第29話 警察本部にて、杞憂
黄空ひたきと元いろははエメラルド恒星警察本部襲撃をニュースで知った。
警察本部の壁面に開いた大穴は黄空にあの日の宇宙港を思い起こさせた。
「赤い男……」
「……お姉ちゃん」
黄空といろははニュースを愕然と眺めた。
「私、行ってくる」
黄空ひたきは元いろはに手を差し出した。
元いろはは思わずアメツチデバイス〈空〉をしまい込んでいるスカートのポケットをおさえつけた。
「……でも!」
いろはは黄空を止めたかった。黄空に危険な場所に行って欲しくなかった。しかしそのための言葉が見つからなかった。
そのいろはの気持ちが分からないわけでもなかろうに、黄空は続けた。
「……これが君のお姉さんが狙われたことなら、君が行くべきじゃない。私は根本的には無関係だ。死にそうになったらアメツチデバイスを差し出してごめんなさいで逃げれば良いのだから」
「……黄空さんは言っていることがむちゃくちゃです」
いろははそれを、ようやく言えた。
対する黄空の表情は揺るがなかった。
「そうかな?」
「……私がアメツチデバイスを装着しようとしたらどうします?」
「止めるね、全力で。危険だもの」
黄空ひたきの声には迷いも逡巡もなかった。
「危険なのはあなたも一緒なのに?」
「アメツチデバイスの扱いには一日の長がある。私が使った方が君のお姉さんを助けられる確率は上がる」
そうなるように動いていたのは黄空ひたきのはずだった。
「……私が装着はしないけど黄空さんに渡さないって言ったら、どうします?」
「外で張っている警官にすべて話す」
即答だった。
「……恐喝ですね」
「そうかもしれない」
「…………黄空さんは、どうしてそこまで」
「助けたいんだ。君のお姉さんも……警察に居るだろう青山さんたちも……巻き込まれてるかも知れない人たちも……」
「でも、黄空さん死にたくないって」
「私は死ぬわけにはいかない」
黄空はあの日の宇宙港での言葉を繰り返した。
いつもの言葉を繰り返した。
「そうだねそれは……黄空ひたきの至上命題だ」
黄空ひたきは生まれたときにそう願われて、生きているうちにそう願った。
しかしその話をする時間はなかった。
「それとこれとはさ、話が別なんだ……うん、別の話になってしまうんだ」
自分に言い聞かせるように、黄空ひたきはそう言った。
「私に託して。私を信じて。戦わせて」
その言葉もまた宇宙港のことを思い出させる言葉だった。
「……お姉ちゃんを、助けてください」
元いろはは黄空ひたきの前に折れた。
あの時とは違い、選べる状況にもかかわらず折れてしまった。
「うん、行ってきます」
黄空ひたきはアメツチデバイスを装着した。
黄空家から飛び立つ彼女を、張り込みをしていた警察官が大声を上げて制止する。
黄空ひたきはそれを無視して跳んでいった。
そして今、エメラルド恒星警察本部付近の空中。
黄空ひたきは素早くケーブルを青山春来にくくりつけた。
アメツチデバイス同士の互換性のためか、それは難なく遂行された。
「イエロー……いや、黄空ひたきか」
「どうも……いろはちゃんのお姉さんの居ると思ったら矢も楯もたまらず飛んで来てしまいました。……ごめんなさい青山さん。嘘といろいろと」
「いや、ひとまずは助かった。元詩歌なら無事だ」
「よかった……」
黄空ひたきは一瞬脱力し、そして青山を抱える手に力を込め直した。
「とりあえず赤星従後……いやレッドを止めよう。君たちには公的機関の人間としていろいろと言わねばならぬこともあるが、今は緊急時。やるべきことが先だ。レッドを捕らえる。協力してほしい」
「分かりました」
警察本部に大きく開いた風穴の中で赤星従後は、空中の黄空ひたきと青山春来を見下ろしていた。
赤星は手の平を黄空と青山に向けていた。
いつでも光弾を発射できる態勢だった。
この状況が宇宙港の時と同じだと黄空は気付いた。
あの時は青山は気を失っていた上に生身だった。
今は違う。
詳しくは分からないが青山は青色のアメツチデバイスを纏っている。
ふたりで協力し合える。
どうにかなる。
どうにかする。
「青山さん、指示はお願いします。私は素人なので。こちらの能力は〈空〉。主に飛行です。他者を抱えての飛行も可能です。装着者同士であれば専用ユニットを使用しスムーズな飛行が可能になるようです」
「こちらの能力は〈山〉。特徴は君のアメツチデバイスにも搭載されていると思われる防御装甲だ」
元詩歌の解説を思い出しながら、青山はそう言った。
黄空は頷いた。
防御装甲の展開には経験があった。
「踏み台に盾に……ついでにぶつけて攻撃なんでもござれというところか」
「移動と防御……役割分担が分かりやすくていいですね」
「ああ、行こう。頼んだぞイエロー」
「了解です」
黄空が青山を抱えたまま飛んだ。
赤星は光弾を放つ。
「防御装甲展開」
青山が防御装甲を赤星に向かって投擲する。
光弾は防御装甲にその勢いを殺される。
赤星は塊で飛んできた防御装甲を避けた。
黄空はその隙を突いて空高く舞い上がる、赤星よりも上、赤星を見下ろし返した。
そして黄空は青山を警察本部の中に向かって放り投げた。
『〈空〉のデータを取得。空中制御を実行します』
青山のアメツチデバイスから音声案内が流れる。
空中での制御姿勢の技術がケーブルを通じて〈空〉から〈山〉に横流しされたらしい。
青山は空中で姿勢を保ち防御装甲を逐次展開しながら赤星に向かう。
赤星は青山の進行方向から移動しつつ黄空を狙う。
黄空はそれを空中で避ける。
アメツチデバイス〈空〉の操作にもだいぶ慣れてきていた。
空中で軽やかに光弾を避けていく。
青山が本部の床に着地した。
空に黄空、本部に並ぶように青山と赤星。
「ちっ」
赤星の舌打ちが空中の黄空にまで聞こえるようだった。
赤星は右手を黄空に向けたまま左手を青山に向けた。
同時発射。
光弾が放たれる。
「展開」
「回避」
黄空は回避しながらどうにか赤星に接近をはかる。
青山は動けない。一定の距離を保ったまま障壁を展開する。
「展開、投擲!」
青山は防御装甲を連続展開した。
赤星に向かって一〇枚の防御装甲を展開していく。
「くっそ……」
赤星の光弾が追いつかない。
防御装甲が彼に迫る。
黄空の避けた光弾は後方の筒軌道に当たる。
大きな音が聞こえた。
「…………振り向くな」
考えるな。
前を向け。
赤い男に集中しろ。
黄空ひたきは赤い男に向かって飛んだ。
二方向からの挟撃。
赤星は光弾を闇雲に撃ち続ける、しかし、届かない。
〈空〉と〈山〉に〈星〉が届かない。
「……く、そが」
「追い詰めた!」
その時、黄空の胸には確かな高揚感があった。
しかし――。
「……あれ?」
突如、黄空の目の前が暗くなった。
最初は何かが視線を遮ったのかと思った。
しかし暗さが持続する。
「……あ、れ?」
体が保てない。
姿勢が保てない。
アメツチデバイスの補佐を受けても保てない。
自由が利かない。
その感覚を、黄空ひたきは
「……………………」
意識を、彼女は、失った。
杞憂。〈空〉が、落ちる。
それは彼女もいつか黄色い空を見上げて思考したこと。
『装着者の意識喪失をバイタルから確認。自動飛行に切り替えます』
アメツチデバイス〈空〉のその音声を聞くものは誰も居なかった。
「……覚えていろ」
赤星従後はジェット噴射を利用しての撤退を選んだ。
「イエロー! ……レッド!」
青山春来には二兎を追うことは出来なかった。
自身に連なるケーブルをたぐり寄せ、自動飛行に切り替わった〈空〉の回収を優先した。
第5シェルター内にて、剣ヶ峰捜査官と元詩歌、紫雲英たちもそれを見守っていた。
剣ヶ峰は淡々と尋ねた。
「……元詩歌さん、あのイエロー……黄空ひたきさんの落下にに心当たりは?」
「……あります」
元詩歌の顔は暗かった。
「そうですか、それではまずはそこから詳しくお聞かせください」
「……もちろんです。ええ、もちろんですとも」
3体のアメツチデバイス使用者による攻防は〈空〉と〈山〉の連携が〈星〉を圧倒したが、〈空〉の突然の墜落により、状況は一転。〈星〉を取り逃す結果となった。
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