやりになってはいけない。諦めてはいけない。そうでなければ医者の立つ瀬がない」
「分かっています。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。それでも大丈夫です。黄空ひたきは死ぬわけにはいかないので」
「……うん。じゃあ、面会謝絶は解除。医者の見解は黄空ひたきはただの疲労ってことにしておくよ。薬物に関しては外で手ぐすね引いて待っている官憲にお任せするね」
「はい……」
黄空ひたきは頭を下げた。
霧生医師と入れ替わるようにして病室に入ってきたのは剣ヶ峰捜査官と見覚えのある女性だった。
宇宙港で元詩歌を連れていく際に同行していた紫雲英だった。
「どうもご挨拶遅れまして。銀河庁入星管理局の紫雲英です。今回の宇宙港襲撃では警察と協力して捜査に当たっています。あなたからしたら初対面でしょうがこちらはイエローのことは先日のボルケーノサラマンダー収容で目撃しています。お目にかかれて光栄です。黄空ひたきさん」
紫雲英は淡々と一息でそう言った。
黄空はただ頭を下げた。
「どうも……」
あの時、ボルケーノサラマンダーを収容したコンテナを運搬していた宇宙船に乗っていた人間とこうして出会うことになるとは、黄空は想像もしていなかった。
「その節はお世話になりました」
「こちらこそ」
紫雲はにこりと微笑んだが、その目は笑っていなかった。
二人の淡々としたやり取りに、剣ヶ峰が威勢良く割り込んだ。
「そしていつもの剣ヶ峰です! 青山は事態の説明に実家に帰っておりますのでこの二人で事情聴取を執り行わせてもらいます。いやー女性への事情聴取なので紫雲さんが残っていてくれて助かりました」
「……実家?」
突然の青山春来の実家情報に黄空は首をかしげた。
「ああ、青山春来の父は青山春道で祖父は青山春一なんですよ」
「銀河庁の長官とリリークリーフ副総理……」
青山春一、今世一の暴れん坊と名高い副総理大臣。
青山春道、今回の宇宙港襲撃のニュースで度々顔を見た銀河庁長官。
黄空でも名前を聞いて咄嗟にその肩書きが浮かぶほどの大物たちだった。
青山家、とんだエリート一家だった。
青山春来が警察官をやっているのが不思議なくらいだ。
「まあ青山のことはどうでも良いんですよ! サクサクと事情聴取していきましょう!」
剣ヶ峰の元気の良さはここが病院であることを忘れてしまいそうだった。
「元いろはさんからだいたいのことは聞いてますけど、それもすりあわせたいですしね! あ、というわけで元いろはさんは無事です。詩歌さんも。詩歌さんは拘束中。いろはさんも事情聴取中ですけど!」
一番知りたかった情報はさらりと告げられた。
黄空は胸をなで下ろした。
「さて一番目の問題は黄空さんの身体から検出された薬物のことですね! こちらは元詩歌さんからアメツチデバイスの副作用だと証言ありました。薬物取締法については適用外の方向で話を進めています。まあアメツチデバイス着用の方はなんらかの法に触れるとは思います! それの軽減、超法規的措置の提案を青山がしているところです」
「……出来るんですね、そういうこと」
「出来ちゃうみたいですね、青山家、怖いなあ」
剣ヶ峰は明るく笑いながらまったく怖くなさそうにそう言った。
「……この際ですから全部お話しします。包み隠さず。すべてを……と言っても私にお話しできることは、いろはちゃんがほとんど話していると思いますが……」
「そうですね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。色んな人からお話しを聞くのが自分のお仕事です」
「分かりました」
「あ、そうだそうだ。赤い男、赤星従後は取り逃がしました」
剣ヶ峰は事もなげにそう言った。
黄空は小さく頷いた。
自分が足を引っ張ってしまった。その後悔が胸をよぎる。
「赤い男の足取りですが、元詩歌さんの協力でアメツチデバイスのジャミング能力をオミットしてもらいました。今どこに潜んでいるのか、おおまかな足取りは掴めています。もちろん一般人には喋れませんが」
「そう、ですか……」
掴めているのか。
「というわけであと少しすれば軍も動かす捕獲作戦……いえ掃討作戦が実行されます」
「…………掃討」
「はい。掃討」
剣ヶ峰はいつの間にやら真剣な表情になっていた。
「最終的には青山の実家への説明次第だと思いますが、今や赤い男の我々から見た危険度はそこまで上がっています。我々はアメツチデバイス〈山〉……今、青山春来が
「……私?」
「はい。あなたはアメツチデバイス〈空〉の
初耳だった。
そうでないともそうであるとも聞いた覚えはない。
「……いろはちゃんが
「無理だそうです。元詩歌ですらそこは動かせません」
「そうだったんですね……」
「というわけでまずは依頼です。誰になるかは分かりませんが我々が選出した人間へのアメツチデバイスの譲渡……すなわち
「……いろはちゃんは、なんて?」
あれは黄空ひたきのものではない。
元いろはのものだ。
元いろはが親から受け継いだ大切なものなのだ。
「『私は受け入れます、そう黄空さんに伝えてください』。元いろははそう言いました。信じるか信じないかはあなた次第です」
「……信じましょう」
黄空ひたきは頷いた。
「誰であろうと軍人か警察官か、選ばれたというその人に私はアメツチデバイス〈空〉を預けましょう。一市民としてその役目を果たします」
「分かりました。ありがとうございます」
剣ヶ峰は頭を深々と下げた。
「じゃあ、ここからは事情聴取です。あの日、宇宙港で襲われたところから、どうか話してください。覚えている範囲で構いませんから」
紫雲英が記録デバイスを取り出した。
黄空ひたきは記憶をたどった。
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