第28話 警察本部にて、〈山〉VS〈星〉

 青山春来が背面のバックパックから正面に展開した防御装甲に向けて、赤星従後は手の平から光弾を発射する。

 光弾は防御装甲を三枚までは真っ直ぐ貫いていたが、それを越すと勢いを落とす。

 狭苦しい取調室の壁に何度か穴を開けながら、青山と赤星の戦闘は均衡状態を保っていた。

「……ちっ」

 赤星はその苛立ちと短気さを隠す様子もなく、次々に光弾を撃ち込んでいた。

 対する青山は防御装甲を展開しながら淡々と状況を判断する。

「……エネルギー切れ、は当分なさそうだな」

 青山が思い出したのは元いろはとの会話だった。

 赤星従後が宇宙港から離脱した理由の候補の一つ。

「……元いろはどこまで知っていてあれを言った……?」

 元詩歌の証言が得られてなお、謎は多かった。

 彼の元に、剣ヶ峰捜査官からの通信が入った。

『青サン! こちら剣ヶ峰、元詩歌重要参考人および紫雲英さんたちと合流し第5シェルタールームまで到達しました! ご無事ですか?』

「ああ、今のところは順調に攻撃を躱している」

『そいつは何より!』

 剣ヶ峰の返答に青山は追加する。

「しかし、突破口が掴めない。警察および軍の応援が来るまで時間稼ぎに徹する他ない……のか? ……元詩歌。アメツチデバイスの解除法は?」

 通信機を手渡すノイズの後に、元詩歌の声が聞こえてきた。

『……パワードスーツの首筋裏などに緊急ボタンが搭載されていますが、戦闘中に触れるようなものではありません。まずは赤星をどうにか無力化してください』

「了解。……さてなかなか無茶を振ってくれる」

 青山春来は赤星従後との距離をはかる。

 とてもではないがボタンとやらを押せる距離にお互いがいない。


 赤星の光弾による破壊と、青山が展開した防御装甲で、取調室は見る影もなかった。

 机は跡形もなく粉みじん。

 壁は穴が開いたり防御装甲が突き刺さり、ドアはすべて変形し横たわっている。

 アメツチデバイスによる通信妨害および記録機器への干渉は〈山〉によってオフになっているはずだったが、記録機器に関してはすでに破壊しつくされた後であろう。


「……しかし〈星〉も〈山〉もいくらなんでも個人に出来ることとして度が過ぎているな。今は緊急事態として……後からどうなるか……」

 青山春来の思考は政治的な思考であった。

 アメツチデバイスは既存の技術を圧倒するに足るものだ。

 元詩歌の口ぶりからしてアメツチデバイスは量産こそされていない。

 しかしこれが世に存在すると言うだけで、一つの脅威になり得る。

 それは青山が考えても仕方のないことだったが、青山は考えずにはいられなかった。

「それにしても〈あめ〉〈つち〉〈ほし〉〈そら〉〈やま〉ときたか……偶然の一致にしてはあまりにも……」

 ハジメ天地アメツチ。〈天〉と〈土〉。これはいい。偶然ではなく研究者である大為爾によって想定されたネーミングだ。

 赤星あかぼし従後じゆうご。〈星〉。これもいいだろう。おそらく実験動物であった彼の先祖に名付けられた名字だ。

 問題は〈空〉と〈山〉。黄空キソラひたきと青山アオヤマ春来ハルキ

 青山は得た情報を元に黄空ひたきがあのイエローであるとほぼ確信していた。

「名前の一致……偶然にしては、気味が悪い」

 考えあぐねる青山春来に、赤星従後が突進した。

「賢しらそうにくっちゃべってる暇があるのかよ!」

「……ちっ」

 防御装甲には一定の厚みがある。

 その厚みの間合い以上に入ってこられると、赤星の光弾が防ぎきれない。

 青山は防御装甲を真っ直ぐ飛ばす。

 赤星は避けながら、光弾を撃ち込む。

 青山は防御装甲の陰に隠れる。


 なるべく距離を保ったまま、なおかつこの場から赤星を移動させないように、ふたつのことに注意しながら青山は会話を続ける。

「……貴様の今の目的は元詩歌の殺害か? アメツチデバイスの奪取か?」

「どっちもだよ」

 赤星の返答はあっさりとしたものだった。

「とりあえず、お前を燃やして殺す。そうしてから元詩歌を追いかけて殺す。そうすりゃアメツチデバイスのセキュリティ系は壊滅だ。いじれねえ」

「それほどの虎の子を……わざわざ遣わしたのか、元天地」

 元詩歌のアメツチプロジェクトに置ける立ち位置はなかなかのものであるようだ。

 その元詩歌をわざわざ赤星従後がいると分かっているエメラルド恒星系リリークリーフに派遣する。

 リスク管理としては解せないことだったが、理由として考えられるとしたら元いろはがいる。

 元詩歌を姉と慕っている様子だった元いろは。

 元いろはのために遣わされた元詩歌。

「……違和感。いや、家族なら理屈を度外視しても……しかし……」

「戦ってるってのに考えるのは悪い癖じゃないか?」

 赤星従後は手の平をこちらに向けたまま両手を合わせた。

「……ちっ」

 それによって放たれる光弾の威力は単純に二倍というわけでもないだろう。

 それでもアメツチデバイスのセンサが伝えてくる。

 それが今までよりも強い威力の光弾であると。

 青山は即座に剣ヶ峰に連絡を取る。

「剣! 付近の避難状況は!」

『広域捜査課取調室付近および上下4階に非武装警官は居ません!』

「14時の方角に向けて大規模光弾!」

『通達します!』

 剣ヶ峰の返答を聞いてから、青山は叫んだ。

「防御装甲全展開フルオープン!」

 音声コマンドに答えてアメツチデバイス〈山〉から強烈な駆動音がする。

 すでに展開し終えた装甲からは轟音が聞こえてくる。

 赤星が闇雲に光弾を撃ち込んできているのが音だけで分かる。


『警告。警告。警告』

『退避推奨。退避推奨』

 二種類の音声が同時に聞こえた。

 青山春来は逃走の方角を決め打ちする。


 逃走のために踏み込んだ先の床が、崩れた。


「……足場!」


 青山の音声コマンドに応えた装甲が足先からコンテナ型に展開される。

 青山春来はそこに足をつける。

 落下する。

 展開していた防御装甲が光弾に飲まれていく音がする。

 赤星従後の姿が、見えた。

「あばよ! ご立派な警察官!」

「防御装甲!」


 光弾と防御装甲がぶつかり合う。


 青山春来は弾き飛ばされた。

 飛ばされた先は壁、そのさらに先に。

 大穴が開く。

 大穴から青山は空中に弾き出された。

「…………」

 落下の直前に防御装甲を展開できるだろうか。

 下に誰かがいる可能性は。

 落下の途中で何かに当たる可能性は。

 近辺の筒軌道チユーブロードの配置はどうであったか。

 思考がめまぐるしく動く。


「もはや、ここまで……か?」

「だけど私がここに居る」

 その声は真っ直ぐ彼方から聞こえた。

 聞き覚えのある声だった。

 見覚えのあるパワードスーツだった。

 黄空ひたきが空を駆けてきた。

 筒軌道チユーブロードの走る黄色い空をすり抜けてきた。


 黄空ひたきは青山春来をしかと抱えて空にいた。

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