第27話 警察本部にて、青山春来

 赤星従後の襲撃の直前、警報の鳴り響く中、元詩歌はそれの譲渡をすでに済ませていた。

「……それをあなた方に託します」

 元詩歌が没収された荷物から差し出したデバイスは、青山と剣ヶ峰の目にはごく普通のデバイスに見えた。

「……赤い男の目的はこれです。アメツチデバイス。私がそれを持っていることをあいつは知っています。何故ならこれの許諾登録者セカンドライセンサーに私を登録したのは事前登録者ファーストライセンサーのアイツでしたから」

「セカンド……ファースト……ライセンサー?」

 青山は呑み込みきれないという顔をしつつ、デバイスを手に取った。

「アイツの目的はアメツチデバイスすべての回収、そして復讐です。自分の存在を利用した我々を付け狙っている……自業自得です。それ自体は良いのです」

 元詩歌は続けた。

「私が宇宙港に到着したと知れば、あいつは私を狙うでしょう。だから身分を偽装し、宇宙港に到着しました。……アメツチデバイスには傍受の機能があります。どちらにせよあいつは私を見つけ出す。これは私を捕捉する時間を遅らせるだけです。私はアメツチデバイス開発においてセキュリティ系の担当者でしたから、それが分かる」

 元詩歌の専門がセキュリティ系の開発者であることは、警察側も事前の調査で把握していた。

「そして私一人では赤星を止めることは出来ないでしょう。だから、あなた方に託します。あなた方、警察および軍の連携によってなら、アイツを止めることも出来るかも知れません。何よりこのアメツチデバイス〈山〉はアイツの持つ〈星〉に対して相性が良い」

「……黄色いパワードスーツの持ち主について、心当たりは?」

 緊急事態に確認できることは少なかった。青山は咄嗟にそれを尋ねていた。

「……黙秘します」

 その黙秘は答えに等しかった。

 この期に及んで元詩歌が何を守りたいのか、それを察することくらいはできた。


 そしてアメツチデバイス〈山〉を装備するべきか、誰が装備するのが的確か、その議論の時間もなく、破壊と爆破の音が近付いてきていた。


 青山春来は考える間もなく逡巡する間もなくそれを起動した。


 二つの音声が同時に聞こえる。

許諾登録者セカンドライセンサーの指令を認識しました。アメツチデバイスの権利を譲渡します』

『基幹装甲を転送』

 青山春来の体にパワードスーツが装着された。

 先日入院していたときと同じ、体を操作される感覚を青山は認識した。

『装着者をスキャン。身分証デバイスを確認。青山春来を認識。青山春来をアメツチデバイス〈山〉の条件登録者サードライセンサーに設定します』

 パワードスーツに青色の装飾がつく。

『カウントの後、装甲の展開が装着者の手動に切り替わります。ご注意ください』

「…………ふむ」

 パワードスーツの動きを青山は確認する。

 格闘の妨げにはならないことが確認できた。

『テンカウント』

 目元にガードの付いたハーフヘルメット、そのディスプレイに10と洋数字が刻まれる。

「……剣ヶ峰、お前は詩歌さんの防衛を第一に考えろ」

「了解です」

 剣ヶ峰は元詩歌を庇う動きに移る。

『ナイン、エイト、セブン、シックス、ファイブ。フォー』

 ディスプレイの下っていく数字。

 青山は各部機能の説明を素早く読む。


 破壊される壁。

 視界を遮る土埃。

 避難する紫雲英たち。

『スリー』

「アメツチデバイスに標準搭載されているジャミング機能は私の手で〈山〉に最上位の権限を付与しました。〈山〉を起動している限りジャミング機能を奴は使えません」

『ツー』

「了解した。何か他に困ったことがあったら剣ヶ峰捜査官経由で質問します」

『ワン』

「それではこれよりレッド捕獲のための作戦行動を開始する」

『ゼロ』


「防御装甲展開」


 赤いパワードスーツの赤星従後。

 青いパワードスーツの青山春来。

 エメラルド恒星警察本部にてふたりは向かい合っていた。

「……宇宙港以来、一週間ぶりか」

 青山はしみじみと呟いた。

 あの時は未知のパワードスーツ相手に手も足も出なかった。

 今はそれと同等と判じることの出来る力がその手にある。

「お前を捕まえようレッド……改め赤星従後、か」

「よくも渡したな、官憲に」

 青山から目を離さぬままに、赤星従後は青山の言葉を無視してその向こうの元詩歌に話しかけた。

 青山の後ろには剣ヶ峰、詩歌、そして女性警官が庇われるようにいた。

「天地博士を裏切るわけか、元詩歌!」

「それはお互い様でしょう」

 剣ヶ峰に庇われながら、元詩歌はそう答えた。

 出入り口の近くに居た女性警官がロックを解除し、剣ヶ峰とアイコンタクトを取る。

「へえ! まさかお前ら俺を仲間だと思ってたのかよ! 傑作だな! 笑い死にそうなこと言わないで欲しいもんだな!」

 剣ヶ峰が詩歌を促す。

 詩歌は移動をしながら赤星に問いかけた。

「……ええ、そうねお笑い草よね……アメツチデバイスを集めて、どうしたいの」

「どうもこうもあるかよ。アレは俺のものだ。俺が取り返して何が悪い」

「……力を手に入れた未来。それを語れないお前にアメツチデバイスは渡せるものじゃない。なにより私の大事な妹を、害するかもしれないようなやつに、アメツチデバイスを渡せるか」

「妹……ああ、あの宇宙港の女、お前の妹……天地博士の娘か」

 赤星従後は理解して、そして手の平に光弾を充填した。

 青山春来は動く。

「防御装甲展開」

 赤星従後に壁が迫った。

 

「アメツチデバイス〈山〉」

 元詩歌は剣ヶ峰と女性警官に抱きかかえられるようにしながら退避する。

 剣ヶ峰の持つ通信デバイスと、青山の持つ通信デバイスの連動によって、連絡が保たれる。

「その特徴は防御装甲です。アメツチデバイスは天地の詞の逆順で開発されています」

 天地の詞。〈あめ〉〈つち〉〈ほし〉〈そら〉〈やま〉〈かは〉〈みね〉〈たに〉〈くも〉〈きり〉〈むろ〉〈こけ〉〈ひと〉〈いぬ〉〈うへ〉〈すゑ〉〈硫黄ゆわ〉〈さる〉〈ふせよ〉〈を〉〈て〉。

「つまり、〈山〉は〈星〉よりも前に開発されたものであり、〈山〉に搭載されている防御装甲は〈星〉にも搭載されています」

「それ、どうやって対抗するんすか」

 剣ヶ峰が不満げに口を挟む。

「〈山〉の利点はその防御装甲の展開可能数および面積です。一枚では〈星〉の最大火力を貫通されるものの複数枚展開することで〈星〉の光弾を完全に防ぐことが可能です」

『分かった』

 青山は淡々と答えた。

『剣、応援を呼んでくれ。それまでレッドを逃がさずどうにか捉えてみせる』

「了解です」

 剣ヶ峰は自分の通信デバイスを詩歌に差し出し青山との通信を保ったまま、女性警官の通信デバイスで本部と連絡を取る。

「こちら剣ヶ峰。重要参考人元詩歌は無事です。青山捜査官が赤い男と交戦中。応援を広域捜査本部取調室にまで回してください。赤い男の光弾を防ぐ方策を元詩歌から引き出せました。青山捜査官が使用中です」

 三人は逃げる。青山春来にすべてを託して。

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